第40回中ノ三弥子准教授

バイオのつぶやき第40回中ノ三弥子准教授
中ノ三弥子准教授
中ノ 三弥子 准教授

分子生命化学研究室

 

(2018年11月)

前回のバイオのつぶやき(第39回 藤江先生のつぶやき)で、「質量分析技術の飛躍的な進歩により、omics研究では莫大なデータが蓄積され続けている」と書かれていましたが、私は質量分析技術を使ってomics研究をしている一人であります。omics(オミクス)とは生体中に存在する分子全体を網羅的に研究する学問で、遺伝子を網羅的に研究するならゲノミクス、タンパク質ならプロテオミクス、代謝物ならメタボロミクス、脂質代謝物ならリピドミクス、糖鎖ならグライコミクスとなります。そのようなオミクスの中で、私は、グライコミクスの研究をしています。糖鎖(とうさ)とは、様々な種類の単糖が鎖状につながった分子のことで、我々の細胞の表面を産毛のようにビッシリと覆っています。もうすぐインフルエンザが流行する季節がやってきますね。実は、このインフルエンザウイルスは、我々の細胞表面にある決まった糖鎖を見つけて結合し、細胞の中に侵入していくのです。皆さんが病院に行ってもらうインフルエンザの薬は、このインフルエンザウイルスと糖鎖の関係を利用したメカニズムで作用します。また、この細胞表面の糖鎖は、とても繊細で、病気などで細胞内の生理的変化が起きると、表面の糖鎖の構造も変化することがわかってきています。私は、あらゆる種類の細胞の糖鎖の構造を網羅的に解析して、細胞の生理的変化をもたらした原因である病気(例:がん、炎症性疾患、現代病)のバイオマーカーを糖鎖で探しています。ここでは、この研究の話はしませんので、詳細はよろしければ、研究室のホームページ(https://home.hiroshima-u.ac.jp/bunseika/)の「研究内容」を御覧頂ければ幸いです。ここでは、「糖鎖と言えば・・・・」というお話をします。皆さん、一番有名な糖鎖は何でしょう?私の中で一番有名な糖鎖は、ABO血液型です。ABO血液型と聞いてまず連想するのは、A型の人は几帳面?、B型の人は純粋?、O型の人は寛大?、AB型の人は器用?というような性格との関係ではないでしょうか?昔は朝のテレビ番組でも、今日一番良い血液型は何型!とかいうようなことが放送されていたり、何型女性と何型男性は相性が良いとか、何型とは相性が合わないとかいう本も流行りました。科学的には、ABO血液型と性格・相性は関係ありません(関係がある証拠は今のところありません)。ABO血液型は、下の図のように、赤血球という細胞の表面に結合している糖鎖の構造の違いで分類されています。O型は、先端にN-アセチルグルコサミン、ガラクトースとフコースを持つ糖鎖が多く存在する赤血球を持つ人です。A型は、O型の糖鎖にN-アセチルガラクトサミンをさらに結合させた糖鎖が多く存在する赤血球を持った人です。B型は、O型の糖鎖にガラクトースをさらに結合させた糖鎖が多く存在する赤血球を持った人です。AB型は、A型の糖鎖とB型の糖鎖の両方が多く存在する赤血球を持った人です。ここまでは、高校の生物で習うので、御存知の方も多いと思います。私がつぶやきたいのは、ここからのABO血液型の話です。ABO血液型の糖鎖は、赤血球表面だけでなく、実は上皮細胞表面にも存在します。上皮細胞とは皮膚や粘膜などの上皮組織を形成する細胞の総称で、表皮細胞、消化管の粘膜細胞や腺細胞、および肝細胞などの実質臓器の細胞も含みます。ただし、上皮細胞表面にABO血液型の糖鎖が存在するのは日本人では約8割の人です。その人達のことをABO分泌型と言います。残りの約2割の人は上皮細胞表面には存在しませんので、ABO非分泌型と言われます。下の図のように、非分泌型の人は、上皮細胞中にフコースを付ける酵素を持っていませんので、それ以上糖鎖が伸びず、結果的にABO血液型の糖鎖が上皮細胞上で作れないのです(A型に特徴的なN-アセチルガラクトサミンやB型に特徴的なガラクトースを付ける酵素は持っているのですが、フコースが付いた後でないとそれらを付けることができないため)。あなたは、上皮細胞にABO血液型の糖鎖が無い非分泌型の人かもしれません(約2割の可能性)。しかし、だからと言って落ち込む必要はありません。むしろ、私は、非分泌型になりたいのです。だって、大好きな生牡蠣が沢山食べられる(?)からです。

ABO血液型

 広島にやってきてもう9年になりますが、ほぼ毎年、年に1回の牡蠣の特売日には早朝から車を飛ばし買い占めて、その後すぐ、友人と色々な料理法で白ワインと共に牡蠣を堪能しているのです。あ~、うまい~。何よりもおいしい~。牡蠣を想像してしまったので、つい糖鎖との関係を話すのを忘れかけました。牡蠣の食中毒の原因の1つはノロウイルスです。ノロウイルスは小腸の上皮細胞に感染し、腸管上皮細胞で増殖します。ウイルス・細菌が人の細胞に感染する時、細胞表面にある決まった糖鎖を見つけて結合し、細胞の中に侵入していくのです。ある種のノロウイルス(Norwalk/68株)は、O型、A型、AB型の人には感染しますが、B型には感染しません。つまり、小腸の上皮細胞表面のO型糖鎖とA型糖鎖に結合して感染するのです。もうお気づきかと思いますが、O型、A型、AB型であっても、非分泌型の人には、感染しません。ABO型の糖鎖が上皮細胞表面に無いからです。うらやましい~。なんぼでも食べられるやん。ちなみに私はO分泌型。B型もしくは非分泌型の血液型になりたい!っとここまで書きましたが、ノロウイルスって言っても種類は様々です。だから、一概に、B型もしくは非分泌型が良いとも言えません。逆に、B型に感染するノロウイルスも居ますし。しかし共通して言えることは、「糖鎖」が感染の足場となっていることです。上皮細胞にはABO血液型糖鎖以外にも様々な構造の糖鎖が存在します。ABO血液型糖鎖以外の決まった糖鎖を見つけて結合するウイルス・細菌も居ます。その感染を防ぐ役割をしているのが母乳です。母乳には多様な構造を持った糖鎖(細胞には結合していない糖鎖)が多く含まれています。乳児が母乳を飲むことで、消化管でウイルス・細菌が糖鎖を足場として感染するのをブロックしていると言われています。昨今、どのウイルス・細菌がどの糖鎖に結合しやすいかがわかってきています。これからは、同じABO血液型の人同士で「あの血液型の人達とは相性が合わないね~」という会話をするよりも、「今までに何のウイルス・細菌に感染したことある?あのウイルスとは相性が合わないね~」という会話をした方が、有意義かもしれませんね。

おわり。


up