第39回 いにしえに学びしこと①

 法科大学院では、専門職である法曹を養成することが目的である以上、資格試験に合格させる試験勉強をさせるのではなく、資格試験も一つのタスクとしてクリアできる問題解決力を修得させているのかという観点でその結果を分析しなければならない。そういう目で現状を見直し法科大学院の教育をより一層充実させていくという "Integrity" が必要である。

 この言葉を聞いたとき、"Integrity" の意味が今ひとつピンと来なかったのを覚えています。最近、このことを思い出すことがありました。手に取った新書に、"Integrity"が、言葉のイメージとしては「一本筋が通っている」「どんなときでも、だれも見ていなくても、正しい判断や行いができる強い姿勢」であるとの一節を見たときです。「ああ、そういうことだったのか」と納得しました。

 特定の目標を立て、それを実現するための方法を導入し、実行する、そして改善を加えつつ進化させる、それは組織が一定の成果を上げるための典型的なプロセスでしょう。いかなる目標を設定するか、どのような方法を採用するか、その方法の実践がどれほど実効的であるのかをどう検証するかを慎重に検討しプラン二ングすると同時に、組織の構成員一人一人がそのサイクルを常に意識しつつ、いつ、いかなる状況でもこれを動かしていく姿勢が必要でしょう。

 教育の場であれば、教育を提供する側が教育の目指す方向性とその特長を示し、受領する側もそれを意識しつつ自らの学修に活かしていくという共同作業を行う必要があります。そこには、教える側も教わる側も、教育と学修とを充実させ成果を実感できるものへと充実させていく "Integrity" がそれぞれに期待されています。

 この期待に沿うことが意外と難しいのです。組織においてこれからの5年間あるいは10年間に達成すべき目標を確立するとなると、漠然とこうすべきだ、ああすべきだという議論はあっても、挙げられた目標を整理し、統一しなければならないという段になると、目標相互間での緊急性、重要度や達成の容易性等の評価にずれが生じなかなか集約できないこともあれば、目標達成の方法が共有されないこと、場合によってはその組織にその方法が備わっていないこともあり、目標の統一ができず、エネルギー・財・時間の集中的な投入を効果的になせずに終わってしまうこともしばしばあります。

 プロの組織が10年以上活動していて、他の組織とは異なる何かを創造し実践できていないというのでは困ります。大学教員となって間もない頃に、大家の先生から、「10年も研究していれば、他人とは違ったことが少しは言えるようになる。大丈夫だよ。」「コツコツと真面目に研究を続けていればの話だが」と言葉をかけられたことがありました。研究の積み重ねにより、他の研究者とは違う視点・視座を獲得し、異なるアプローチで問題の本質に迫ることができると教えていただいたと理解しています。組織も同じでしょう。

 組織は夢を追ってばかりでは成り立ちませんから、秩序づけられた思考により、目標の確立・整理・統一・集中のプロセスを機能させ、目標を実現させなければならないでしょう。夢や願望は思考のシステムに組み入れられてこそ、その実現に向け、組織は前進することになります。空想や夢想の世界にとどまることなく、現実世界において目標を達成し成功を得るには、秩序づけられ指向性のある知的プロセスである思考のシステムを身につけること、それを意識づけすることが重要です。教育も、思考のシステムを修得させ訓練・強化することが第一の役割であると思います。

 法曹になりたいとの夢や漠然としたイメージだけで、それを明確化し具体化するプロセスを自ら歩んでいないために、真に必要なものを見分けられないまま、情報の洪水に押し流されて漂流している学生に遇うと、教育のより一層の充実を目指さなければならないと痛感します。

 次回は「いにしえに学びしこと②」です。

 


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