第15回 鬼丸孝博准教授

「〇〇の秋」

鬼丸 孝博 准教授

 平成29年11月。いよいよ秋が深まってきた。この時期は,夏の暑さと冬の寒さの間のちょうど良いくらいの気候なので,いちばん好きな季節である。気候だけをみれば,春ももちろん良い季節ではあるが,秋は日ごとに日が短くなり,落ち着いた方向へと向かっていく感じがする。この時期だけは,ちょっと感傷的な気分になるのも悪くはないだろう。

 秋は米や果物などの収穫の時期でもあり,美味しい食材で溢れる。そのため,「食欲の秋」ともよく言われる。食欲が満たされるとともに心地よい気候も相まって,人も内外面で活動的になるのだろう。「スポーツの秋」,「読書の秋」,「芸術の秋」などのフレーズもよく聞かれる。私は子供の頃から体を動かすのが好きだったので,「スポーツの秋」というのが一番しっくりくる。「読書」はどうかというと,鹿児島のみどり豊かな田舎まちで育ったため,子供の頃は外で遊んでばかりで,あまり本を読む習慣はなかった。ただ祖父は本を読むのが好きだったので,自宅にはたくさんの本があった。大学で東京に出てみると,電車での移動時間がやたらと長い。その頃はスマートフォンもなかったので,時間つぶしに本を読むようになった。それからは,帰省するたびに祖父から本を何冊か借りて,東京に持ち帰っては電車のなかで読んだ。私の好みであったのかもしれないが,祖父が持っていた歴史小説を読む事が多かった。その後,守備範囲を徐々に広げて随筆や現代小説なども読むようになった。最近では,夜眠る前に10分ほど本を読むのが楽しみな日課となっている。秋の頃になると感情移入をしやすいためか,ついつい睡眠時間を削って本を読んでしまうこともある。

 一方で,「芸術」はもっとも自分からは縁遠いようだ。祖父は若い頃に絵を描いていたらしく,子供の頃はよく祖父に絵の展覧会などに連れていってもらったりもした。しかし,並んでいる絵の前に立っても,どこを見れば良いのか,何を感じたら良いのか,まったく分からなかった。むしろ,その後に行くお昼ごはんの方が楽しみだったかもしれない。

 しかし,今年になって転機が訪れた。今年の4月から,フランスとドイツで5ヶ月ほどを過ごした。それまで海外に1ヶ月以上滞在した事はなかったが,日本学術振興会の国際共同研究加速基金・国際共同研究強化に採択され,ヨーロッパの研究者との共同研究の機会を得た。フランスではパリ郊外のサックレーに研究所があり,いつも乗り降りしていた次のバス停が「Rond-Point Maison Foujita」。フランスで活躍した日本人画家・藤田嗣治の名前に由来しており,バス停のすぐ近くにフジタのアトリエ兼住居が当時のまま保存され,公開されている。屋根裏のアトリエの壁には,素晴らしい宗教画が描かれていた。また,漢字でラベルが書かれた顔料の瓶や日本の百貨店の包装紙なども置いてあり,同じ日本人として親近感を覚えた。

 その後,フジタの絵を見ようと,パリ国際大学都市日本館に連絡して訪ねてみた。通されたサロンには,フジタによって描かれた大きな油絵が展示されていた。観覧者は自分ひとりだけ。しかも,観覧料はたったの2ユーロ。静寂のなか,ひとときフジタの絵と向き合う。時間も忘れて,すっかり見入ってしまった。乳白色の人肌はとても柔らかく感じられ,また人の横にいる猫はきめ細やかに描かれていて今にも動き出しそうだ。もっとフジタの絵を見たくなった私は,オランジュリー美術館へ足を伸ばした。ちょうど日本のブリジストン美術館の特別展があり,そこにフジタの絵が展示されていると知人から聞いたためだ。フジタの描いたさまざまな食材と猫の絵は,とても生き生きとしていて素晴らしかった。

 ところで,このオランジュリー美術館には,モネの睡蓮の連作が展示されている。周囲が大きな4枚の睡蓮の絵で囲まれた睡蓮の間がふた部屋ある。モネの睡蓮は有名なので,これまでも小さな絵を見た事はあったが,オランジュリー美術館の大きな睡蓮の連作には圧倒された。絵に近づいたり離れたりしながら部屋をゆっくりと歩いていると,なんとも言えない心地よい気分につつまれた。私の想像だが,本物の睡蓮よりも,人によって描かれた絵の方が人の心に触れやすいのだろう。その後に見たルノワールの人物画にも,とても感動した。このように,いつもと違う生活環境のなかで,ちょっとしたきっかけから芸術に触れる喜びを知った次第である。

 気がつくと,秋の季節は終わりを告げることもなく,寒い冬がやってくる気配だ。大学では,年度末に向けて学生も教職員も忙しくなる時期である。だんだんと余裕もなくなるのが実情ではあるが,秋が終わってもふっと立ち止まって,「食欲」や「スポーツ」,「読書」,「芸術」のために少しの時間を費やしてもバチは当たらないだろう。忙しい日々のなかでも,心身ともに健やかに過ごしていきたいものである。

(2017年11月27日掲載)


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