本研究成果のポイント
- アモルファス[1]でもポリマー鎖の平面性が高い特異的な構造を有するπ共役ポリマーの開発に成功
- 有機薄膜太陽電池において、アモルファス系でありながら結晶系と同等のエネルギー変換効率を達成
概要
広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格教授、斎藤慎彦助教、大阪大学大学院工学研究科の佐伯昭紀教授、京都大学大学院工学研究科の大北英生教授らの共同研究チームは、発電材料であるπ共役ポリマー[2]がアモルファスでありながら有機薄膜太陽電池(OPV)[3]のエネルギー変換効率を高められることを発見しました。
次世代の塗布・フィルム型太陽電池であるOPVは、カーボンニュートラル実現に向けて重要な太陽光発電技術として近年注目されています。同様の塗布・フィルム型であるペロブスカイト太陽電池[4]が発電層に鉛など重金属を含むのに対し、OPVは発電層に有機物のみを用いることから、環境にやさしいことが特長です。OPVの実用化には、エネルギー変換効率の向上が大きな課題の一つです。そのためには、π共役ポリマーの結晶性を高めることが高効率化の鍵と考えられていました。しかし今回、広島大学の研究グループは、アモルファスでもポリマー鎖の平面性が高い特異的な構造を有するπ共役ポリマーを開発することで、変換効率を従来のアモルファスπ共役ポリマーよりも1.5倍まで、また結晶性π共役ポリマーと同様の値まで高めることに成功しました。
本研究成果は、2023年9月21日(木)午後6時(日本時間)にSpringer Natureが発刊する科学誌「Communications Materials」にオンライン掲載されます。
論文情報
- 論文のタイトル:“Ordered π-conjugated polymer backbone in amorphous blend for high efficiency nonfullerene organic photovoltaics”
- 著者: Masahiko Saito, Hiroya Yamada, Kakaraparthi Kranthiraja, Tsubasa Mikie, Akinori Saeki, Hideo Ohkita, Itaru Osaka.
- 掲載雑誌:Communications Materials
- DOI:10.1038/s43246-023-00395-y
背景
カーボンニュートラルの実現に向けて、太陽光発電の導入量拡大は喫緊の課題となっています。有機薄膜太陽電池(OPV)は、溶液プロセスを使用してプラスチック基板上に製造できるだけでなく、軽量、フレキシブル、シースルーな性質を持っています。このような特長を活かすことで、一般的なシリコン太陽電池では設置が困難な建物の壁や窓などの垂直面や、テントやビニールハウスなどに設置が可能です。さらに、同様の塗布型であるペロブスカイト太陽電池が発電層に鉛などの重金属を含むのに対し、OPVは発電層に自然素材と同じ有機物のみを用いていることから、環境にやさしいことも大きな利点です。しかし、OPVのエネルギー変換効率はシリコン太陽電池やペロブスカイト太陽電池よりも低く、エネルギー変換効率の向上が実用化に向けた重要な課題です。
通常、太陽電池の高効率化には、発電層に用いる半導体を結晶化させることが重要です。一般に普及しているシリコン太陽電池では、シリコンが規則正しく配列した結晶系は、シリコンが全く配列していないアモルファス系に比べて2倍も高い変換効率を示します。そのため、結晶シリコン系は住宅の屋根に置いて発電用に使われ、アモルファスシリコン系は電卓の電源など低電力用に使われています。OPVにおいても同様で、半導体として用いられるπ共役ポリマーの結晶性を高めることで、高効率化が進んできました。しかし、一般的にポリマーの薄膜では、ポリマー鎖が自己組織化により整然と配列した結晶相だけでなく、ポリマー鎖が複雑に絡まって配列していないアモルファス相が存在します。π共役ポリマーの結晶相においては、ポリマー鎖中の連結した複素芳香環の平面が同一平面内に揃う(平面性が高まる)(図1a)ことで、ポリマー鎖同士が近づいて配列するため(図1c)、電荷が流れやすくなりますが、アモルファス相ではポリマー鎖の平面性が低く(図1b)、ポリマー鎖同士も配列していないため(図1d)、電荷が流れにくくなります。そのため、結晶相の比率が増えれば(結晶性を高めれば)変換効率が高くなります。しかしOPVでは、π共役ポリマーをp型半導体としn型半導体となる有機材料と混合しますが、そのような混合膜ではアモルファス相の比率が増えてしまうので、これを如何に制御するかが変換効率向上の課題でした。一方、発想を変えて、「アモルファス相においても電荷輸送性が高いπ共役ポリマー」を開発することができれば、結晶化させずとも高効率化が可能とも言えます。
研究成果の内容
本研究では、π共役ポリマーとして、同じポリマー鎖に分岐状アルキル基が置換したPSTz1とトリアルキルシリル基が置換したPSTz2を合成しました(図2)。これらのポリマーとIT-4Fというn型有機半導体を混合した薄膜は、X線回折測定において非常に弱い回折ピークしか示さなかったことから、いずれもアモルファスであることが分かりました(図3a)。しかし、分光測定を行ったところ、PSTz2ではPSTz1に比べて、著しく強いピークを示したことから、ポリマー鎖が高い平面性を示すことが分かりました(図3b)。すなわち、PSTz1は従来のπ共役ポリマーと同様に、アモルファスであり平面性は低く、PSTz2はアモルファスでありながら、ポリマー鎖の大部分は平面性が高いという特異的な構造を有することが明らかとなりました(図1e)。そこで、京都大学のグループが行った電場吸収スペクトル測定[5]の結果から、PSTz2は平面性が高いことから、PSTz1に比べて顕著な電荷の広がりをもつことが明らかとなりました。さらに、大阪大学大学院工学研究科のグループによる時間分解マイクロ波伝導度測定[6]の結果から、PSTz2はPSTz1に比べて一桁高い電荷輸送性を示すことが分かりました。そこで、これらの混合膜を用いてOPV素子を作製したところ、PSTz2は13.0%と、PSTz1(8.9%)よりも1.5倍以上高いエネルギー変換効率を示しました。また、PSTz2のOPV性能は、広島大学のグループが以前に開発した結晶性のπ共役ポリマーと同程度であることも分かりました。
