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広島大学大学院人間社会科学研究科「教育ヴィジョン研究センター(EVRI)」は、2024年3月6日(水)に、定例オンラインセミナー講演会No.156『連続セミナー・授業研究を研究する「世界の授業研究の動向から学ぶ―International Journal for Lesson and Learning Studiesの編集長のSharon Dotger先生と編集実務担当のShirley Tan先生―」』を開催しました。大学院生や大学教員を中心に44名の皆様にご参加いただきました。
「授業研究を軸に教師教育を改革する」シリーズは、日本の授業研究と世界のLesson Studyとの交差点を探りながら、授業研究に基づく教師教育について研究する国際共同研究プラットフォームの構築を目指す企画です。「Kim, J., Yoshida, N., Iwata, S., Kawaguchi, H. (Eds.). (2021). Lesson Study-based Teacher Education: The Potential of the Japanese Approach in Global Settings. New York, NY: Routledge」の中身について議論した計9回のセミナーに加え、2022年からは世界の著名なLesson Studyの研究者を招聘し日本の授業研究と世界のLesson Studyの共通点と相違点を探ってきました。
本セミナーでは、International Journal for Lesson and Learning Studiesの共同編集長のSharon Dotger氏と編集実務担当のShirley Tan氏をゲストにお招きして、ディスカッションが行われました。
はじめに、司会の金鍾成准教授(広島大学)より、本セミナーの趣旨が説明されました。今回のセミナーは日本において授業研究が盛んに行われているにも関わらず海外における出版が少ないことを問題意識として、言語や学問などの海外との違いを乗り越え、日本の授業研究を発信するにはどうすればよいかについて焦点を当てたものであることが共有されました。本セミナーの目的として、第1に、世界における授業研究の動向にいついて学ぶこと、第2に、IJLLSに出版する知見を得ることが説明されました。
趣旨説明をする金准教授
次に、Sharon Dotger氏・Shirley Tan氏から授業研究の最新のトレンドおよびIJLLSへ投稿に関するアドバイスついて発表が行われました。IJLLSの読者がどのような点に関心をもっているのか、自身がどのように授業研究に関わるようになったのかが結びつけて語られ、共同編集長として、IJLLSではどのような論文を読みたいと考えているのかについて共有されました。
まず、Dotger氏はStigler & Hiebert(1999)から日本の授業研究に関するたくさんの知見を得たものの、まだまだ知りたいことがあると述べました。研究授業を再度取り上げるべき状況があるのか、どのような状況ならば取り上げることが望ましいのか、講師とはなにを知っている人なのか、講師は何ができる人なのか、講師はどのように観点を得てスキルを高めていくのか、どの要素を記録するのか、どのように記録するのか、授業研究中に講師同士の衝突があった場合に記録はどう残すのか等、たくさんの問いが示され、日本の研究者に取り組んでほしいテーマが提案されました。
またDotger氏は、広島大学授業研究グループの取り組み(例えば、平和教育の授業研究、社会科の授業研究、国を越境した授業研究)について言及し、当グループの組織・運営についても知りたいことがあると述べました。具体的には、広島大学授業研究グループはどのような手順を踏んで授業研究を行っているのか、どのようにグループの新メンバーを迎え入れているのか、グループはどのように教師や教育専門職と共同しているのか等を問いかけた後に、これらもIJLLSに投稿できるトピックであると提案しました。
最後に、研究方法としては、「サイクル」が重要であると説明されました。つまり記録および分析のプロセスに関してどのような研究方法を採用したのかについて、詳しく述べる必要があると説明がなされました。
報告するSharon Dotger氏
報告するShirley Tan氏
