第40回 いにしえに学びしこと②

 判決文でも、論文でも、そこに示された法的思考を理解することは、その字面を理解することではない。一つ一つの言葉を理解しても何故その結論が得られるのかがわからないことがある。その法的思考の理解には前提となっている背景的知識でその脈絡をとらえ行間を埋めることが暗に求められる。前提である背景的知識を頭に浮かべさせ、それを念頭において法的思考を追わせるトレーニングが必要である。

 あらゆる専門領域において、そこでの研究等の成果を理解しようとすれば、その領域における、いわゆる「常識」がないと難しい、下手をするととんでもない誤解をしてしまうことは、後から思い出しても赤面するような体験を通じて、身をもって知るところではないでしょうか(私だけですか・・・?)。

 その道の「常識」と言われる背景的知識は耳学問する方が早いようです。専門家に、素人でも感覚的に何となくわかるように説明してほしいとお願いすることもしばしばです。そのおかげで、その研究の大発見たる由縁の一端を理解することができます。賞賛の拍手にも力が入ります。

 しかし、このしのぎは自分があくまで第三者的立場に立ちつづけることが許容の前提のようです。その道のプロを目指すのであれば、耳学問の機会はあっても、それに頼ってばかりとはいきません。他人の知識を使ったフリーライダー的な理解は、一時しのぎです。全体像を正確に把握するにも、事の本質をえぐり出して論ずるにも、不十分です。

 自らの努力で「常識」を発見し把握することによって初めて、自らの論理的思考の前提に「常識」をおきつづけることができるのでしょう。問題解決に向けて論理を必死に展開しながら、その出発点を忘れた議論になってしまって、筋違いな結論に至るのも、同じことが原因かもしれません。論文や判決文の法的命題の射程を分析する場合に、問題意識や事案解決を前提とする制約を忘れるわけにはいかないでしょう。

 かつて司法試験の勉強をしていた頃、勉強仲間と、基本書の当該問題の叙述部分には明記されていないが、その論理の淵源となっている基本原則や基礎理論を見つけることがとても面白かったという記憶があります。当時最も定評があった憲法の基本書を、皆で最初から読み通しながら基本原理の具体的な展開を議論したことは鮮明に覚えています。現在、立憲主義や法原理機関などの言葉を使えるのも、そのおかげだと思います。

 最近読んだ新書で、この専門的領域における背景的知識(心理学では「スキーマ」と言うそうです)の修得が学びにおいてきわめて重要なファクターであることを再認識しました。こどもの学びのプロセスで、こどもは、日常生活で起こる事象につき、その事象を説明するスキーマを粗野なもので思い込みにすぎなくても獲得しようとし、誤ったスキーマを獲得したとしても、それと矛盾する事象と出くわしたときに正しいスキーマに修正するという「学び」ができるそうです。こどもは次々と新しい知識を得ていかなければならないため、それを可能にする知識のシステムの枠組みを作ることが優先されるのです。

 システムアップのため、誤った思い込みでもスキーマとして獲得するので、それを修正する機会を逃してしまうと、誤ったスキーマで事象を捕らえ、その本質を誤解したままということもあるようです。なかなか怖いことですが、誤りを修正することを前提とする学びの構造は一つの知恵でしょうから、これを活かさないのももったいないように思います。自分が使うスキーマと矛盾する事態に直面したときに素直に新たなスキーマを作り直すという修正に応じられるかどうか、そこがポイントのようです。

 「間違いを犯す危険があっても『思い込み』を使って思考してしまうのは、未完成であれ、知識のシステムの
 枠組みをとにかくつくるためだ。」
 「システムをつくっていくためには、システムの外枠ができていることが大事だ。いったんシステムの外枠が
 できれば、新しい要素は最初からシステムの中にすでに存在している要素と関係づけられながら学習されるこ
 とになる。このようにして知識は、互いに関係づけられない断片がドネルケバブのようにどんどん貼り付けら
 れるのではなく、要素が互いに関係づけられる形で、構造を持ちながらシステムとして成長していくのであ
 る。」
 「『思い込み』に導かれた思考のしかたは、誤った思い込みを生む危険性もある。それでもなお、そのような
 思考のしかたで素早く知識システムを立ち上げようとするのは、誤りは後から修正すればよいことも子どもは
 知っているからだ。」
 「効率よい学びは確かに大事だ。しかし、それはシステムの枠組みを素早く立ち上げ、後でゆっくり修正する
 という学びの過程の一部でしかない。効率よい学び自体が、熟達者のすぐれたパフォーマンスを可能にする
 わけではないのである。」
 (今井むつみ『学びとは何か―〈探求人〉になるために』岩波新書157~158頁より)

 次回は「不思議なこと」です。

 


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