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【研究成果】加齢に伴い妊娠率が低下するメカニズムの解明と卵巣若返り法を開発

本研究成果のポイント

  • 加齢に伴って妊よう性(*1)が低下する原因を解明するため、遺伝子改変マウス(*2)を使用し、性腺刺激ホルモン(*3)の分泌異常による卵巣組織の繊維化(*4)が卵巣機能低下を引き起こすことを解明しました。
  • 上記の研究成果から、性腺刺激ホルモンの分泌を長期間抑制することで、卵巣組織の脱繊維化を誘導し(卵巣若返り)、妊よう性の改善に成功しました。

概要

広島大学大学院生物圏科学研究科 博士課程後期3年(日本学術振興会特別研究員)梅原 崇 研究員、島田 昌之教授、およびBaylor College of Medicine(米国)JoAnne S. Richards教授等の研究グループは、加齢による妊よう性低下は、異常な内分泌環境に起因する卵巣組織の繊維化であることを突き止めました。さらに、薬剤による内分泌環境の改善処置が、卵巣組織の脱繊維化を誘導し、妊よう性も完全に回復させることを明らかにしました。

本研究において、加齢に伴う卵巣機能の低下原因の探索を行った結果、排卵回数の増加に伴ってステロイドホルモン産生細胞が蓄積し、それにより脳下垂体から恒常的に性腺刺激ホルモンが多量に分泌されること、この異常な内分泌環境が卵巣組織の繊維化を引き起こすことを解明しました。さらに、卵巣組織の繊維化が、卵胞発育(図1参照)を抑制し、卵巣機能を低下させることを明確化しました。

今回の研究成果から、40歳以上の不妊患者で多く見られる「性腺刺激ホルモンの血中濃度が高値を示し、卵巣機能が低下したローレスポンダー症例(*5)」において、卵巣組織の脱繊維化を誘導することで、妊よう性を改善させうる可能性が示唆されました。今後、高齢女性の不妊治療への応用が期待できます。

本研究成果は、ロンドン時間の2017年8月31日「Aging Cell」オンライン版に掲載されました。

【用語説明】
(*1)妊よう性
 生物が子孫を残すための繁殖力、つまり妊娠のしやすさを意味する。

(*2)遺伝子改変マウス
本研究では、卵巣の卵胞内特異的にNrg1遺伝子の機能を欠失させたマウスを示す。Nrg1は、排卵過程の卵胞内で発現する成長因子をコードする遺伝子であり、この成長因子(ニューレギュリン)は卵の受精可能時間を決定している。Nrg1遺伝子を全身で欠損させたマウスは、出生前に死滅するため、卵胞内でのみ本遺伝子の機能を消失させるため、Nrg1遺伝子に目印となるloxP配列を挿入した遺伝子組み換えマウス(Nrg1flox/floxマウス)と卵胞内でのみloxP配列を切断するCreリコンビナーゼを発現する遺伝子導入マウス(Cyp19a1Creマウス)を交配させて、Nrg1flox/flox;Cyp19a1Creマウスを作出した。本マウスは、交配のタイミングが遅れると妊娠が成立しない表現系を示すことを2014年に発表している(Kawashima et al., 2014, Molecular Endocrinology, doi: 10.1210/me.2013-1316

(*3)性腺刺激ホルモン
脳下垂体から分泌され、卵巣や精巣で機能する糖タンパク質ホルモンで、主に卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体化ホルモン(LH)を指す。

(*4)組織の繊維化
臓器の機能低下を引き起こす構造的変化であり、腎不全や肝機能低下の原因として知られている。傷を修復するために間質細胞がコラーゲンを分泌して修復するが、これが持続的に起こると(慢性炎症状態)、修復後もコラーゲン合成が持続され、繊維化を引き起こすと考えられている。卵巣では、卵胞周囲の間質を構成する細胞内にコラーゲンが蓄積し、平滑筋アクチンが集積して、間質が繊維化していると考えられる。

(*5)ローレスポンダー
高度生殖補助医療において、体外受精に用いる複数個の卵を得るために、卵胞発育を促す性腺刺激ホルモンを投与する(卵巣刺激を行う)が、その刺激への反応が低く、発達した胞状卵胞が得られない(得られる数が少ない)症例.40歳以上に多く見られ、そのほとんどで血中FSHが高値を示す。

図1.卵胞発育の概要、卵巣には1つの卵と体細胞からなる卵胞という構造体が多数存在する。これは、出生前後に原始卵胞が形成され、それらがある一定の個数ずつ卵胞発育を開始し、一次卵胞→二次卵胞→初期胞状卵胞→胞状卵胞に至る。卵巣にどれだけの卵胞が残存するかを卵巣予備能といい、血中AMH値がその指標となる。各月経周期(発情周期)に卵胞は排卵に至るか閉鎖するので、加齢と共に卵巣予備能は低下する。二次卵胞までの卵胞発育は卵分泌因子により誘起されるが、それ以降は、下垂体から分泌される性腺刺激ホルモン(FSHとLH)により誘起される。ローレスポンダーでは、血中FSHとLH濃度が高値にもかかわらず、卵胞発育が二次卵胞で停止している。

島田昌之教授からのコメント

卵巣は、卵に受精とその後の発生能を付与するだけでなく、ステロイドホルモンを産生する重要な臓器です。しかし、他の臓器よりも早く機能を失うため、哺乳類をはじめとする高等動物では寿命よりもかなり早い時期に繁殖能力を消失します。また、このような卵巣機能の低下により、ヒトの不妊症、家畜の繁殖障害の原因となっています。本研究では、年齢とともにステロイドホルモンの分泌異常とそれを原因とする卵巣の繊維化が起こっていることがわかりました。さらに、卵巣組織の脱繊維化を薬剤投与によりおこなうことで、卵巣機能が長期間にわたって回復することを明らかとしました。この結果は、不妊治療や家畜生産に大きく貢献しうる成果と考えており、応用研究へと発展させていきたいと考えています。

論文情報

  • 論文タイトル: The acceleration of reproductive aging in Nrg1flox/flox;Cyp19-Cre female mice
  • 著者: 梅原 崇1、川合 智子1、川島 一公1、田中 勝洋1、奥田 哲司1、北坂 浩也1、JoAnne S. Richards2、島田昌之1
    1. 広島大学大学院生物圏科学研究科 陸域動物科学講座
    2. Department of Molecular & Cellular Biology, Baylor College of Medicine
  • 掲載雑誌: Aging Cell
  • DOI番号: 10.1111/acel.12662
【お問い合わせ先】

広島大学 大学院生物圏科学研究科
教授 島田 昌之

TEL:082-424-7899
FAX:082-424-7899
E-mail:mashimad*hiroshima-u.ac.jp (*は半角@に置き換えてください)


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