木造建築の構造とその性能評価、木材・木質材料による接合部の強度研究
木造建築を増やして街に森を作る
近年、木造建築の人気が高まっているのをご存知ですか? 例えば大阪万博のシンボルとされる会場の大屋根リングはスギやヒノキなどの木材から作られています。大型建築だけでなく、一般的な住宅でも様々なメーカーが木造に力を入れています。その大きな理由は環境への配慮です。
皆さんもご存知のように、木は光合成をする際、二酸化炭素を吸収して炭素を樹体に貯蔵します。一度貯め込んだ炭素は排出されることはなく、木材として住宅に使用した後もその状態は継続しており、結果的に大気中の二酸化炭素削減に繋がるのです。従って、木造住宅を増やすことは街に森を作っているのと同じことになりますし、建築資材を目的として山に木が増えることで環境負荷低減に大きく貢献することができます。
私の研究室では、木造建築の性能や構造などについて研究しながらサステナブルな未来に貢献することを目指しています。例えば、木材が最もダメージを受ける原因は水なのですが、建物に使われる木材の含水率を調べることで現状を把握し、補修や取り替えが必要かどうかの判断材料にすることができないかと考えています。
現在は木材に穴を開けて小さなセンサーを埋め込み、部分的に含水率を計測しています。実は、万博の大屋根リングに用いられている材料の健全性を評価するため、リングに用いられている材料にセンサーを埋め込んでデータを取るという調査もしています。しかし、この方法は実質的には非効率なためより効率的な方法を検討中で、現在はそのためのデータを収集している段階です。
広がり続ける木造建築分野の可能性
研究室では他に、耐震性・強度などに関わる研究も行っています。皆さんも工作や家具の組み立てで経験があるかもしれませんが、2枚の木の板を直角に接合するのは難しいことです。研究ではそうした木材同士の接合部に注目し、どんな接合方法があるか、どういうメカニズムで成り立つか、どう計算すれば正確な強度がわかるか、といったことなどを調べています。
実際に建築現場で使われているラグスリューボルトという大きなネジを、木材に埋め込み引き抜く実験を紹介します。ネジの長さや埋め込む方向などの条件で値は変わりますが、仮に4トンくらいの力で引き抜けるとすると、イメージとしてはこのネジひとつで1トン弱の軽自動車が4~5台釣り上げられる程の強い力を持っていることがわかります。この研究を基に、木材料同士の安全で効率的な接合方法を提案することを目指しています。この他、企業からの依頼を受けて開発中の建築物や技術の耐震性・強度に関する試験なども行っています。
近年は大型の木材料の開発が進んでおり、冒頭で述べたように大型建築にも徐々に取り入れられるようになってきました。集成材やCLTと呼ばれる木材同士を貼り合わせた大きな材料は以前からありましたが、大型建築に使用できるサイズに作ること、そしてその性能を確かめ安全に使えるようにすることが加速的に可能になっています。ただし、サイズを縮小して実験できる鉄骨や鉄筋コンクリートと違い、木材料の性能評価などは基本的に実寸大で行わなれています。当研究室でも5階建ての実験をしたことがありますが、やはり縮小サイズで実験可能であればよりスムーズに開発できるだろうと感じます。そのための研究を同じ分野の研究者達と進めており、小さいサイズで確認が出来るようになれば、今後さらに、様々なことに挑戦できる可能性が広がっていくのではと思っています。
世の中に貢献できる研究で震災にも負けない家を
私はもともと歴史、とりわけ考古学に興味がありましたが、両親から得意なことを仕事にしなさいとアドバイスされ、数学や物理を活かせる建築の道を選びました。歴史が好きだったので歴史的建造物にも興味はありましたが、新しい建築物も対象にできる材料や構造の分野を選びました。学生の時に、木造の研究室の先生と実験をしている際に感じた「面白そう!」という直感もこの道を選ぶ大きな理由となりました。
そして、研究への使命感が生まれたきっかけは阪神淡路大震災。当時私は大学3年生で、ちょうど構造の研究がしたいと思い始めた頃でした。幸い、私自身は被害を受けませんでしたが、建物の倒壊により多くの人が命を落としていたことが非常に衝撃的で、悲しく思いました。建築を学んでいる人間として、安全な建物が作られる世の中にしたい、そうした研究に貢献できる人になりたいと感じたことを覚えています。
木造建築の歴史は古いですが、わかっていないことも多く新しくできることも増えていて、私自身やりたいことに追いついていない状況です。学生にも「これがやりたい」という気持ちを大切にしてほしいですし、自発的に行動できる人に成長してほしいと思っています。学生時代はとても大事な時期です。有名な建築物を見たり、見学会に足を運んだりするのはもちろん、企業に頼んで構造物を見せてもらうといった社会人になってからでは得難い機会も、望めば得られます。ぜひ、そのアドバンテージを活かして多くを学んでください。そして人との出会いも大切にしながら、自分の「こうなったらいいな」と思うものを目指してチャレンジしてもらえればと思います。

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