太陽系外縁天体ヴァルナによる星食の観測に成功

国内史上初! 太陽系外縁天体による恒星食観測に成功

2013年1月25日 広島大学宇宙科学センター

広島大学宇宙科学センターでは、国内のアマチュア天文家と協力して、 太陽系外縁にある小天体による恒星食(背景の恒星を隠す現象)を国内で初めてとらえることに成功しました。このような現象は稀で、一般に観測も難しく、今回の食の観測に成功したのは、世界で私たち日本のグループのみです。得られたデータは、遠く離れた小惑星の大きさや形、表面状態、引いては、我々の太陽系がどのようにして出来たかをを知る上で、非常に貴重なものになります。

 

1. 太陽系外縁天体と太陽系形成史、および恒星食

我々の住む太陽系には非常に多くの小惑星が存在します。小惑星の中には太陽から極めて遠く離れた位置に存在するものも多く、海王星以遠に存在する多数の天体は「太陽系外縁天体(TNO:Trans-Neptunian Object)」と呼ばれます。2006年に”惑星から降格”されて話題になった冥王星も太陽系外縁天体のひとつです。近年の観測技術の進歩によりエリス、セレス、セドナやマケマケといった、直径1,000km近い大きさを持つ太陽系外縁天体も続々と発見されています。

太陽系外縁天体は、太陽系形成時の原始惑星系円盤内で誕生した微惑星の生き残りと考えられており、太陽系の起源を研究する上で極めて重要です。これらの天体の大きさ、形状は微惑星形成時の力学的作用や周辺環境に依存すると考えられているため、天体形成史の重要な指標となります。

しかし、これらの天体は小さくて遠いため、すばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡といった世界最大級の望遠鏡を用いても、どのような形をしているのかは分かりませんし、求められる大きさの精度もあまり高くはありません。

正確な大きさや形状は、これらの天体が背景の恒星を横切る「食」を利用して求めることができます。しかし、充分な明るさの恒星に対してそのような食が起こる頻度は年間いくつもありませんし、そのおのおののイベントで食が観測される領域は地球上のごく一部に限られます。また、既知の情報から得られる食の予報は精度に限界がありますし、食の持続時間は数秒~数十秒と短いことから、太陽系外縁天体による恒星食を観測することは、非常に困難なものの一つに挙げられます。

 

2. 太陽系外縁天体 ヴァルナ (20000 Varuna) とその星食の観測

ヴァルナは太陽系外縁天体の中でも比較的大きく、”準惑星”候補天体としても知られています。太陽からの距離は冥王星より遠く約64億Kmであり、その周期は283年です。また、光度曲線の観測から高速で自転することが分かっており、かなりつぶれた楕円形状を持つと示唆されている非常に興味深い天体です。2010年2月にはブラジルの1地点で恒星食が観測され、この結果もヴァルナが強い楕円形であることを示唆する結果となっています。

今年1月、太陽系外縁天体ヴァルナ(20000 Varuna)によるふたご座の恒星(3UCAC 233-089504; 16等星、図1、2)の食(図3)が起こるとの予報が、パリ天文台のブルーノ・シカルディ博士によりなされました。ヴァルナが食を起こす予報地域は、西日本から朝鮮半島、中国東北部を通る帯状に分布しています。ヴァルナの形状や大きさを正確に求めるためには多地点の観測が要求されることから、日本全国の観測者にも、せんだい宇宙館(鹿児島県薩摩川内市)の早水 勉 氏によりプロ・ア マチュアを問わず広く観測が呼びかけられました。

広島大学東広島天文台でもこの呼びかけに賛同し、1月9日未明(図2)、口径1.5mのかなた望遠鏡を用いて観測を行い、この珍しい現象の撮影に成功しました(以下のリンク先のビデオ画像参照)。また、同時刻に滋賀県の石田さん、井狩さんらアマチュア天文家によって も観測されています。

ヴァルナの恒星食のビデオ映像
映像中の下部のグラフは、隠された恒星の見かけの明るさの時間変化を図示したもの なお、ヴァルナ自身は暗いため、この映像では見えていない (広島大学宇宙科学センター提供)

 

国内で太陽系外縁天体による恒星食観測が成功したの は今回が初めてであり(注1)、記念碑的な観測となりました。今回の食については、アジア諸国やヨーロッパでも多数の観測が試みられましたが、 食の観測に成功したのは私たち日本のグループのみでした。今回の観測に 参加した日本のサイトを、以下の参加サイト一覧に示します。食がなかっ たこと(通過)を観測したサイトもあり、これらの結果もまた、食のデー タと合わせて、ヴァルナの形をより正確に決定するための貴重な情報を与 えてくれます。

