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広島大学インキュベーション研究拠点「教育ヴィジョン研究センター(EVRI)」は,2022年3月18日(金)に,第110回定例オンラインセミナー【HUGLI 特別企画9・セミナー】「インドネシアは日本の地理教科書でいかに語られてきたか」を開催しました。教育関係者を中心に54名の皆様にご参加いただきました。
「HUGLI特別企画」シリーズは,広島大学型教育の世界展開を目指して,HUGLI(Hiroshima University Global Learning Institutes,当面はインドネシアのダルマプルサダ大学)の活動を活性化させるために行われています。シリーズ第9回となる本セミナーでは,日本の地理教科書に現れるインドネシア記述から,日本が標榜してきた国家像・国民像とその変化について,参加者とともに思索を深めました。
はじめに,司会の永田良太教授(広島大学)より,これまでのHUGLIの活動および本セミナーの趣旨が説明されました。趣旨説明は,永田教授と今回の講師である草原和博教授(広島大学)との対話形式で行われました。対話を通して,私たちがもっているインドネシア像から予見される地理教科書の認識枠組みを推測するとともに,その推測を過去100年の教科書記述に基づいて検証していくという本セミナーの趣旨が確認されました。
次に,草原和博教授(広島大学)による講演が行われました。永田教授はこの講演に学習者役として同席しました。まず過去100年に刊行された地理教科書におけるインドネシアの表象を,5つの時代に分けて解説しました。講演によると,1920年代には,インドネシアは熱帯地固有の作物・資源を産する,欧米の支配的植民地として同定され認知されるとともに(他者化),1940年代には,日本の占領が歴史的・地理的に不可避な共同体の一部として描かれている(同一化)ことが示されました。戦後の1950年代には,日本が直面する食糧増産を実現し,農業改革をはかる方策が示唆された砂糖生産の先進地として提示される(モデル化),1970年代には植民地支配に由来する自立化・工業化・民主化の遅れなど社会的課題を山積させた地域として描かれている(批評化)ことが示されました。さらに1990年代以降は,インドネシアに対する日本の経済開発と企業進出の実態と,一方で日本に向けたインドネシアの労働者,留学生,原料・食品の移動など,日本とインドネシアの関係強化が強調されている(再同一化)ことが示されました。
このような表象の変遷から,地理教科書には,インドネシアそのものの姿ではなく,日本からみたインドネシア像が,すなわち書き手の関心と期待が投影されてきたことが確認されました。また東南アジアという地域は,時代によって関係性の主体が入れ替わることはあっても,一貫して支配「する」側と支配「される」側の関係性を視点に描かれていること,学校教育ではこのような枠組みをメタ認知し,省察させていく必要性が示唆されました。
趣旨説明を行う永田先生(広島大学)
教科書記述の変遷を解説する草原先生(広島大学)
ウェビナーのQ&A機能を活用して行われた質疑応答では,「時代の経過とともに地理教科書におけるインドネシアの記述量は増えたか,減ったか」「今後はどのような記述が考えられるか」「政治よりも経済に関する記述が目立つのはなぜか」といった質問や,「(第2期の事例は)初等段階の国民学校用の教科書だったから国家のスタンスが顕著に表れたのではないか,中等段階はまた別ではないか」「インドネシア人である自分もまた,日本を(アニメ等に象徴される)ステレオタイプで捉えていたことに気づいた」といった意見・感想も出されました。
これらの質疑応答を通じて,日本が教科書記述に仮託したその時々の国家像・国民像と,教科書記述の変化,ならびに両者の関係性について,参加者全体で理解が深まりました。
今後もEVRIでは,インドネシアにおける海外交流研究拠点の活性化に向けて,引き続き検討してまいります。
広島大学教育ヴィジョン研究センター(EVRI) 事務室