第1回鈴木孝至教授

第1回 「外国へ行こう。とってもハッピー!でも,考えさせられる。」

専攻長, 副研究科長(教育担当) 鈴木 孝至 教授

 量子物質科学専攻コラムの第1回目です。何故か緊張します。まず,自己紹介致します。大学院では,もちろん先端物質科学研究科量子物質科学専攻で低温物理学を担当し,学部は,理学部物理科学科を併任しています。実験的手法を用いて物質が持つ量子力学的な新機能を発見したり,開拓したり,解明したりしています。特徴的な実験手法として,「音で電子などの量子状態を見て」います。超音波位相比較法に基づいて,私が開発した超音波分光装置は,音速をv,音波の周波数をfとするとDv/v=Df/fの関係があり,周波数を高くすればするほど音速分解能が良くなります。現在では,音速の1億分の1程度の変化を測定できますが,この程度になると量子力学的性質がよく見えてきます。実際には,音が物質に導入する歪みの応答を測定しているのですが,詳しくは,ホームページをご覧下さい。また,一般にはあまり知られていませんが,横波音波は歪みだけで無く,物質に回転も導入します。キラル対称性を持つ物質系の回転応答というこれまで実施された例が殆ど無い研究にも着手しています。

 今から,二十数年前になりますが,文部省在外研究員として「音波を用いた高温超伝導の共同研究」のため,ノルウェー科学技術大学(在トロンヘイム市)にあるクリスチャン・フォスハイム教授の研究室に1年近く滞在していました。その間,高温超伝導体の発見でノーベル賞を受賞されたIBMスイス・チューリッヒ研究所のアレックス・ミューラー先生とも,量子常誘電の共同研究をさせていただきました。ミューラー先生は大変なcar enthusiastで,スイスの自宅にあるガレージで自らエンジンを載せ替えたジャガーでノルウェーまで来られるほどでした。ノルウェーに来られた折,一緒にピクニックさせていただいたときの写真を下に貼り付けておきます。子供(息子)を肩車しているのが私,真ん中がミューラー先生,その隣がフォスハイム先生です。私もクルマ好きなので,ミューラー先生と車の話をしたかったのですが,緊張して研究の話などしてしまいました。

 閑話休題。ノルウェー滞在中のある休日,家族とオスロ市の博物館へ向かいました。入り組んだ町並みに迷いながら,夕方になり子供連れでかなり疲れた状態でやっとバス停を発見し,バスに乗り込みました。バスの中は,現地の人が十人以上は乗っていたと思います。我々が乗車してバスはすぐ発車しました。運転手さんのところへ行って私は聞きました。「このバスは博物館へ行きますか。(英語)」「ああ,このバスは路線が違うから行かないし,全然違うところへ言ってしまうよ。(英語。ノルウェー人の98%は英会話が出来る。)」私のミスで,一本違う道沿いのバス停で乗車してしまったようです。と,突然,運転手さんが大声のノルウェー語で乗客に向かって,「××××××××××.」と何か言いました。乗客の皆さんは大声で,「ヤー(ノルウェー語のyes)。」と言いました。全員が言ったのかどうか分かりませんが,とにかく皆さん,こちらを見てニコニコしています。すると,いきなりバスが方向転換して今までと違う方向にすごい勢いで走り始めたのです。「どうしたのですか。」と運転手さんに聞きました。その答えに絶句してしまいました。「博物館へ送ってあげるよ。」「私:それは皆さんの迷惑になるので,次で降りて正しいバスに乗ります。」「運転手さん:もうそのバス,今日は無いんだよ。」多分,運転手さんは乗客にこう言ったのだと思います。「この日本人家族が博物館へ行きたがっているが,そのバスはもう無い。遠回りになるけど送ってやって良いか。」バスは,ノンストップで十数分ほどかなりのスピードで走り続け,博物館の真ん前まで連れて行ってくれました。バスを降りるとき,最敬礼でバスの皆さんにお礼を言うと,運転手さんも乗客も満面の笑みで手を振ってくれたり,「楽しんで来いよ。」と言ってくれたりしました。バスが発車し見えなくなるまで,我々は手を振り続けました。家内も私も,狐につままれたようでした。これほど有り難い思いを感じた覚えがありません。当時の,ノルウェーの皆さん,本当に有り難うございました。しかし,暫くして冷静になれたとき,これが日本だったらどうだろうと思いました。日本の運転手さんも乗客も親切です。しかし,運転手さんがこのようなことをしたら,バス会社に処分されないだろうか,法的に問題は無いだろうか,乗客の誰かが大事な何かに遅れたらどうなるだろうか,ネットで叩かれないだろうか,など数々の思いが出てきます。

 もしかしたら,国によって個人の裁量権が決定的に違うのかも知れません。グローバルな文化の違いは,自国に閉じこもっていては絶対に理解できないように思います。先端物質科学研究科では,学生の皆さんのために独自の手厚いサポートを実施しています。外国での共同研究の実施や,国際会議での発表に対する旅費等の支援です。最近では,外国へ行くことを尻込みする学生さんもいると聞きますが,想像も出来ない経験が待っているかも知れません。どんどん外国へ行って,視野を広げてみませんか。

ノルウェーにて

 

2016年2月26日掲載


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