第50回 More dig!

 アメリカがゴールドラッシュで沸き、一攫千金を狙って中西部に集まってきた人の一人が後に若手保険外交員から保険セールスの助言を求められた時に必ずこう答えたそうです。「もっと掘れ、掘り返せ。」と。若手保険外交員は、言われてキョトンとしていたそうですが、彼が、ミスミス、ゴールド長者の道を逃した話を聞いて納得したのだそうです。

 彼は、一攫千金を狙った伯父さんについて、借金で簡素な掘削道具を入手して金鉱の発掘に向かいました。手堀りするためのシャベルを携えてです。まだゴールドラッシュの先駆けであったので、間違いなく金が出るという有望な山の採掘権を手に入れることができました。伯父さんと一緒に、来る日も来る日も掘りつづけ、とうとう金鉱を掘り当てたのです。

 彼らが掘り当てた鉱脈の金は非常に質が良く、無尽蔵に出てきます。当初の借金もすぐに返済でき、彼らは大喜びでした。彼らは手堀りを止め、今度は多額の借金をして大型掘削機械を購入し、本格的に金鉱を掘り進めました。当初は金が大量に掘り出されたのですが、ある日突然、ぱたりと金が出なくなったそうです。

 彼らは必死になって周囲を掘りつづけたのですが、金は出ません。大型掘削機を動かす資金もなくなり、その購入のための借金の返済にも困る状況になって、結局、大型掘削機も二束三文で業者に買い叩かれ、その山の発掘権も手放さざるを得ませんでした。

 彼は、それでも残った借金を抱えて故郷に戻り、その返済のためにいろいろな仕事に挑んだけども、うまくいかず、職を転々とし、最後に保険外交員として働きはじめました。彼は苦労はしましたが、めきめき業績をあげて、全米でトップセールスマンだけが名を連ねる名誉あるクラブの一員にまで登り詰めます。

 彼が保険外交員として働きはじめた頃に次の話を聞いて、伯父さんともども地団駄を踏んで悔しがったそうです。彼は、これ以上ないようなチャンスを得ながら、あと一歩の壁を打ち破れず、チャンスを活かせなかったことの教訓として、後輩の若手セールスマンに「もっと掘れ、掘り返せ。」とアドバイスしたそうです。

 彼らから大型掘削機等を買い取った業者は、機械を引き払ってしまう前に、その山にもう金鉱がないのかを専門家にみてもらうことにしました。専門家は地層等を調査し、彼らが必死に掘っていたところから僅か1メートル下に金脈があることを見つけました。金脈は何かによって生じた断層でズレが生じていたのです。彼らは必死になって金脈を求めて掘りまくったのに、この1メートルのズレを超えられませんでした。業者は彼らの残して行った機械を使って金鉱を掘り、良質で大量の金を手に入れたそうです。
 
 この話は30年近く前に講演か何かで聞きました。主人公であるトップセールスマンのお名前も覚えていませんし、詳細については正確ではない点もあろうかと思います(記憶は自分に都合のよいように作り替えられるそうですから)が、いまだに印象深く記憶に残っています。彼は非常に大きな失敗をしたのだけれども、それに打ちひしがれることなく、失敗から教訓を得て、金鉱を掘り続けた以上の成果を手にしたのです。

 運が良ければチャンスのきっかけぐらいはつかめるのかもしれませんが、まさにチャンスそのもの、あるいはさらに大きなチャンスを掴むには、やみくもにトライしてもうまくは行かない、やる気や体力だけでは不十分で、智恵が必要なのだと痛感しました。

 諦めた採掘者から掘削機を買い取る業者でさえ、つまり自らが採掘をしていない者でさえ、山の地層がどうなっているのか、金の鉱脈がまだどこかにあるのかを探る術を知っていたわけです。そこで金の採掘をする者の間での、いわば常識だったのかもしれません。

 しかし、彼らはその常識を知らなかった。突然に思い立って飛び込んだのですから、用意周到にとは行かなかったし、自分が金脈にぶつかるかどうかが勝負だと思っていますから、他の採掘者と交流するなどということもなく、時間を惜しんで掘っていたのでしょう。

 ただ、この状態で「もっと掘れ、掘り返せ。」と掘っても、金脈を見つけるような成功にはむすびつかないのではないかと思います。智恵はその人を成功へ、あるいは幸せへと導きますが、それはその人の成功や幸せにとどまらず、その人がより多くの人々の幸せをもたらすが故でしょう。智恵を得るには人徳が必要です。その徳がなければ、いかに重要な情報がその場で出されても、注意を払うこともなく、耳にも残らず、聞き逃してしまうようです。

 では、なぜ彼は全米屈指のトップセールスマンになれたのでしょう?

 彼は見込のありそうな客であれば、何度断られても足を運んで一生懸命に説得したといいます。「もっと掘れ、掘り返せ。」と言って、自分の心を叱咤激励し、絶対に諦めないという信念と「保険が契約者にもプラスになる」という使命感に支えられていたからではないでしょうか。

 次回は「紛争解決の先の平和観」です。

 


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