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弁護士の手が届かなかったところにも法律サービスを。 これからは必要とされる場所に 弁護士自身が出向いていく時代です。

福永紗織法律事務所 主宰
福永 紗織さん

熊本大学を卒業し、法律事務所へ3年半ほど勤務した後に、広島大学法科大学院に入学。2012年9月、一回目の挑戦で司法試験に合格。司法修習期間を経て、2013年12月に、晴れて弁護士資格を取得。地元・熊本において法律事務所に勤務した後、2016年2月より自身の事務所である「福永紗織法律事務所」を開業。同年6月に結婚したパートナーと共に、二人三脚で事務所を切り盛りしている。

福永さんが独立したのは2016年の2月のこと。出身地の益城町にほど近い熊本市内東部に、自身の法律事務所を構えた。ところがその2カ月後の4月に、熊本地震が発生。故郷の益城町も甚大な被害を受け、福永さんたちも地震直後から法律相談に携わるなど、大変な時期を過ごしたという。今なお被災者の方々は生活再建の途上にあり、福永さんたちの被災地に関する活動も現在進行形だという。もともと「地域に貢献する弁護士でありたい」という思いを強く抱いていた福永さん。必要とされる場に出向き、地域と深く関わろうとする彼女の弁護士としてのスタイルは、福祉などの分野でよく使われる「アウトリーチ(地域社会への奉仕活動、現場出張サービスなど)」の考え方に基づいている。地域と向き合う弁護士とはどういうものか、福永さんに尋ねてみた。

目の前の一人と向き合いながら社会ともつながっていける、 弁護士という仕事。

Q. 何が「法曹」の仕事を目指すきかっけになりましたか?

福永:高校生の時、テレビでドイツのゴミ問題に関するドキュメンタリーを見て、法律が変わることによって、ペットボトルの規格まで統一され、リサイクルがどんどん促されていくことを知りました。「法律は社会を変える力を持っている!」ということに気付いたのです。そこで法律をつくる仕事に携わりたいと思ったのですが、大学生の時、個別指導の学習塾でアルバイトした経験から、一人一人の人間と向き合う仕事の方が、熱意を持って従事できるのではないかと感じるようになりました。
社会と向き合う仕事か、それとも人と向き合う仕事を選ぶべきか、自分の中で迷いが生まれたのですが、弁護士なら目の前の一人と向き合いながら社会を変えていくこともできると思って、この仕事を目指しました。

Q. 社会を変える弁護士の力とは、具体的にはどのようなものですか?

福永:例えば弁護士の場合、一人のために勝ち取った判決が、社会全体に影響を与えることがあります。以前、ある飲食チェーンの店長さんを管理監督者と見なして、会社側が残業代を支払わないのは違法だという判決が出たのですが、それ以来あらゆる飲食チェーン店の店長さんの待遇が見直されるきっかけとなりました。
こんなふうに弁護士の仕事は、一人のためにやったことが、社会全体につながっていきます。目の前の一人と向き合いながら社会全体にも貢献できる。これほど魅力的な仕事は、他にはないと思っています。

Q. 弁護士という仕事に就いて良かったと感じることは何でしょう?

福永:自分のやりたいことに取り組めることです。今、一番興味を持って取り組んでいるのは、「憲法」について、市民の皆さんと一緒に考える時間を持つことです。現在、若手弁護士の有志と共に、「憲法カフェ」と称する場を設けています。こうした活動ができるのも、弁護士という仕事の大きな魅力です。

Q. そうした活動は受任案件ではないですよね。ボランティアとして行っているのですか?

福永:ほぼボランティアです。弁護士の仕事は、お金をいただく依頼だけではなく、弁護士会の委員会活動や無償で社会貢献として行う仕事もあって、それらの活動に関しては自分のやりたいこと、あるいはやらないといけないと感じることへ自由に取り組めます。私はこうした活動も弁護士の大切な仕事だと捉えています。
こうした活動を含めて、いろいろな方とお会いできるのも、この仕事の面白いところです。「憲法カフェ」の他に、地域の高齢者や障害者を支援する委員会にも所属していますが、地域包括支援センターや行政の方たちとお話しすることで、いろいろと知見が広がります。自分で活動の幅を広げたいと思えば、いくらでも広げていけるのも、弁護士という仕事ならでは! やりたいことがたくさんある人にとっては大変ですけどね(笑)。

法科大学院で学んだからこそ、見つけることができた、 行政側の法解釈の誤り。

Q. 良い解決に至った時は、やはり達成感がありますか?

福永:達成感はさまざまです。お客さまに喜んでいただけて良かったという充実感を抱く場合もあれば、判決で勝った時など一瞬で大きな達成感を得る場合もあります。さらに、お客さまに喜んでいただけるだけではなく、良い解決が社会の変化に結び付くこともあります。以前、熊本市が「児童扶養手当法」の解釈を誤ったために、手当を減額して支給された依頼者の問題を解決したことがあります。当時は新聞にも取り上げられ、熊本市では過去にさかのぼって、未払い分の手当が、同じ境遇の方へ支給されることになりました。こうしたケースが是正されることに貢献できたのは大きな喜びでした。

