
未培養微生物を培養する手法の開発、未知増殖制御メカニズムについての研究
微生物学の大きな謎【難培養】に迫る
微生物とは目に見えないほど小さな生物のことです。生物学的には地球上で最も種類数の多い生物は微生物であり、土壌はもちろん人間の体の中などあらゆるところに存在しています。そして、例えば人間の生活においては食品の発酵や下水などの排水の処理、薬となる化合物を生産したりと多くの重要な役割を担っています。しかし、99%以上の微生物は未だ培養することができず、未解明・未利用のまま残されているのです。私の研究目的は、そんな難培養微生物を培養するための新しい手法を開発し、増殖メカニズムの解明を通して「なぜ培養できないのか」という微生物学上の
大きな謎に迫ることです。まだ解明されていない99%以上の微生物を意図的に活用できるようになれば、その恩恵は計り知れません。また、人間の体には自分自身の細胞よりもはるかに多くの微生物がいるということを考えれば人体そのものを知ることにも繋がるはずです。 ところで皆さんは、スタンダードな培養方法を知っているでしょうか。どこかで見たことがあるかもしれませんが「寒天平板培養法」と言って、シャーレと呼ばれる円形の皿に栄養成分を混ぜた寒天で培地を作り、そこに微生物がいるであろうサンプルを塗布、1つの微生物細胞が増殖するとその場でコロニーという目に見える集まりになり、それを採取することで1種類ごとに微生物を分離するというやり方です。しかしその方法では地球上に存在するたった1%の微生物しか培養できません。そこで難培養微生物が培養可能になる条件を仮説立て、実験を繰り返して開発したのが「Gel Micro-Droplet(GMD)凝集培養法」です。
想定通りにいかない実験の中で気づいた新たな発見
GMD凝集培養法は多数のゲル微粒子(直径30μm程度)に微生物細胞を1細胞ずつ閉じ込め、油の中でゲルの微粒子同士が集まった状態を意図的に作り出して培養する手法です。この手法に行き着く前に私が立てた仮説は、ピコリットル(1兆分の1リットル)という極小の容器の中に微生物を1細胞閉じ込めることができれば、自分自身が出す何かしらの化合物の濃度が高くなるため、それに反応をして増殖を開始するのではないかと考えたものでした。そのコンセプトに従うなら、ゲルの粒同士は油の中で分散されていて、くっついていてはいけなかったのですが、実験の途中で学生から凝集していると報告があり、その時は失敗したと残念に思いました。もしゲル同士が寄り集まったことで微生物がゲルからゲルへ移動していたら、1種の微生物によって行われるべき純粋培養にならないためです。

Gel Micro-Droplet作成装置
しかし途中段階でのデータは非常によく、多くの微生物が増殖したという結果が出ていました。
そこで、念のため微生物がゲル間を移動しているか確かめる実験を行ったのですが、全く移動していなかったのです。では最初の仮説通りゲル同士が完全に分離した状態ではどうだろうと改めて実験し直し、そこでは増殖を確認することができませんでした。これを受けて、ゲルが凝集した際に異なる微生物間で、共生や増殖の開始を誘導するようななんらかの物質を介した相互作用が起きたから増殖したのではという結論に至りました。
寒天平板培養法など従来の培養法では1%程度の微生物しかコロニーを形成しないと述べましたが、この方法では植菌した微生物の内実に半分程度は増殖してコロニーを形成することが判明しています。また、私たちはこのGMD凝集培養法を用いて様々な種類の難培養微生物の培養に成功しています。その中にはほとんど培養できないことが知られている微生物も多く、それらは難培養微生物がなぜ培養できないのかという謎を解明するための、モデルになると考えています。つまり微生物間の共生関係や相互作用が難培養微生物の増殖に必要であるという仮説を基に研究を進めています。

微生物細胞の蛍光顕微鏡画像
知の領域の境界に立って、自分の足を未知領域に踏み出してみませんか。
さらに、この方法で培養した難培養微生物から新しい薬を作る微生物などの有用微生物を効率的に探索する画期的なスクリーニング方法の開発など、応用的な研究にも取り組んでいます。現代の微生物学は、前述したように培養可能な1%の微生物によって確立された学問です。私が学生のころから、培養せずに微生物の遺伝子配列を解析する技術が進展し、最近では、それらを用いることで、培養されていない微生物の世界が比較的正確にとらえられるようになりました。私自身も広大な未知の領域に踏み込んで研究することにわくわくしましたが、残りの99%の微生物を培養しないと人間は微生物のことを本当の意味で理解したことにはならないだろうと当時から感じていました。博士号の学位を取得後、しばらくは研究の世界で頑張ってみようと決心した後は、あえてチャレンジングなことをしようと現在のテーマで研究を始め、新しい手法による微生物培養が少しずつできるようになり、最近ようやく培養した微生物の活用まで具体的に考えられるようになってきたところです。研究では実験の結果や観察データなど、自分たちしか知らない情報や、自由な発想に基づく新しい着眼点・アイデアなどを基にして、そこに最先端の知見を組み合わせるボトムアップ的アプローチを心がけることで、常に新しくオリジナリティあるものを目指しています。
私は、学生さんに対して講義など折に触れて、学問や研究の社会的意義についてリンゴの木に例えて説明しています。リンゴの実は誰が見ても価値があるもので、多くの人は一つの実を太らせ収穫することに目が行きがちです。リンゴの実を一つ実らせるような研究ももちろん大事です。しかし、そのリンゴの実は細い枝の先に実り、細い枝は太い枝から派生し、太い枝は幹から生えています。私は、将来その先に数多くのリンゴの実がなるような太い枝を幹から直接育てるような研究をしたいと考えていま
す。そして、太い枝を育てれば多くのリンゴの実が実際に実るということも自分の研究で実証したいとも考えています。科学の研究というのは人類の知の領域を広げる行為とも言えます。そして人類が抱えている未解決課題(例えば、決定的な治療法のない病気など)は知の領域の外側、すなわち未知領域に答えが存在しています。ですから、知の領域を広げる行為は人類にとって普遍的な価値があるものだと言えます。皆さんは、これまで、そして大学の学部における勉強を通じて、実は未知領域との境界に少しずつ近づいていきます。大学院に入ると最先端の論文を読むようになります。そのようにして人類の知の領域の境界に到達するとそこから自分で一歩踏み出したくなり、その楽しさ、奥深さを何度でも味わいたくなるはずです。研究室では、できるだけ多くの学生さんに知の領域の境界に立ってもらい、自分の進みたい方向に自分の足を1歩そして2歩と未知領域に踏み出してもらいます。ここはそんな刺激的な体験ができる研究室ですので、興味のある方はぜひ未知に挑戦するメンバーの一人として私たちと一緒に研究をしましょう。
青井 議輝 准教授
YOSHITERU AOI
代謝変換制御学研究室
2003年3月 早稲田大学 大学院理工学研究科 応用化学専攻 博士後期課程修了 博士(工学)
2003年4月 早稲田大学 日本学術振興会特別研究員
2004年4月 早稲田大学 客員研究 助手
2007年3月 早稲田大学 早稲田高等研究所 助教
2010年4月 Northeastern University, Visiting Scholar(日本学術振興会海外特別研究員)
2012年4月 Northeastern University, Visiting Scholar
2012年4月 広島大学 サステナブル・ディベロップメント実践研究センター 講師
2017年4月 広島大学 大学院先端物質科学研究科 准教授
2019年4月 広島大学 大学院統合生命科学研究科 准教授