第2回 無礙弁才(むげべんざい)

 「無礙弁才」は仏教用語です。「無礙」は自由自在であること。「弁才」とは巧みな弁舌の才能、つまり言語的表現能力です。どのような相手に対しても、自分の考えを誤解されることなく適切に伝える表現力を持っていれば、何らの滞りもなく意思疎通できます。それは社会的存在としての人間にとって理想でしょう。日々、誹謗中傷は論外としても、余計な一言や配慮のない言辞で他人を傷つけ自らをも傷つけていないかと省みると冷や汗が出ます。「どう話せばよいか」と苦心惨憺することは自らを向上させるでしょう。

 法科大学院は法曹養成の専門職大学院です。法曹の仕事は、さまざまなトラブルを抱えて悩み苦しんでいるクライアントとのコミュニケーションを通じてその問題を解決することであるといってもよいでしょう。その職責を遂行する上では、コミュニケーション能力の質の高さが求められます。問題解決は、クライアントに法理論を展開してその結論を示すだけであればおそらく近い将来ITでもこなすでしょう。目の前の生身の人間の悩みを解消するには、問題を理性的に見ることに納得していただくことが必要でしょう。感情を乗り越える納得には、同じくその感情を経験的に理解できるがゆえにそれを解きほぐせる人間性と、そのための表現力とが必要です。答案ばかりを杓子定規な内容と表現でばかり繰り返し書き続けることではこの能力は養成できず、むしろ自分の都合を押し付ける思考癖を生み出すように見えます。それでは本末転倒でしょう。

 本研究科は今年10月に香川大学法学部と教育連携協定を締結しました。この協定は、法曹を目指そうとする学生が減少傾向にあることを危惧し、法学部・法科大学院の連携による法曹志向プロセス教育を実現することで、法曹志望の学生を一人でも増やし、その学修力をより一層高めることを目的とします。現在、法曹志向プロセス教育として、本研究科附属のリーガルサービスセンターの模擬法律相談を用いた特別講座*1を開講しています。この講座は、模擬相談を素材にコミュニケーション論(礼儀作法、姿勢・態度、言葉遣い、目線や微笑なども)や学修方法論(相談を解決する法律論とともに、アウトプットを意識した知識整理法など)をワンパック化して、日々の学修が自らの夢の実現に役立つように刷新されることを重視します。

 模擬相談と言っても、参加された学部学生の皆さんは、机上の学問を実践の場で使うことにはまだまだ慣れていませんので、聞くこと、考えること、話すことのいずれでもなかなか満足できるような対応には至らないようです。それは「どうせこんなもの」とすぐに妥協することなく、自己研鑽の意欲に富んでいることの証拠でもありますので、素晴らしいことです。実際に少しでもわかりやすく説明するために日常生活での努力もされているようですので、その行動力は今後さまざまな障害を克服する知恵を生むでしょう。今後が楽しみですし、当該講座も新たな内容を加えてさらに進展させる予定です。

 本研究科の在学生にも、修了までに模擬相談を60回定期的に受講するよう指導しています。これをやり遂げれば、どんな学生でも法曹向きに変わります。第3回は「学びと自己変革」です。

*1 なお、当該特別講座にご関心のおあり方は本研究科までお問い合わせください。


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