第49回 直情径行

 懐かしい人に会いました。落ち着いた話しぶりに驚かされました。

 以前は「こいつ(失礼!)、口から先に生まれてきたに違いない」と確信するほど弁が立ち、次々と話題を振って非常に興味深いアイデアを並べていき、今からバナナのたたき売りでも始まるのではと思わせる勢いに圧倒させられることがしばしばだったのです。

 この落ち着きは何かあるのかと訝っていると、「余計なことを、というか、人の批判をしないことにしている、というか、その癖を出さない、いや、直そうとしている。これまでは間違いがあると気になって指摘してしまう。そうすると感情的に高ぶって、お互い言わなくてもいいことまで言ってしまい、敵をつくる。無駄に敵を増やして良いわけがない。どんな業界もそんなに広いわけではないし、人と人とが思いも寄らないところでつながっていることもあるし・・・」ということだそうです。

 「ベンジャミン・フランクリンみたいだね。玲瓏玉のような人格を目指すんだ。」「自分との戦いは自分しか勝てないから、勇気と元気を漲らせて乗りきってね。」と言葉をかけたところ、微笑みを浮かべていました。

 自分自身との戦いは四六時中常に自分が眼前におり逃げることができません。戦い打ち勝つか、諦めてしまうか、のいずれかです。フランクリンは、自分で気づいたり他人から指摘を受けた自分の弱点、短所や欠点を書き上げて毎日そのメモを見ながら、欠点を出さないようにと心がけ、一日の終わりには、その日を振り返って、出てしまった欠点のところにはチェックを書き添えていくことを続けたそうです。振り返りによって、どのような場面で自分の一番悪い欠点が出てしまうのかをつかんで、日常において具体に自分の性格を正したのです。

 フランクリンは、その頭のよさ、正義感と情熱から黙っていられなかったため、人の批判をしないこと、言葉だけでなく実行に移すことの2点を特に戒めていたそうです。「ほとんどの人間は、・・・自分がすべての真実を所有していると考えており、他の人間が自分と違っていればいつでも、断然そちらのほうが誤りだと考える」との彼の言葉は欠点克服にチャレンジする経験から得られた智恵であり、これを出発点とし、自分の目標を是非とも実現したいという意欲によって、自分に打ち勝ったのではないかと思います。
 
 実行しなければ何もそこにはない、もちろん成功も失敗もありませんから、学ぶこともありません。チャレンジすれば成功することもあり、失敗することもあるでしょう。うまくことが進んで歓喜する瞬間もあれば、壁に突き当たって苦しみや悔しさを味わう時もあります。そうした経験を積み重ねることによって賢くなっていくのではないでしょうか。

 学びには自分の経験をいかに振り返るかが大事でしょう。フランクリンの言葉のように、事実に対する評価では自分に都合のよいように考えるバイアスがかかりやすいにもかかわらず、それに気付かないことが多いために、「成功が自らの資質や才能等の成果で、失敗が外的要因の結果による」と見なして、学びの機会を逃してしまいます。克服による成長が得られず、それゆえ、(過信はあっても)ピンチをチャンスに変える力のある自信を持つには至らないと思います。

 本研究科では、プロフェッショナル性を獲得できるように、反省の技法として振り返りを指導しています。法曹になりたいという目標を持って日々の学修をブラッシュアップさせる法科大学院での勉学の期間は、振り返りによって失敗を見つけ、その失敗からどう学ぶべきなのか、その学びから工夫をし成果を出すことで自信をつけていくことも必要だと思います。日々の振り返り方を学べば、失敗からいかに多くを学ぶことができるかを実感でき、自らを鼓舞して元気を出して自分に打ち勝っていくことができます。フランクリンの道を歩む彼が浮かべた微笑みも、その自信と経験に裏付けられたものでしょう。

 むしろ、最近、苦心惨憺することが嫌あるいは格好悪いので、できそうにもないことには挑戦しないという現状安住型の思考が気になります。チャレンジを呼びかけても、その先に起こることをいかに乗り越えるのか、その術を体得させるアフターケアまで用意しなければ、なかなか一歩を踏み出さない、あるいは踏み出しつづけられないように見受けられます。
 
 次回は「More dig !」です。


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