第4回 高畠敏郎教授

第4回 「教授は学生に育てられる」

高畠 敏郎 教授

 しゃれたエッセイをしたためる文才は持ち合わせていないので,研究室の最近の動きについて書かせて頂く。研究科長であった平成23-26年度には,入学アルバムと卒業アルバムに挨拶文を載せるのが務めであった。この間,磁性物理学研究室のホームページでの教授挨拶の更新をサボってきたので,平成23年4月に伊賀文俊准教授が茨城大学の教授に栄転され,助教であった鬼丸孝博氏が同年9月に准教授に昇任したという辺りで途切れていた。その前後と続きを,博士課程後期学生に絞って述べる。

 話は少し遡るが,平成22年11月に私がある国際会議で熱電変換クラスレートについて講演したところ,面識のあった精華大学のJing-Feng Li教授から「私の妻が先生のところに学生を派遣したいので受け入れてほしい」と日本語で頼まれた。その陳躍星君は中国政府の国家建設高水平大学公派研究生として平成23年10月に博士課程後期に入った。当研究室では,熱電変換材料として開発したVIII型クラスレートの大型単結晶育成でそれまで失敗を重ねていた。そこで,垂直ブリッジマン法を採用し,陳君と修士の学生が協力して49回の試行錯誤を行った結果,単結晶の大型化に成功した。陳君はその熱電物性研究で平成26年9月に博士号を取得した。公聴会には,修士課程の指導者であった北京科技大学のBoping Zhang教授に来て頂いた。陳君は豊田工業大学でポスドクを1年間勤めた後,中国に帰国して華南理工大学に勤めている。

 時計を平成21年まで巻き戻す。当時,自然センター低温・機器分析部門の梅尾和則氏が断熱消磁冷凍機を立ち上げていた。その冷却テストで電気抵抗測定に用いたのは,鬼丸氏が電気四極子秩序の発現をねらって作ったPrIr2Zn20という試料であった。平成21年7月1日,梅尾氏が磁場を下げるボタンを押すと試料の温度がどんどん下がった。電気抵抗の緩やかな下がり具合を見て,試料作製を担当した修士学生の松本君は安心して帰宅した。その後,温度が50ミリケルビン(絶対零度まで0.05 K)に達すると,電気抵抗が突然ゼロになった。この超伝導発見に立ち会わなかった悔しさが,就職して1年半後に博士課程後期に戻ってきた理由のひとつかと思う。松本君はこの断熱消磁冷凍機に取り付けることのできる比熱計を作製したが,電気ノイズが大きすぎて,まともなデータは数ヶ月間得られなかった。試行錯誤で測定回路にコンデンサーを入れたら,きれいなデータが得られるようになり,電気四極子秩序も観測できた。こうして平成27年9月に「Pr内包カゴ状化合物PrIr2Zn20における超伝導と四極子秩序」という博士論文で博士号を取得し,直ちに愛媛大の助教に迎えられた。この松本君と指導教員の鬼丸氏の背中を見て博士課程後期に進んだのが脇舎和平君である。彼は同じPr系化合物の構造相転移に着目し,格子振動モードの異常を放射光散乱やラマン散乱で調べた。カゴ状Pr系化合物の磁性,超伝導およびフォノン物性をテーマとして2年間で博士を取得し,平成28年4月に横浜国立大学に助教として赴任した。

 さて,鬼丸氏が准教授に昇任した後の助教として採用されたのが,末國晃一郎氏である。同氏は当研究室において4年生から博士課程後期までを過ごし,熱電クラスレートの物性研究で平成22年3月に博士を取得した。助教として赴任した北陸先端大では,新しい熱電材料として硫化銅鉱物の先駆的研究に取り組み,テトラへドライトという銅鉱物の熱伝導率が低い原因は,三つの硫黄原子に囲まれた銅イオンが非調和大振幅振動(ラットリング)しているためであると提案した。この提案は,米国ミシガン州立大のD.T. Morelli 教授(国際熱電学会長)らの実験によって認められ,英国王立化学協会の雑誌chemistryworldにSuekuniのメイルインタビュー記事が載った。同氏は平成25年3月末に当研究室に助教として着任すると,硫化銅鉱物の熱電物性研究を展開した。金属-半導体転移の原因追及では,本学の放射光科学研究センターで電子状態を調べ,J-PARCの中性子散乱で銅イオンのラットリングの非調和性を明らかにした。産総研との共同研究で熱電変換性能を大幅に高めることにも成功した。これらの成果が内外で注目されることとなり,平成28年4月に在任期間3年で九州大学の准教授となった。

 この様に,私の周辺の若手はそれぞれ先駆的なテーマに取り組み,その課題を解決する過程で着実に力をつけて,他所に羽ばたいて行った。私が細かい指導をしなくても,鬼丸氏,梅尾氏,末國氏がそれぞれ斬新なテーマを考え付いて,適切な実験手法を開発し,その研究を学生と一緒に進めてくれた。定年退職まで2年を切った現在も,3名の博士後期学生をはじめ7名の博士前期課程学生と5名の卒論生と一緒に研究させて頂いている。今となって実感しているのは,「教授職に就いた途端に教授になるのではなく,いろんな学生や研究室のメンバーとの「交換相互作用」によって,教授は育てられる」ということである。広島大学は学生だけでなく教員も育てていることを,もっと宣伝しても良いかと思う。大学ランキングの評価項目に「教員が育っているか」を加えてもらいたい。

 

 


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