第14回 松村武准教授

新しい授業担当

松村 武 准教授

 来年度から学部2年生向けの熱力学を新しく担当することになり、最近その準備を始めたところである。これまでは3、4年生が相手で、そろそろ低学年を担当してみたいと思っていたところでもあったので、ちょうどいい巡り合わせになったと思っている。半年も前に準備を始めるのかと思われるかもしれないが、全体構想を練り、細かい計算過程などもすべてチェックし、その中から扱う問題を取捨選択し、整理して15回分の構成を作り上げるのには、それくらいの時間はゆうにかかる。2月にはシラバスを書かねばならないので、1月末にはほとんど仕上がっていなければ間に合わない。科研費の申請書も書き、出張実験もあり、データ解析もあり、論文も書き、集中講義や研究会での講演もある中での新授業の準備である。しかし、これが実に楽しい。いつの間にかのめり込んでしまう。

 熱力学をやらないかという打診があったとき、いい機会が来たと思った。学生のときから熱力学はまたちゃんと勉強してみたいと思っていたし、今現在も、研究テーマの中で出会う問題を熱力学的に扱うとどんな解釈になるんだろうと思ったりすることがよくある。といいつつ、現象論としての説明はできても、熱力学ではミクロなことはわからないし、まあいいかと、ずるずるここまできたのである。今、まじめに一から勉強し直している。

 実は、私には大学で熱力学の授業を受けた記憶がない。サボっていたのではない。カリキュラムでは熱力学のはずだった授業で、担当の先生が全く違うことをやったのである。ほぼ、前期量子論の話だったはずだ。シラバスも、学生による授業評価もない時代であり、今では考えられない話である。でも、その授業内容にはとても引き込まれたのを覚えている。1年生のあまりおもしろくもない力学の後だったこともあり、大学でいよいよ本格的な学問をやり出したという高揚感があった。カリキュラムを無視して前期量子論をやる独自性も魅力的だった。そのこと自体が、学問とはこういうものだという強いメッセージになっていた。私も同じようにしたほうが、真の意味での教育効果はあるような気もするが、今の世相では問題視されそうでできない。で、熱力学はどうしたかというと、自分で勉強した。統計力学はちゃんと授業があったし、研究でも熱力学は大前提としての存在感があるし、相対論は避けて通れても、熱力学を避けることはできないと思っていたのである。それを今、再び勉強し直している。

 そんなことでいいんですか、と学生諸君は思うであろう。これが大丈夫なのだ。むしろ、学びたてほやほやの新鮮な熱力学を提供できると自分では期待している。結局は独学であることに変わりはないのだが、学生のときの独学と全く違うと感じるのは理解力である。研究の現場で20年以上の実践経験を経て、現実の問題とリンクさせながら学び直す熱力学の理解度は、学生のときの理解度をはるかに凌いでいる。この理解度が学生のときにあったら、その後の研究ももっと質が高くなっていたに違いない。

 教科書にはいろいろな熱力学の関係式が出てくるが、実際の問題に適用してみなければ、理解は深まらない。理想気体に適用してみるのが第一歩であるが、そこで終わっては現実感が乏しく、つまらない。一定値になったり、ゼロになったりする項があり、何のために難しげな式をわざわざ書いたのか意味がわからなくなる。熱力学は理想気体だけを扱うものと誤解されるのも心外だ。そこで、この夏、ファンデルワールスの状態方程式をとことん調べてみた[1]。ふつう、教科書に出ているのはP-V曲線までであるが[2]、内部エネルギー、自由エネルギー、エントロピー、エンタルピー、比熱、熱膨張率など、教科書に式が出てくる物理量は一通り計算してみた。これをうまく授業に組み込めれば、基本的な熱力学から、水と水蒸気の相転移と共存状態まで、一つの連続した話として扱える。すべてつながっているということが大事で、項目を断片にはしたくないのだ。そして、学生が自分の手を動かしてこれらの問題に取り組めるような教材にしたい。どうやってそのような教材に仕上げていくか、それを今あれこれ考えながら作業している。それが実に楽しい。

 

(注)

[1]理想気体の状態方程式はPV=nRT。分子には大きさがない、分子間の引力相互作用もないという仮定の下で成り立つ。これに分子の大きさや相互作用の効果を実効的に取り込んだ、(P+n2a/V2)(V-nb)=nRTがファンデルワールスの状態方程式で、現実をモデル化した方程式の中では最も簡単なもの。といっても、紙と鉛筆だけでこの方程式からでてくる現象を解き明かすのは難しい。

[2] 縦軸に圧力P、横軸に体積Vをとり、温度Tを一定にしたときのPVの関係を表す曲線。ファンデルワールス方程式からは気体—液体の相転移が出てくる。理想気体では出てこない。

一から勉強し直したノート

一から勉強し直したノート.まだ乱雑な状態で,全然まとまっていない.

パソコン画面

ファンデルワールス方程式に従う気体の物理量をいろいろ計算してみたパソコン画面.これを学習教材レベルにまで落とし込めるかが課題.

(2017年9月28日掲載)


up