第18回  感謝と感動

 ギャンブラーの破滅に関わるマルコムの言葉によれば,確率論としては,悪いことが起これば続けざまに悪いことが起こる,逆に,良いことが起きはじめると,良いことが続けて起きる,ということです。

 悪いことが起こりはじめたときには,それが続けて起こるかもしれないと考えて,これまでよりも少し慎重に状況を見極める,自重しながら事に当たるのです。悪いことが起こったがゆえにそれを焦って取り返そうとすればますます傷口を拡げてしまい,取り返しがつかない事態に至りかねません。まさにギャンブラーの破滅です。

 事を見定めて自重しながらチャンスを待ち,チャンス到来となれば確実にそれをつかむことが重要です。「チャンスの女神は前髪しかない」という西洋の諺もあります。チャンスの女神が自分に向いてやって来るときにつかまないと,通りすぎてからはつかめないということです。

 悪いこと,負けにこだわることなく,次に巡ってくる,良いこと,チャンスをつかむには,学び,努力し,自らを成長させることが肝要だと思います。悪いことが続くというのも,見ようによっては,よい縁を得て良いことが来る種が尽きたともいえるからです。であれば,次のチャンスのために種をまくこと,学ぶことが重要です。

 チャンスが続けて来るようになれば,皆さん忙しくなるのが通常です。じっくりと学んでいる時間は取りがたいでしょう。それでも時間を作る術を身につけていれば対応できます。忙しい人ほど時間を作るのがうまいと言われますが,それもおそらく学びの成果です。どうしても学びが浅くならざるを得ない状況でなすべきことをなさざるをえない時には,学びの不十分さを,思考力,論理力,創造力や想像力でカバーする。これらの能力も学びのなかで鍛えられるものです。悪いことが起こり,続くときにはもちろん,良いことが起こる時にも,学び続け,能力を高め,自分を成長させることが,大事なのです。

 学び続けるためには,慣れを捨てなければなりません。資格を取るとか,高い理念を持って学び始めたはずなのに,それでもしばらくするとだんだん慣れてくる,その慣れを戒めない人が少なくありません。年に一回の資格試験に挑戦する場合,失敗すれば試験に向けた勉強をもう1年,そのときに同じ勉強を繰り返していると感じて,これもやった,あれもわかっていると,慣れで判断します。そして,学ぶことに高をくくるようになっていきます。しかし,高をくくってしまったならば,そこからはもう何も得られません。学びは失われます。

 学びも心構え次第です。自分ではもう,わかってしまったと思っていても,自らの心を新たにしてぶつかっていったならば,新しい発見,気づきがあります。自分が陳腐な気持ち,古くなって硬直した気持ちでいたならば,新しいものに出会えない。常に自分が新しい心でいなければならないのです。新しいものを得たいと思ったならば,常に新鮮な驚きをもって感動していなければならない。

 学ぶ側に当てはまることは教える側にも通用します。これまで何度も繰り返し読んだ基本書や判例でも,新しい角度から講義をしようと思って,新しい気持ちで,これをじっくり読んでいくと,今まで気づけなかった深みや拡がりに気づき,思わず「そうだったのか」と膝を打ち,先達に感謝するとともに,後輩に学びの刺激や歓喜を伝えられると思うものです。知識の伝授も大切ですが,教壇に立つ者はそれ以上に学びの実感を伝えることが重要だと思います。授業担当者の適格性,コンピテンシーは授業をすることに対する慣れがないかのチェックとも言われます。ですから,常に新鮮な気持ち,新しい心構えで向かうことです。

 さて,良いことが起これば,それがどんなに小さく思えても,チャンスが自分に向いたのだから,そのことに感謝し大事に育てていく。このときに不遇に学んだことが活かされます。良いことが起これば続くのですから,せっかくチャンスが巡ってきたときに不平・不満や愚痴をこぼせば,その隙にチャンスの女神は目の前を通りすぎてしまうでしょう。実にもったいない。

 良いことがいくつか起こるなかに悪いことが混じり込んできた時には,調子に乗って高をくくり自分のことばかりを考えていないかを反省する。そして,他人の役に立つことを考えて実行する。いいことの続く流れが途切れてしまわないように。

 次回は,「雨降って地固まる」です。


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