Q. 今までそうした解釈の誤りに目が届かなかったのでしょうか?

福永:「おかしい」と声を上げても、個人が主張するだけではスルーされがちなのでしょう。当時、所属していた事務所の方も、地方議員の方と連携していろいろと試みているところでした。そんな時に私がこの事件を分担することになり、法律の条文を読み直し、「どうもおかしい。これは行政側の解釈が間違っているのではないか」と申し立てたところ、その訴えが認められたのです。
そもそも、条文を読み直して解釈を突き詰めるといった作業は、法科大学院で学んだからこそ、手にできた成果だと思っています。広島大学の法科大学院では、法律の条文をしっかり読むこと、法律の趣旨から考えることを徹底されており、法律を解釈することに深くアプローチしています。ただ受験のための勉強をしていたら、こうした成果にはたどり着かなかったでしょうね。

Q. では、実際に弁護士活動を始められてから、ご苦労や困ったことなどはありましたか?

福永:第三者から見れば同じような事件でも、どれ一つ同じ事件はないということを、身をもって体験することもあります。同じようなケースでも、人が違えば別の事件。弁護士は、同じ感覚で携わってはいけないのです。
弁護士になって感じた苦労といえば、やはり仕事量の多さでしょうか。いまだに受任量とスケジュールの調整がうまくできません(笑)。弁護士になる前に3年半、法律事務所で事務職員として働いたのですが、弁護士の仕事がこれほどとは気付いていませんでした。依頼者の都合に合わせて休日に相談・打ち合わせを行うこともありますし、他にもシンポジウムや学習会等の予定も入ります。そうはいっても、割と休んでいたりもします。いつも忙しいわけではないので、温泉に行くなどして、息抜きをしながら英気を養っていますよ。

待っているだけでは駄目! 必要とされる場所に自分から赴く弁護士でありたい。

Q. 女性が弁護士として働く上で、やりづらさを感じることはありますか?

福永:自分の事務所を開いてからは、出産・育児のことを考えると、少しは心配があります。勤務弁護士の場合は働けない時期は同僚に助けてもらえますが、個人事務所ではそうはいきません。でも自分の事務所ですから、子どもを連れてきて、育児しながら仕事ができるメリットもあります。どちらを選ぶかは自分次第ですね。¬それ以外では、女性だから相談しやすいということで依頼を受けたり、相談者を紹介されたりするケースが多いので、女性であるデメリットよりも、恩恵を受けていることの方が多いと思います。離婚などの相談はやはり女性弁護士の方が話しやすいようですね。

Q. 今後はどんな活動を行っていきますか? 将来のビジョンを教えてください。

福永:地域に密着した活動をもっと行っていきたいですね。私は益城町出身ですが、2016年2月に独立してから、程なく熊本地震で故郷の町が甚大な被害を受けました。地震直後から各自治体と調整して、法律相談などの活動を行ってきましたが、益城町の復興はまだこれからです。地域の方に頼りにされる弁護士になりたいですね。
現在、被災地が抱える問題として、最も多いのは二重ローンです。住宅ローンが残っている中で被災して、再建のためにさらにローンを背負ってしまうケースです。破産すると原則として財産も失ってしまうので、なんとか財産を残すかたちでローンを減額して、再出発できるようお手伝いしたいのですが、被災者の中には自分の抱える問題が法律問題であることに気付いていない方も多いのです。ただ相談を待つのではなく、こちらからどんどん地域に入っていって、困っている方に法サービスをお届けしたいと考えています。

Q. 法で解決できることを知らない人がいるから、こちらから地域へ出て行くのですね。

福永:「アウトリーチ」という表現がありますが、私もそういうアプローチで地域の皆さんとつながっていきたいと考えています。復興支援の他にも、生活困窮者自立支援の一環として、行政関係者と協働して相談を受けたり、支援会議に参加したりしています。業務の関心としては、高齢者・障害者の問題に軸を置いているので、現在は地域包括支援センターの方たちとの交流も深めているところです。
例えば、一人のお年寄りの問題を検討するときも、弁護士は法的な視点から、看護師は健康の視点から、福祉職は生活支援の視点からと、それぞれ違って勉強になります。こうした活動を通じて、高齢者や障害者の法律問題に研鑽を積んで、地域に貢献していきたいですね。

仲間たちの明るい笑顔の向こうには、 がんばれば必ず合格するという希望があった。

Q. 広島大学法科大学院で学んで良かったことはありますか?

福永:学生の雰囲気が明るかったことが、受験期を乗り切る自分たちにとって大きな救いでした。その背景には、熱心な先生方のもとで、司法試験を目指すだけの実力をしっかり養ってもらっている、がんばれば必ず合格できるという希望が持てたことがあります。多すぎず少なすぎない学生数も、私たちにとっては好都合でした。お互いどれくらい勉強しているかを感じ取れ、同期全員が良きライバルでした。私は先に合格できましたので、合格していない同期の勉強に付き合ったり、相談を受けたりもしました。私が学んでいた頃は、中国地方の他、四国や北陸、北海道といった他府県からの入学者も多く、卒業してからも互いに連絡を取り合って親交を深めています。弁護士として働く上での悩みを打ち明けることもあります。共に学んだ仲間は、いつまでたってもかけがえのない存在です。

Q. 同じ法曹の世界を目指す後輩たちへ励ましの言葉をいただけますか?

福永:今は弁護士の数が増えて、業界としては厳しいと言われがちです。しかし弁護士の数が増えたからこそ、今まで弁護士の手が届かなかったところへ、法律サービスを届けなければなりません。また厳しいといっても、私が暮らしている熊本では十分生活できていますよ。弁護士になって1・2年の間は、仕事を進める上で思った以上の大変さも感じましたが、それでもなおこの仕事には、他にない魅力がたくさんあります。やりがいを持って、「法」を必要とする場に、どんどん自分から飛び込んでいってほしいと思います。

2017年8月18日取材
取材場所/福永紗織法律事務所


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