第23回池田丈助教

バイオのつぶやき第23回 池田丈助教「アクとり お肉編」
池田 丈 助教
池田 丈 助教

(2017年5月30日)

 「バイオのつぶやき」第23回です。これまで本コラムを担当された先生方の話は研究に関するものが中心でしたが、今回はそのような流れを無視して料理の話をします。

 普段自分で料理することはほとんどないのですが、先日牛すじを頂いたので、下茹でした後に煮込んで牛すじシチューを作りました。牛すじを煮込んでいるとアクがでるので、せっせと掬い取っていたのですが、その時にふと「アク? アクとはなんだ?」と思ったのです(酔っていました)。研究において、実験手順の各ステップの意味を理解しておくのは実験を行う上でとても重要です。最近は便利な実験キットが多数販売されており、キットの説明書通り実験を行えば、原理を知らずとも一通りの結果が得られるので、原理を理解しないまま実験を行っている学生さんもいるかもしれません。原理が分かっていれば、実験のアレンジやトラブル発生時の原因究明などが容易になります。一方、料理においては意味をよく理解していないプロセスを理由の分からぬまま行っている場合がしばしばあり、アクとりもそのひとつでしたのでこの機会に調べてみることにしました。

 

 広辞苑(第六版)で調べてみると、「あく(灰汁)」とは以下のように説明されています。

  ①灰を水に浸して取った上澄みの水。炭酸イオン・アルカリ金属イオン等を含み、汚れの洗い落し、染色などに用いる。

  ②植物中に含まれる渋み、えぐみなどのある成分。

  ③肉などの煮汁の表面に浮かぶ白い泡状のもの。

  ④人の性質や文章などに感じられる、強すぎてなじみにくい癖や個性。

 

 『ミスター味っ子』でトチもちの雑煮をつくる話がありましたが、その際にトチの実のアク抜きに使われた灰汁が①で、それを用いて除かれたトチの実のアクが②だということになります。肉を煮込む際に生じるアクは③ですが、その正体については書かれていなかったのでさらに調べてみました。ネットで検索すると肉のアクについての情報はいろいろと見つかるのですが、いずれも記載の根拠が不明だったため、アクの組成を分析した文献を探してみました。

 牛すね肉を煮込むことで生じるアクを分析した研究では、約80%が脂質(その大部分が中性脂肪)、12~20%程度がタンパク質で構成されており、微量の無機質を含むことが報告されています(文献1,2)。また、牛もも肉を材料として、アクに含まれるタンパク質が何であるかを調べた論文では、ピルビン酸キナーゼ(Pyruvate kinase)、アルドラーゼ(Aldorase)、乳酸デヒドロゲナーゼ(Lactate dehydrogenase)、ミオグロビン(Myoglobin)などが検出されています(文献3)。前三者はグルコース(ブドウ糖)からのエネルギー生産に係わる酵素であり、ミオグロビンは筋肉中に酸素を貯蔵するためのタンパク質です。これらは筋漿(筋肉を構成する細胞の細胞質)に多く含まれるタンパク質であり、水に浸漬することで溶出した筋漿タンパク質の一部が加熱によって変性・凝集し、アクとして分離したと考えられています。また、調理に用いる水が軟水か硬水かによっても生じるアクの量が変化することも報告されており(特にカルシウム濃度の影響が大きい)、カルシウムがタンパク質と脂質の結びつきを仲立ちして、不溶化するアクの増大を促している可能性が考察されています(文献4)。

 アクが料理の味に与える影響としては、鶏骨スープ(いわゆる鶏ガラスープ)の官能検査を行った研究において、『加熱中アクを除去し続けたもの』と『加熱終了後にまとめてアクを除去したもの』を比較したところ、前者の方が評価が高かったことが報告されています(文献5)。加熱中アクを取り続けた場合の方が回収されたアクの総量が多いこと、また、アクを除去せずに加熱した場合はアク中の脂肪の酸化の度合いが高く、スープの清澄度が低いことから、アクを取らずにいるとアク中の脂肪が酸化され、その一部が乳化してスープ中に分散することで味に影響した可能性が示唆されています。文献6では、アクの加熱によってアク中の脂肪が酸化・熱分解されて、不快臭の原因となる脂肪族アルデヒドが生成することが報告されています。

 本コラムの締めとして、自分でアクを取ったものと取っていないものを作って食べ比べることで、アク取りの効果を検証してみました!という結果を載せれば、コラムとしては良いのかもしれませんが、最初にも述べたように普段自分では料理をしないので検証実験は行っておりません。興味をお持ちの方は是非ご自分で検証してみてください。

 

参考文献

1)  滝沢絹江,清水富久子,樫本房子,丸山悦子,橋本慶子,長谷川千鶴(1974)スープストック(牛すね肉)の‘あく’に関する研究,家政学研究,21,6–10

2)  丸山悦子(1977)スープストック(牛すね肉)の‘あく’に関する研究,調理科学,10,75–79

3)  田島真理子,三橋富子,妻鹿絢子,矢野淳子,荒川信彦(1984)スープストックおよびあく中のタンパク質成分の由来について,家政学雑誌,35,161–164

4)  三橋富子,田島真理子(2013)水の硬度がスープストック調製時のアク生成に及ぼす影響,日本調理科学会誌,46,39–44

5)  花崎憲子,勝田啓子,足立貞子,花山悦子,橋本慶子,長谷川千鶴(1974)鶏骨スープの抽出条件とあくについて,家政学研究,21,156–160

6)  時友裕紀子,石川由香(1999)スープストックのフレーバーにおよぼすタマネギ添加の影響,日本調理科学会誌,32,304–311


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