支援を受けた学生のご紹介

Vol.33 「ニワトリと人の命を守ることにつながる研究を」

名前: 小林 智子

所属: 大学院統合生命科学研究科 博士課程後期3年 

   卓越大学院 ゲノム編集先端人材育成プログラム 

広島大学基金による「卓越大学院プログラム奨学金」を活用

所属されている「ゲノム編集先端人材育成プログラム」について教えてください。

広島大学の卓越大学院「ゲノム編集先端人材育成プログラム」では、最先端の遺伝子改変技術であるゲノム編集技術をその原理から応用まで幅広く学ぶことができます。また社会実装をする上で必要な倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues:ELSI)の講義が整備されており、知識、実践と応用、社会科学の多角的なプログラム構成になっています。 

「ゲノム編集先端人材育成プログラム」に興味を持ったきっかけは何でしたか。

きっかけとなった公開シンポジウム

私がこのプログラムに興味を持ったきっかけは、生物生産学部入学前に参加した広島大学公開シンポジウム「遺伝子工学の創出から革新的ゲノム編集へ」で、ゲノム編集技術の可能性に触れ、深く感銘を受けたことでした。本シンポジウムは、ゲノム編集技術が生命科学の未来を切り開くと感じ、強い興味を抱きました。その後、広島大学生物生産学部に入学し、本プログラムが卓越大学院として採択されたことを知り、ぜひ挑戦したいと考えました。 

実際にこのプログラムでの学びを進める中で、ゲノム編集技術が日々進化していることに驚かされました。また、研究科の垣根を越えたさまざまな分野でのゲノム編集を活用した最先端の研究に触れることができ、非常に貴重な知見を得る機会となりました。さらに、「ゲノム編集基礎演習」では、解析まで含めた実験やグループワークを通じて、ゲノム編集技術を用いた研究の基礎を実践的に学ぶことができました。これらの経験を通して、ゲノム編集技術への理解を深めるとともに、今後の研究活動への意欲も一層高まりました。 

今では、ゲノム編集技術は私の研究にとって極めて重要な役割を果たしており、研究の根幹を支える技術となっています。 

実際にどのような研究を行っているのかお聞かせください。

私は、学部3年の研究室配属時からずっと高病原性鳥インフルエンザウイルスに対するニワトリの免疫応答に関する研究に取り組んでいます。実際には、顕微鏡の中のニワトリの卵や精子の元になる細胞(始原生殖細胞)から、鶏舎の中の実際のニワトリまで、すべてが私の研究対象です。

ニワトリおよび鶏卵は、世界中で宗教的な制約が少なく、重要なタンパク質源として食されています。しかし、ニワトリには高病原性鳥インフルエンザなど重大な感染症により、生産系に大きな影響が出てしまうことがあります。例えば鶏卵は、物価の優等生と知られていましたが、近年の全国的な高病原性鳥インフルエンザの発生により、価格が高騰しました。さらに、鳥インフルエンザは人獣共通感染症でもあり、発生時には殺処分以外に有効な感染拡大防止策がないことは、社会的にも大きな課題であり、解決すべき問題と考えます。

 私は、高病原性鳥インフルエンザに対抗するために自然免疫を強化する手段を選択しました。まず取り組んだのは、ニワトリに存在しない自然免疫関連遺伝子を導入したニワトリの評価です。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構・動物衛生部門との共同研究により、単純に遺伝子組み換え(※1)によって自然免疫関連遺伝子を導入しただけでは、慢性炎症(※2)を引き起こしてしまいニワトリの弱体化に繋がることが分かりました。そこで,感染依存的(※3)に自然免疫関連遺伝子が発動システムを持つニワトリを作るためゲノム編集(※4)技術を使うことにしました。この技術を用いて、試行錯誤を重ねた結果、アヒルのある特定の遺伝子を始原生殖細胞に入れることに成功しました。このことにより、感染依存的に自然免疫応答因子が発現すると考えられるニワトリの作出が可能になりました。

1 外来遺伝子を導入するが、組み込まれる場所はランダムで特定はできない
2 免疫反応として炎症が起こるが、その後制御ができず炎症が続く状態
3 感染している場合にのみより効果を発揮し、感染していない場合には静かにしている
4 酵素の「はさみ」でゲノムを構成するDNAを切断し、狙った遺伝子を編集できる

(代理卵殻を使ってゲノム編集キメラニワトリを
作出中(成功率は2%以下))

(研究で使用する孵卵機)

研究の今後の見通しを教えてください。

大きく分けて以下の二つのテーマで研究を進める予定です。

 1)ニワトリの慢性炎症の仕組みの解析
 2)感染依存的に自然免疫関連遺伝子が発動するニワトリの作出とその解析

これらの研究により、高病原性鳥インフルエンザなどの感染症対策に活かせていければと考えています。

将来の展望についてお聞かせください。

博士号を取得して研究者となり現在の研究をさらに推進したいと考えています。ゲノム編集技術を活用して、高病原性鳥インフルエンザ対策への突破口を見つけたいと思います。 そして、人と動物の命を守ることにつながる研究をしたいと思っています。

寄附者へのメッセージ

私は、卓越大学院 ゲノム編集先端人材育成プログラムに所属したおかげで数多くの支援を受けることができました。農研機構・動物衛生部門での共同研究インターンシップでは、鳥インフルエンザ研究の第一線で活躍される研究者の方々から、これまでなかなか聞く機会のなかった鳥インフルエンザ発生現場の声や状況について聞くことができたり、最先端の研究を直接学ぶことができたりと、大変貴重な経験となりました。

また、奨学金の支援により、時間的・精神的にゆとりができて研究に専念することができました。心より感謝申し上げます。今後は、研究成果を社会に還元することで、支援者の皆様への恩返しとしたいと考えております。

 


up