学長式辞 令和5年度学位記授与式 (2024.3.23)
本日、広島大学を巣立っていかれる3,701人の皆さん、誠におめでとうございます。令和5年度の学位記授与式にあたり、広島大学を代表してお祝い申し上げます。ご家族ならびに関係者の方々のお慶びもひとしおのことと存じます。
皆さんは、大学生活の多くを、新型コロナウイルス感染症が流行する中で過ごされました。入学式は中止となり、一人パソコンに向き合うオンライン授業が続き、友と語らうどころか、友を作る機会さえ、失われた時期もあったことでしょう。昨年5月からようやく日常を取り戻すことができて、ほっとされたことと思います。
この間、くじけることなく勉学に励まれ、今日の晴れの日を迎えられた皆さんに、学長として心より敬意を表します。そして、陰になり日向になり皆さんを支えて下さったご家族をはじめ、指導教員や先輩、後輩の皆さんにも、感謝の気持ちを伝えることを忘れないでいただきたいと思います。
今、世界の先行きは不透明です。ロシアによるウクライナ侵攻は2年を超え、イスラエルとハマスの衝突も戦闘が始まって間もなく半年になろうとしています。そのような時代に針路を示すのが、人類史上の最高傑作と言うべき大学です。叡智が結集する大学の役割は今後、益々重要となるはずです。特に、世界最初の被爆地、広島に開学した本学には、平和の実現に向けて何ができるか、常に問い続けることが求められています。
先月、逝去したノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥングは、著書「日本人のための平和論」の中で、「前向きで肯定的なこと、すなわち積極的平和のメッセージを発することが必要」と説きました。すなわち、戦争反対を唱えるだけでなく、争いを防ぐ仕組みやそのための環境整備など、未来志向の発想による平和の実現を求めたのです。彼の意見には、細部に関しては賛否あると思いますが、この部分は皆さんの多くも賛同できるのではないでしょうか。
昨年5月に初めて被爆地で開かれたG7広島サミットでの関連行事や学生ボランティアによる支援は、その第一歩であると思います。そして、放射線が及ぼす人体影響を研究してきた放射線影響研究所の、2025年度霞キャンパスへの移転も期を画するものであり、被爆者医療と世界平和に一層貢献できるよう最善を尽くしてまいります。
広島大学で学んだ皆さんにぜひ一読していただきたい本があります。本学総合科学部のルーツである旧制広島高校で学んだ作家の阿川弘之氏が書いた「魔の遺産」です。原爆投下から間もない広島の街で後遺症と闘いながら生きる人々を、感情に流されず俯瞰的に描いています。当時の原爆に対する市民感情なども分かる小説で、戦争、原爆、平和な日常とは何かを考えさせられます。
昨年11月に開いた俳優の吉永小百合さんによる原爆詩の朗読会に参加された方もおられるでしょう。私自身も魂を揺さぶられました。詩や小説などに触れて原爆の悲惨を知ることは、平和に対する自らの考えを鍛えてくれると信じています。
広島大学の最近の動きについてお話しします。昨年5月、米国半導体大手マイクロン・テクノロジーと本学を含む日米11大学による「日米半導体人材育成パートナーシップ」への参画が決まり、新たな半導体の研究開発や人材育成に、国境を超えた産学官連携で進めてまいります。また12月には文部科学省の「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業」に採択され、世界唯一のキラルノット超物質研究拠点をはじめ、放射光を活用した半導体、バイオなど最先端の研究開発に弾みがつくものと期待しています。
東広島キャンパスでは、本学が目指す2030年のカーボンニュートラル実現に向け、日産自動車と連携し、太陽光発電用パネルやEVカーによるエネルギーマネジメント事業も始まりました。霞キャンパスでは、経済産業省から大学で唯一、採択された治験薬製造拠点の整備が本格化します。一方、昨年4月に法学部と大学院の法学・政治学プログラムが移転した東千田キャンパスでは、司法や行政機関が集まる恵まれた環境のもとで約1,000人の学生が学び、中心市街地の活性化にも一役買うなど、広島大学はあらゆる分野でチャレンジし続けています。
友と学び、語らった本学での経験は、皆さんにとって貴重な宝物となります。私も医師一年目の時、米国からの医学研修生と知り合い、夏休みに私の実家に招くほど親しくなりました。彼は以後研鑽を積み、現在米国ペンシルベニア大学の教授、副学長になっています。今も続くこの親交が部局間の交流へと繋がり、極めて稀なことですが、一人の本学学生がペンシルベニア大学医学部の臨床実習に参加することができました。「人生の扉は他人が開く-」とよく言われています。これまで、そしてこれからの様々な出会いに感謝して人との縁を大切にしてください。
今年2024年は、1949年に新制広島大学が発足して75周年、最も古い源流の白島学校の創立から150周年にあたります。栄えある広島大学で学んだことに誇りを持ち、未来に向かって果敢に挑戦してください。
本日は誠におめでとうございます。
令和6(2024)年3月23日
広島大学長 越智光夫