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【開催報告】【2024.08.03】定例オンラインセミナー講演会No.166「学校歴史教育は困難な歴史を展示している博物館をどのように活用できるか―広島平和記念資料館を事例に―」を開催しました

広島大学大学院人間社会科学研究科「教育ヴィジョン研究センター(EVRI)」は、2024年8月3日(土)に、定例オンラインセミナー講演会No.166「学校歴史教育は困難な歴史を展示している博物館をどのように活用できるか—広島平和記念資料館を事例に—」を開催しました。大学院生や学校教員を中心に44名の皆様にご参加いただきました。

はじめに、司会の金鍾成准教授(広島大学)より、本セミナーの趣旨が説明されました。学校歴史教育は子どもを取り巻く歴史文化(博物館、映画、テレビ番組、家族の記憶など)を相対化・吟味する機会を与える必要があることが共有されました。その上で、本セミナーでは、学校歴史教育が特にメッセージ性の強い困難な歴史を展示している博物館をどのように活用できるかを考えていくことが確認されました。上記の問いに答えることで、子どもを語りの解体・構築の主体に据える歴史教育、また子どもも共に歴史文化を考慮し学校と社会をつなぐ歴史教育を構想するというもう一つの目的も共有されました。

次に、金准教授から困難な歴史を展示している博物館の教育的活用のための原理についての説明が行われました。まず、子どもが社会の語りとその構築過程を批判的に捉え, 社会の構成員としての倫理的責任を意識しながら自らの語りを構築する歴史教育である「構築主義歴史教育」にもとづいて議論が行われることが説明されました。その後、困難な歴史を展示している博物館を教育的に活用するためには, 子どもが当事者としてその博物館に向き合うことが重要であることが共有され、そのための具体的な原理として「記念的博物館教育学(Commemorative Museum Pedagogy:略称、CMP)」と「ナラティブとアイデンティティ」の活用が提案されました。

訪問者が、困難な歴史と関わる当事者として博物館を解体するための枠組みとして提案されたCMPは、学習科学と精神分析学にもとづく教授学アプローチであることが説明されました。CMPの提唱者であるジュリア・ローズ(Julia Rose)氏は、学習科学からは子どもが博物館で困難な歴史と出会うなかで自己の価値観・認識の喪失・変化・ズレを経験する「学びにおける喪失(Loss in Learning)」を、精神分析学からは子どもが「困難な歴史」と自己を結びつけるプロセスである受容(Reception)・抵抗(Resistance)・反復(Repetition)・省察(Reflection)・再考(Reconsideration)というプロセス(5R)を抽出し、困難な歴史を展示している博物館を展示するキュレーターや教育者、またはその博物館を訪れる訪問者のための教育・学習のアプローチを提案したと説明されました。そして、CMPの目的は、現在を生きる市民が困難な歴史をどのように倫理的に再現すれば良いかを考えさせることにあることが共有されました。また、その再現のための4つのツールボックス, すなわち写真, もの, 困難な歴史を経験した「他者(Other)」、困難な歴史とかかわるものや記録である「現実(Real)」、「他者」と「現実」を言語的につなぐ「語り(Narrative)」、学習者が「他者」の苦しみを引き受け困難な歴史を通した自己省察や社会構想に向かうようになる人間化の過程を意味する「顔(Face)」もともに説明されました。

「ナラティブとアイデンティティ」は、当事者として自分の理解や反応をメタ認知する枠組みや当事者として困難な歴史を主体的に解体・再構築する枠組みとして提案されました。「私」は現実を構築する存在であり、また構築された現実によって「私」という存在が規定されることが繰り返されると説明され、そのプロセスの中にはナラティブが重要な役割を果たしていることが共有されました。困難な歴史を展示している博物館を観覧した「私」の理解や反応をナラティブとして表現し、そのように理解や反応をしている「私」のアイデンティティを見つけること、また、現在を生きる市民としてその困難な歴史を倫理的に再現する際の「私」はどのような存在であるかを考える際に「ナラティブとアイデンティティ」が役立つと説明されました。

教育的活用のための原理を説明する金准教授

次に、山本亮介さん・野呂航平さん(広島大学大学院・院生)から困難な歴史を展示している博物館の教育的活用のための提案として、広島平和記念資料館を事例とした単元「ヒロシマをどう語るか」が発表されました。