今回、薄膜全体としては完全なアモルファスでありながらポリマー鎖の平面性が高いという従来の常識を覆す構造を有するπ共役ポリマーPSTz2の開発に成功しました。この特異的な構造に基づいて、PSTz2はアモルファスポリマーでありながら結晶性ポリマーと同等のOPV性能を示すことが明らかとなりました。本研究は、OPVの高効率化に向けて、新たな材料設計指針を示す非常に重要な成果といえます。また、アモルファス材料はフレキシブルなデバイスとの相性がよいことから、実用的なOPVの開発に向けても重要な成果です。
本研究は、広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格 教授、斎藤慎彦 助教、三木江翼 助教、大阪大学大学院工学研究科の佐伯昭紀 教授、Kakaraparthi Kranthiraja 特任研究員(当時)、京都大学大学院工学研究科の大北英生 教授、山田裕哉 氏(大学院修士課程)らの共同研究によるものです。本研究成果は、科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業(研究開発課題名:「革新的有機半導体の開発と有機太陽電池効率20%への挑戦」、研究開発代表者:尾坂格(広島大学 教授)、研究開発期間:令和2年11月~令和7年3月)の支援を受けて行われました。
今後の展開
今後は、なぜPSTz2がアモルファスでありながらポリマー鎖の平面性が高いという特異的な構造を形成するのかについて解明を急ぎます。また、PSTz2は薄膜全体がアモルファスですが、将来的には、結晶相とアモルファス相が混在する薄膜中のアモルファス相において、このような構造を形成するポリマーの開発を目指します。これが実現できれば、シリコン太陽電池に匹敵する変換効率の達成も期待できます。
参考資料
図1. (a)複素芳香環平面が同一平面上にある(平面性の高い)π共役ポリマーのポリマー鎖、(b)平面性が低いπ共役ポリマーのポリマー鎖、(c)π共役ポリマーの結晶相、(d)π共役ポリマーのアモルファス相、(e)PSTz2のアモルファス状態の模式図。平面性が高いポリマー鎖は剛直なため配列しやすいが、平面性が低いポリマーは柔らかいため配列しづらい。PSTz1は(d)の構造に相当する。PSTz2のポリマー鎖には、平面性が低い部分も含まれるが、大部分は平面性が高いと考えられる。
図2.本研究で開発合成したπ共役ポリマーPSTz1とPSTz2の化学構造。PSTz1は置換基としてアルキル基(青色ハイライト部分)、PSTz2はトリアルキルシリル基(赤色ハイライト部分)を有する。
図3. (a)開発したポリマーとIT-4F混合薄膜のX線回折測定の結果。15°付近の回折ピークが幅広で弱いことからアモルファスであることが分かる。(b)開発したポリマーとIT-4F混合薄膜の吸収スペクトル。PSTz2では580nm付近のピーク強度が顕著に大きく(黄色ハイライト部分)、ポリマー主鎖の平面性が高いことを示している。
用語解説
[1] アモルファス
非晶質ともよばれ、結晶のような長距離秩序がなく、無秩序または短距離秩序をもつ物質の状態のこと。
[2] π共役ポリマー
炭素-炭素の二重結合と単結合が繰り返した構造をπ共役構造と呼び、これを基本構造とする高分子化合物の総称。ベンゼン環やチオフェン環、あるいはこれらが縮合した複素芳香環が連結したπ共役ポリマーも多数合成されている。π共役構造に基づいて半導体性や伝導性、発光性、光電変換特性など様々な機能を発現する。
[3] 有機薄膜太陽電池(OPV)
有機半導体を発電層として用いた薄膜太陽電池の総称。特に有機半導体の溶液を塗布して作製する有機薄膜太陽電池を塗布型OPVと呼ぶ。有機半導体としては、通常、p型半導体(正の電荷(=正孔、ホール)を輸送する半導体)であるπ共役ポリマーとn型半導体(負の電荷(=電子)を輸送する半導体)であるフラーレン誘導体やπ共役分子(非フラーレン系材料)が用いられる。OPVは、Organic PhotoVoltaicsの略。
[4] ペロブスカイト太陽電池
ペロブスカイト構造という独特の結晶構造を有する酸化物を発電層として用いた薄膜太陽電池の総称。OPVと同様に塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、安価かつ軽量でフレキシブルであることから次世代の太陽電池として注目を集めている。一方で、発電層に鉛などの重金属を用いることが課題としてあげられている。
[5] 電場吸収測定
電場印加による吸収スペクトル変化を測定する手法、分子の共役長を評価することができる。
[6] 時間分解マイクロ波伝導度測定
電磁波の一種であるマイクロ波を用いて、局所的な電荷キャリア輸送を見積もることができる測定手法。非接触・非破壊、かつ迅速で安定に測定できる。
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<研究に関すること>
広島大学大学院先進理工系科学研究科 教授 尾坂 格
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大阪大学 工学研究科 総務課 評価・広報係
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