スペクトルデータからブラックホールジェットを調べる方法の研究

(2020年6月22日)

2019年4月に「ブラックホールの「黒い穴」が見えた」というニュースが話題となりました。このとき「ジェットは見えなかった」とも発表されたのを覚えている人はいるでしょうか?「ジェット」とはブラックホール付近から超高速で噴出しているプラズマの噴流で、なぜ噴き出ているのか、よくわかっていません。ジェットは電波から赤外線、可視光、X線、ガンマ線とあらゆる電磁波の波長で検出されます。2008年、広島大学も開発に参加した「フェルミガンマ線宇宙望遠鏡」が打ち上がり、実際に電波からガンマ線まで良いデータが得られるようになりました。その多波長でのスペクトルに予想される理論モデルを当てはめることで、モデルのパラメータである磁場やジェットの速度、光を出している電子のエネルギーなどを推定することができます。

しかし、残念ながらパラメータの数が多く、データから全てのパラメータを決めることはできないことが知られています。そこで、これまで研究者は1つか2つのパラメータを仮定して、その他を推定してきました。どのパラメータをいくつ仮定するかは各研究者によってまちまちでした。

今回、私たちはジェット天体である活動銀河核 Mrk 421 のデータを使って、7個のモデルパラメータのうち、どれがどのように決まらないのかを詳細に調べました。解析にはマルコフ連鎖モンテカルロ法を用いて、7個のパラメータが作る7次元空間内のモデルを高い効率でサンプリングしました。その結果、7個のうち磁場や速度など4個のパラメータの相関が強く、これらのうち1つを仮定しないと他のパラメータが決まらないことがわかりました。逆に、2つ仮定すると最適なモデルを選ばない可能性があり、そのような先行研究に警鐘を鳴らす結果となりました。また光を出している電子のエネルギーは独立に決まることもわかりました。この結果を踏まえて Mrk 421 のデータを解析したところ、暗い時期には磁場が強い狭い領域が、明るい時期には磁場が弱い広い領域がそれぞれ光っていることが明らかになりました。

苦労して良いデータを得ても、そこから天体の情報を抽出する方法を間違ってしまうと、結論も間違ったものになります。今回の成果は主にデータ解析の方法論に関する地味なものですが、今後、同様の研究の基礎となる成果になったと思っています。

植村誠(宇宙科学センター 准教授)

論文へのリンク:Yamada, Y., et al., "Variations of the physical parameters of the blazar Mrk 421 based on analysis of the spectral energy distributions", PASJ, 72, 42, 2020

7つのモデルパラメータの事後確率分布。上の4つ(磁場、ジェット速度、放射領域のサイズ、電子の数)の相関が強く、下3つ(いずれも電子のエネルギーに関係)は独立に決まる。最適なモデルが1つに決まらなくても、このような構造がわかることで適切なデータ解析の戦略をとることができる。


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