まず、今回の単元開発の題材として広島平和記念資料館を選択した理由として、困難な歴史の「愛らしい知識(Lovely knowledge) 」化による学習の単線化や閉ざされた認識の形成可能性が指摘されました。次に、CMPとナラティブとアイデンティティに加え、これまでの博物館活用に関する先行研究や困難な歴史を再構成して語りなおす意味としての「歴史への真摯さ」といった理論をもとに、学校歴史教育における困難な歴史を展示している博物館の活用について以下のデザイン原則が提案されました。


0.事前学習、訪問・見学、事後学習の三段階の展開をする。
(事前学習)
1.困難な歴史に対する社会の語りを確認し、どのようなアイデンティティからその語りを認識していたかを考えさせる。
2.博物館に展示されている、社会の語りとは異なる語りに出会わせ、困難な歴史の重層性に気づかせるとともに、困難な歴史をどのように記憶すれば良いかについて考えさせる。
(訪問・見学)
3.博物館に展示されている「他者」に注目させながら、博物館のメッセージとそのメッセージを伝えるための博物館の工夫を調べる。
4.自分のアイデンティティを踏まえながら、博物館のメッセージや展示に対して自分の感情とその感情を抱いた理由について考えさせる。
(事後学習)
5.博物館の語りに排除されている語りに出会わせ、かれらがどのようなアイデンティティからその語りを語ったかを考えさせる。
6.複数の語りとそれらの語りがどのようなアイデンティティから語られているかを比較・考察し、自分事としてその困難な歴史をどのように語れば良いかを考え、再構築させる。また、再構築された語りを社会の人々と共有するなかで、語りなおし続けることの意味や価値について考えさせる。


次に、以上のデザイン原則を踏まえて、広島平和記念資料館を事例とした単元「ヒロシマをどう語るか」が発表されました。目標と学習対象については、それぞれ「ヒロシマを取り巻く様々な視点から広島平和記念資料館の語りを批判的に捉え、倫理的責任を意識しながら自らのヒロシマの語りを再構築し、その公共的な価値や意義を説明できる」、「修学旅行での広島訪問を想定した、広島平和記念資料館訪問と、その前後における中学校・高等学校(社会科)歴史教育単元」と説明されました。

具体的な単元計画として、事前学習では、「「ヒロシマ」について、社会における語りに関する既有の認識を確認し、その形成要因を学習者のアイデンティティをもとに認知する。」(原則1) 、「展示に対してCMPを通して分析することを通して、描かれている「他者」を認識し、語りの違いを通して「ヒロシマをどう記憶すれば良いか」を考える。」 (原則2)が設定されました。ここでは、「ヒロシマ」についての語りなおしに向けた動機づけを目指すことが説明されました。

訪問・見学学習では、「平和記念資料館全体の「No more ヒロシマ」メッセージを認識した上で、学習者が気になった展示品について、CMPを通して、博物館がメッセージを伝えるために、どのような「他者」をどのように展示しているかを分析する。」 (原則3) 、「分析した内容を他の学習者と共有し、表出した感情とその理由を、アイデンティティをもとに意味づける。」(原則4)が設定されました。ここでは、その「他者」に対して抱く感情を自らのアイデンティティをもとに意味づけていくことを目指すことが説明されました。

事後学習では、「平和記念資料館から排除された多様な語りとその主体のアイデンティティを探求し、展示の構築性を明らかにする。」(原則5) 、「語りの再構成の必要について考え、自他で語りなおしの省察を行うことを通してその意義を探求する。」(原則6)が設定されました。ここでは、広島平和記念資料館のメッセージからは排除されてしまう語りとして、朝鮮人被爆者やアメリカ政府や軍、広島市民の展示内容への多様な意見など、特定の社会的カテゴリーに還元されない「異なる語り」に出会わせ、それぞれの主体が異なるアイデンティティを根拠としていることに気づかせるという意図が共有されました。そして、学習のまとめとして、「ヒロシマ」の歴史について、ここまでに出会った「他者」や語りなどを踏まえて、「倫理的再現」として「語りなおし」を行うことが提案されました。その際に、学習前に学習者が持っていた語りとの比較などを行い、変容の可視化・見取りも気づかせるという意図が共有されました。最後には、それをクラスメイトなどと共有し、困難な歴史を語りなおし続けていくことの価値を、社会正義や包摂、集合的記憶の共同構築などの公共的価値の側面から、自覚することを目指すことが説明されました。