今回の日本国内のグループによる観測結果は、せんだい宇宙館の早水氏を通じてパリ天文台に報告されており、今後、さらに詳しく解析される予定となっています。その結果、ヴァルナの正確な大きさや形状、公転軌道、およびこれまでの光学観測との比較により表面の状態がより詳しく判ると期待されます。このような太陽系外縁天体の詳しい情報を収集することで、太陽系誕生のなぞを解き明かす新たな鍵が得られます。

 

図1 ふたご座と、今回ヴァルナに隠された(=食を引き起こされた)恒星 3UCAC 233-089504 (明るさ16等級)

図2 食が観測された1月9日朝5時過ぎの西空の星図。ヴァルナの位置とヴァルナの軌道面(水色の線)を、ふたご座付近の星図および黄道面(黄色い線)、赤道面(赤い線)と合わせて示した図 この時点でヴァルナは右斜め下方に非常にゆっくりと移動している。(ステラナビゲータ/株式会社アストロアーツによる画像を転用)

図3 (上左)食が起こる直前、(上中)食の最中、(上右)食が終わった後の写真。(下)ヴァルナが写真中の恒星A(3UCAC 233-089504; 16等級)の手前を横切る様子の模式図。食の最中(上中の写真)では恒星Aが全く見えなくなっていることが判る。なお、ヴァルナは20等級と暗いためこの画像では見えていない。

 

3. 最後に

ひとつ、強調しておきたいことがあります。かなた望遠鏡は研究用の望遠鏡です。研究に用いられる大きな望遠鏡に設置されている観測機器は、通常、 暗い天体を長時間じっと露光して観測するために最適化されており、このように短時間で現象が終わってしまう恒星食を観測することは、実は容易ではありません。そのような実現困難な観測にも対応できるよう、東広島天文台では、1秒間に30回の露出が可能なCCDカメラを備えた、他ではあまり見られないユニー クな観測装置「高速分光器」(京都大学と広島大学とで開発; 注2)やGPSを利用した自前の時刻較正機器を擁しており、口径1.5mという大きな望遠鏡でより精度の高い恒星食観測を行うための素地が以前から備わっていました。それに加え、かなた望遠鏡では普段から大学院生やポスドクといった若い研究者 が、突発天体に対して最大限の観測成果を引き出すようフレキシブルに運用しており、そのようにして培われた経験と実力が、今回の貴重な観測の成功に至った原動力となったと考えられます。

 

観測・研究成果に関する問い合わせ先:
広島大学大学院理学研究科D2・学振特別研究員 伊藤 亮介(いとう りょうすけ)
広島大学宇宙科学センター学振特別研究員(PD) 森谷 友由希(もりたに ゆうき)

その他、一般の問い合わせ先:
〒739-8526 広島県東広島市鏡山1-3-1 広島大学宇宙科学センター 電話:082-424-3468(代表)

 

(注1) 世界では過去に11回観測されています。(但し、冥王星とその衛星カロンによるものを除く)

(注2) 京都大学の嶺重 慎、野上 大作 両氏をはじめ、京都産業大学の磯貝 瑞希 氏(当時は広島大学の所属)らによって開発された、増感型CCD素子を用いた高速カメラ(浜ホト製)を擁した低分散分光・撮像装置。

 

観測に参加したサイト一覧 (提供:せんだい宇宙館 早水氏/敬称略)

○ 食の観測に成功したサイト
井狩康一:滋賀県守山市
広島大学東広島天文台:広島県東広島市
(観測者)伊藤亮介, 森谷友由希, 上野一誠, 河口賢至, 植村誠

○ 観測の映像を解析中のサイト
石田正行:滋賀県守山市(映像上、食の有無を確認難。現在パリ天文台にて解析中)

○ 通過(食なし)を観測したサイト:国内のみ
影山和久:熊本県熊本市
鹿児島大学天文台:鹿児島県薩摩川内市
(観測者)宮ノ下亮, 安藤和真

○ 天候不良で観測できなかったサイト(国内のみ:順不同)
辰巳直人:岡山県赤磐市
渡辺裕之:岐阜県垂井町
北崎勝彦:東京都武蔵野市
渡部勇人:三重県いなべ市
浅井晃:三重県いなべ市
小和田稔:静岡県浜松市
大槻功:宮城県丸森町
上野裕司:鹿児島県与論町
早水勉:鹿児島県薩摩川内市(せんだい宇宙館)

 

せんだい宇宙館によるヴァルナによる恒星食観測の解説ページ
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