令和6年度 学位記授与式

学長式辞 令和6年度学位記授与式 (2025.3.23)

 本日、広島大学を巣立っていく3,647人の皆さん、誠におめでとうございます。令和6年度の学位記授与式にあたり、広島大学を代表して心よりお祝い申し上げます。

 顧みれば、皆さんは学生生活の大半をコロナ禍の中で過ごされました。授業はオンライン、部活動は中止――想像もしなかった困難に直面しながらも、今日の晴れの日を迎えられた皆さんの努力に、学長として心より敬意を表します。また、皆さんを支えてこられたご家族や関係者の皆様の喜びもひとしおのことと思います。これまで温かく見守ってくださった方々への感謝の気持ちを、どうか忘れないでください。

 広島大学は、最も古い前身校の創立から150年を超える歴史を刻んできました。現在、国立大学最多の12学部と4研究科1研究院を擁し、学生数は約1万5000人に及びます。世界101ヵ国・地域から2078人の留学生が集い、国際性と多様性に富んだ全国屈指の総合研究大学として発展しています。さらに近年は、国の大型研究資金に相次いで採択され、世界水準の研究が推進されています。

 また、英国の高等教育専門誌Times Higher Educationによる「THEインパクトランキング2024」において、本学は世界1,963大学中101-200位、国内では3年連続3位にランクインしました。皆さんは、国内外で高く評価される広島大学で学ばれたことに誇りを持ってください。

 さて、本年は広島の地に人類史上初の原子爆弾が投下されてから80年の節目にあたります。そして、核兵器廃絶を訴えた物理学者アインシュタインらの声明に基づき、世界の科学者によって創設された「パグウオッシュ会議」も、20年ぶりに広島で開催されます。

 広島大学の前身校と附属学校では、原爆によって多くの教職員、学生、生徒、児童の尊い命が奪われました。その4年後、「平和の大学」として設立された広島大学の精神は、皆さんが学ばれた平和科目や、世界中から学生が集う「ピーススタディツアー」、さらには昨年から続く「平和学長会議」など、多彩な形で受け継がれています。

 一方で、ウクライナやパレスチナでは、今も多くの人々が戦火の犠牲となり、核戦争の脅威も高まっています。こうした中、日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞したことは、広島大学にとっても大きな希望と励みとなりました。この受賞を機に、私たちは自由で平和な国際社会の実現と人類の幸福に貢献する決意を新たにしています。皆さんも、核兵器の非人道性を深く胸に刻み、平和への一歩を踏み出してほしいと願っています。

 あらためて世界に目を向ければ、先進国においても民主主義が試練にさらされ、未来は混沌としています。そうした不確実な時代を歩み始める皆さんに、私は「自由」と「責任」について改めて考えていただきたいと思います。

 ドイツの社会心理学者エーリッヒ・フロムは、その著書『自由からの逃走』の中で、「自由とは可能性であると同時に、不安を伴うものである」と述べました。自由には選択の幅が広がる喜びがありますが、それと同時に、自ら決断し、その責任を引き受けなければなりません。その重みに耐えきれず、人はしばしば安易な答えを求め、権威に依存してしまう傾向があります。自由の重圧から逃れるために、他者に判断を委ね、みずからの思考を放棄してしまうのです。

 独裁や抑圧は突然生まれるのではありません。日常の中で少しずつ広がっていき、気がついた時には自由そのものが失われていることになります。では、私たちはどうすれば自由を守ることができるのでしょうか。

 『自由論』で知られるイギリスの思想家ジョン・スチュアート・ミルは「自由を守るためには、少数派の異なる意見に耳を傾け、批判的に考え続けることが重要である」と説いています。

 現代に置き換えるなら、SNSなどで大量に拡散されるフェイクニュースを鵜呑みにしないで、批判的な視点を持ちながら自らの頭で考え続けることが大切なのだと言えるでしょう。私は、安易に権威に依存せず、必要な時に声を上げる勇気こそが、社会の未来を切り拓くと確信しています。

 皆さんが広島大学で培った学び、友情、経験は、これからの人生を豊かにする大きな財産となるでしょう。ここで得た知識と誇りを胸に、新たな世界に挑戦してください。そして、どうか「自由を恐れずに生きる人」であってください。

 最後に、皆さん一人ひとりの前途が希望に満ちたものであることを、心から願って、私からのはなむけの言葉といたします。
 


令和7(2025)年3月23日
広島大学長 越智光夫


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