発表の最後には、今回の発表の意義、すなわち社会の中で固定化されている困難な歴史の語りについて、子どもが主体的で批判的に解釈を行い、また現在の市民として困難な歴史を倫理的に再現・発信していくことを目指した学習が提案されたことを確認しました。また、困難な歴史を展示する博物館、特に学校歴史教育における広島平和記念資料館の活用についてご関心を持たれている先生方、また訪問・見学のみで終わらない平和学習についてご関心を持たれている先生方に、今回のデザイン原則と開発された単元案を活用していただきたいという願いも共有されました。

発表する山本さん

発表する野呂さん

次に、星瑞希氏(北海道教育大学札幌校)による指定討論が行われました。星氏は、本セミナーでの発表の重要性に同意した上で、博物館の公共性、歴史教育における倫理的側面、他者の複雑性(CMPの「他者」、私と異なる語りを持つ他者など)などの観点から、発表者に以下の3つの問いを投げかけました。

①学校教育で公共空間の博物館を利用する場合、政治性をいかに考慮すべきだろうか?
②このデザイン原則では歴史を誰(どの「他者」)に対していかに語るのだろうか?また、その際に「私」そのものの問い直しをいかに可能にできるのか?
③過去の声としての「他者」の語りと過去の他者を語る現代の「他者」はいかに結ばれるのか?または、社会科(シティズンシップ)教育としていかに結ぶべきか(規範)?

まず➀に対しては、困難な歴史が他の内容より政治的に敏感であることには同意した上で、今回の提案のように子どもが既存の語りを解体し自らの語りを再構築する「構築主義歴史教育」と「歴史への真摯さ」にもとづけば特定の立場によっているなどの指摘からは逃れることができると答えられました。むしろ、学校の外で子どもが鵜呑みにしているかもしれない語りを学校歴史教育において解体・再構築する機会を与えることで, 子どもの主体的で批判的理解を担保することができると説明されました。➁に対しては、倫理的再現を考える際に重要な論点であると同意した上で、今後ナラティブとアイデンティティの理論をより一積極的に活用していくことが必要であると答えられました。この答えに対して星氏は、既存の歴史教育の考え方では倫理的再現を議論することが難しいかもしれないということも考慮してほしいというコメントを行いました。➂に対しては、他者という言葉を整理する必要性を語った上で、CMPでの「他者」が困難な歴史を経験した人々であるのに対し、現代の「他者」はその困難な歴史に対して異なる語りを持つ人々を意味すると答えられました。特に、異なる語りを持つ他者には、教材としての他者と、対話の他者としての他者という2つの意味が含まれていることを言及し、その区別も今後図っていきたいと語られました。

質問を投げかける星氏

次に、金准教授をファシリテーターとして、質疑応答が行われました。参加者の皆様からいただいたご意見・ご質問を大別すると、次の3点に集約することができます。

①倫理的再現に向かうための目標設定と指導方略について
②展示内容と社会の語りの関係性をふまえた教師の学習支援方法について
③訪問以外での学習指導のあり方について

これらの論点に関する議論を通して、子どもを他者とどのように出会わせるか、また子どもが困難な歴史を倫理的に再現する際にどのような支援を行うかに関する様々な意見が交わされました。具体的には、事前学習において子どもがある困難な歴史を語る自分のアイデンティティをより容易に見つけられるように比較対象を設けること、訪問・見学においても困難な歴史を展示している博物館から排除された語りと出会わせ子どもの倫理的再現を支援することなどが共有されました。また、今回は修学旅行における広島平和記念資料館の訪問を想定しましたが、インターネットや書籍資料、VR技術などを利用した、教室内での困難な歴史の展示を生かした学習デザインに関するニーズも提起され、研究の新たな可能性も示唆されました。

最後に、発表者および指定討論者がこれまでの講演と質疑応答をまとめるかたちで、セミナーが幕を閉じました。

今回のセミナーを通して、学校歴史教育だからこそ子どもが困難な歴史を展示している博物館の語りを解体し、自らの語りとして再構築する機会を提供することが重要であるし、その具体的な方法としてはCMPとナラティブとアイデンティティにもとづいたデザイン原則が役立つことが共有されました。今後は、提案されたデザイン原則と開発した単元案を洗練していくことはもちろん、実際の実践にむけて準備も進めてまいります。

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【問い合わせ先】

広島大学教育ヴィジョン研究センター(EVRI) 事務室

E-Mail:evri-info(AT)hiroshima-u.ac.jp
​※(AT)は@に置き換えてください


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