Shirley Tan氏からは、IJLLSからの出版に関する情報が提供されました。出版できる原稿のかたちとして、第1に、研究論文が紹介されました。研究論文には多様性があり、仮説―検証研究、アクション・リサーチなど実証研究のようなものもあれば、理論研究のようなものもあると説明されました。第2に、ポスター論文が紹介されました。これは、大会で発表したポスターに抄録をつけて出版する類型です。第3に、ディスカッションが紹介されました。他の研究者の論文に対する意見を述べることでも十分に論文として成り立つとのことでした。続いて、研究動向についての紹介がありました。具体的には、直近の10年で掲載された論文のタイプについて紹介されました。第1のタイプが、大学教員と学校との共同(collaboration)に関する論文です。第2のタイプが、授業研究の適応と拡散(adaption and diffusion) に関する論文です。第3のタイプが、授業研究を理論化するために特定の理論的フレームワークを用いた研究です。第4のタイプが、生徒の声(student voice)を積極的に取り上げる研究です。第5のタイプが、オンライン授業研究です。
過去10年間で、日本からの投稿は44件(世界の0.04%)あり、25件が査読に回ったといいます。そのうち、21件が採択をされました。21件の内訳としては、実践記録、授業記録に基づく授業分析、板書、教材研究、一斉授業等のトピックがあったようです。日本からの投稿論文の特徴としては、授業研究の批判的検討(critical aspects of JLS)が挙げられるといいます。
そして、査読者からのコメントも紹介されました。最も寄せられるコメントは「授業研究はどこにあるのか?」だということです。日本では授業研究が当たり前すぎて、授業研究に関する説明をしなくても共通理解があります。しかしながら、海外ではそうではないので、英語話者に向けて論文を書く際に原稿における授業研究の定義と位置づけを明確に書く必要があるとのことです。このほかによくある指摘としては、「非常に高度に状況が描写されている」というコメントだといいます。つまり、専門用語の補足や国際規模で読者に理解が得られるように日本の文脈をより丁寧に書く必要があるとのことです。また、理論的なフレームワークが欠如しているという指摘も散見されるといいます。内容以外では、論文構成やレトリックの問題についても指摘がなされているとの説明がありました。その際、英語的な文章の書き方と日本的な文章の書き方の違いについて自覚的になる必要があると説かれました。
続いて,Hiroshima University Lesson Study Group (吉田成章准教授(広島大学)・川口広美准教授(広島大学))とSharon Dotger氏・Shirley Tan氏との対話が行われました。
吉田准教授からは、Dotger氏の発表に対して、教育者同士がどのようにコミュニケーションをとろうとしているのかという問いに最も共感したと感想が述べられました。Dotger氏は、どのように講師になっていくのか、講師になっていくプロセスとはどのようなものなのかについて特に関心があると応じました。吉田准教授は、「(講師として)もうこなくていいから」と言われたときに,その個人が講師として一人前になったと感じるといいます。Dotger氏は、吉田准教授の指摘に対し「魚は水がないと生きられないけれど、そこに水があることにはなかなか気づかないのと同じように、当たり前だけど明らかになっていないことを言語化することの必要性を感じた」と応答しました。
川口准教授からは、授業研究をする中で、自分を客観視するのが難しかったと自身の経験を述べました。関連して川口准教授は、自分の状況を客観化する方法、客観化し他者に伝える方法を知りたいと尋ねました。また、授業研究で生じた課題をより一般的な問題に接続し、グローバルオーディエンスに伝える方法を知りたいと問いました。Tan氏は、その問いに対して、海外での授業研究における語られ方を知る必要があると応答しました。
応答する吉田准教授
応答する川口准教授
最後に、フロアーとの質疑・応答が行われ、セミナーが幕を閉じました。IJLLSが射程にしている授業研究についてわかったものの、どのような事例が授業研究ではないとみなされるかに関する質問がありました。それに対して、両氏は単に授業の一部の要素を取り上げたから授業研究だと主張する論文は却下していると答えました。また、IJLLSに投稿するための資格や審査料に関する質問もあり、それに対して吉田准教授が誰もが投稿でき審査料はないと答えました。その詳細はIJLLSのHPに掲載されています。
広島大学教育ヴィジョン研究センター(EVRI) 事務室