第42回 理想の自分の生き方

 最近、思い出すこととして、スティーブ・ジョブズ氏が遺した言葉です。ジョブズ氏は多くの導きの言葉を遺していますが、特に2005年スタンフォード大学学位授与式におけるスピーチの一節が印象的です。

 My third story is about death.
 When I was 17, I read a quote that went something like: “If you live each day as if it was your last, someday you’ll most certainly be right.” It made an impression on me, and since then, for the past 33 years, I have looked in the mirror every morning and asked myself: “If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?” And whenever the answer has been “No” for too many days in a row, I know I need to change something.
 Remembering that I’ll be dead soon is the most important tool I’ve ever encountered to help me make the big choices in life. Because almost everything — all external expectations, all pride, all fear of embarrassment or failure — these things just fall away in the face of death, leaving only what is truly important. Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose. You are already naked. There is no reason not to follow your heart.

 最初にこの言葉に接したときは「これほど実践することが難しいことはなさそうだ。17歳から日々鏡のなか自分に向かってそのなしがたいことを繰り返すなかでできるということか」と感じました。同時に、鏡の中の自分は「理想の自分」であらねばならないはず、それを追求していくことがもう一つの難題だと思いました。

 その後、死を看取るなかで死を迎えた方々が後悔として「自分の望む生き方ができなかった」、「自分があるべき理想に向かわなかった」ことを語ることが多いとも聞きました。

 ジョブズ氏の言葉で思い起こしたことが、賽の河原(広場)で死者の衣服をはぎ取る、怖い形相の脱衣婆の説法です。人が死ぬと阿鼻の街道を歩いて賽の河原にたどり着くそうです。そこから彼岸に行くには三途の川を飛び越えなければなりません。しかし、そこに来る死者は、肉体を失っているにもかかわらず、妄想として生前に追い求め手に入れた宝石、衣装、あるいは地位や名誉などをまとっているので、脱衣婆がそれをはぎ取ろうとするが、死者は生前と同じく我がものとしてこれを許しません。それらを身に着けたまま三途の川を飛び越そうとしてジャンプしますが、その身の重みで3つの流れのいずれかに落ちて流され、三悪趣に堕するのです。これは、生前に自らの欲の欲するままに生きて他人を苦しめた因果応報の教えですから、欲にまみれた生き方の果報の重みがその身を流れに落とし込めていくのでしょう。脱衣婆は最後の最後にこのことを知らしめるために欲の皮をはぎ取ろうとすると考えれば、如来の化身なのかもしれません。存在の原理を教示することとともに、人として生きる理想像を自ら探求させることが説法の目的かと思います。

 専門職大学院でも当該専門職へのパスポートを一刻も早く手に入れたいという思いは強いようですが、その職を得た自分が理想とする姿は思い描かれていないように見えます。学ぶ側はそのような探求をなすべきと教えられていないだけではなく、教える側にそのような姿を見ていないためなのかもしれません。

 ジョブズ氏が17歳の時にその生き方を変える言葉に出会えたことは彼の秀でた資質を示す象徴であり、その言葉に従い日々実践した彼の意思はまさに称賛に値します。ジョブズ氏の体験に基づく人生訓は、次世代が巣立とうとする学位授与式で贈る言葉として無上のものと思います。

 次回は「いにしえに学びしこと③」です。


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