魅力ある地方大学が、地域を、世界を変える。
広島大学長 越智 光夫×(株)ベネッセホールディングス 常務執行役員 成島 由美さん
成島 由美さん プロフィール
東京女子大学文理学部史学科卒。福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社。社内最年少の35歳で執行役員に就き、グループ会社取締役などを務める。在職25年目の節目に、早稲田大学大学院経営管理研究科マネジメント専修を修了。2017年から大妻中学高等学校の校長を5年間務めたのち、古巣のベネッセホールディングスの常務執行役員に就任。
最年少の企業役員から、民間出身の校長へ
越智: | さっそくですが、成島さんはどんな子ども時代を過ごされたのですか? |
成島: | 栃木の田舎でしたので、田んぼや畑を駆け回って、動物と触れ合う毎日を過ごしていました。幼少時代はとてもおてんばでしたね。 高校は茨城の女子校に通うのですが、毎日がとても充実していて、もうしばらく女子だけの世界を楽しみたいと思い、東京女子大学へ進学しました。大学在学中は沢木耕太郎さんの『深夜特急』に触発され、アルバイトと海外旅行を繰り返していました。学生時代の名残で、今も「年齢の数だけ旅をしよう」と心掛けています。 |
越智: | それは素晴らしい! 訪れた中で最も印象に残った国はどこですか? |
成島: | 衝撃的だったのはエジプトですが、ギリシアの田舎の美しさも捨て難いですね。あのような旅は、学生時代にしかできない経験です。 |
越智: | 私もエジプトは4回ほど訪問しました。実はカイロ大学に、「広島大学カイロセンター」を開設しています。その関係から、たびたび現地を訪問していますが、お話を聞いて、夕日を浴びたピラミッドの光景が思い出されました。 ところで東京女子大学を経て、アナウンサーを目指され、その後、福武書店(ベネッセ)に就職されたそうですね。その経緯にはどういうお考えがあったのですか? |
成島: | 常々、何か形に残る仕事がしたいと考えていました。アナウンサーや記者職を志望したのですが、文系で形に残るといえば、マスコミだと考えたからです。最終的に就職が決まったのは、福武書店(現ベネッセコーポレーション)だけでした。 |
越智: | 入社されてからの転機というか、心に残っていることはありますか? |
成島: | まず、自分を選んでくれたのはこの会社だから、ここで選ばれる人になろうという考え方に、スイッチを切り替えました。あとは「出会い」に恵まれたと思います。 組織の中で悠々と仕事を楽しむ上司と出会い、10年後に彼のようになりたいと宣言したところ、本当に10年後に上司のポジションに引き上げてくれました。もちろんその間、いろいろなテーマを与えられ、ずいぶん鍛えられましたけれどね。 |
越智: | その後、大妻中学高等学校の校長に就任されましたね。同校の創設者・大妻コタカ氏は広島県世羅郡甲山町(現在の世羅町)のご出身です。成島さんは誕生日がコタカ氏の命日と同じ1月3日で、「大妻」とのつながりを深く感じておられるそうですね。 |
成島: | そうなんです。大妻とは、ベネッセ時代から理事をしていたご縁があり、校長職を任せていただきました。5年後に再び会社に戻ることになるのですが、ずっと続けていたいと思えるほど、楽しく充実した日々でした。 しかし、現場の大変さは相当なものでした。当時から教職員不足は深刻な問題で、近い将来、きっと民間のサポートが必要になると考えていました。その時こそ双方の事情を知る、自分の経験が生かせるとも感じていました。 |
越智: | 企業時代と校長時代、それぞれ印象に残っている仕事を挙げるとしたら、どんなことですか? |
成島: | 企業時代は、通信教育におけるデジタル学習の導入ですね。当時は紙で学習するのが主流でしたから、時代の流れが一気に変わるという手応えがありました。 校長職では、「大妻ビジョン50」というプロジェクトを実施しました。このプロジェクトでは、「50年間重宝される女性をつくる」という目標を掲げています。実現するには、今後伸びていく分野の学びと子どもたちを結びつなげる必要があります。サイエンスやテクノロジー、医学などの研究者や開発者を招き、ワクワクするお話を子どもたちに披露してもらいました。その結果3割ぐらいだった理系枠を、半分ほどにまで押し上げられています。 |
平和をベースに、100年後も世界で輝く大学へ
越智: | 確かに第一線で活躍する方々のお話は、とても大きな刺激になりますね。広島大学でも、「世界に羽ばたく。教養の力」と題して、各界のリーダーによる講演会を毎年開催しています。これは全学部必修で行っており、これまでに漫画家の弘兼憲史氏やジャーナリストの池上彰氏、脳科学者の茂木健一郎氏など、多彩なゲストをお迎えしました。 |
成島: | それはぜいたくな試みですね。今は国立大学も、生き残りをかけ個性を磨いていると思います。広島大学はどのような特色を持ち、どのような大学を目指していますか。 |
越智: | 先ごろ、「オッペンハイマー」という映画が公開されました。オッペンハイマーといえば、原爆の父。アカデミー賞を受賞して話題となり、問題提起もなされましたが、私はもっと彼の苦悩に焦点を当てて、作品を語るべきだったと感じています。 映画や文学は、ときに平和を考えるきっかけになりますが、広島大学はそうしたきっかけを与える大学でありたいと願っています。ベースにある「平和を希求する大学」という広島大学ならではの姿勢を大切にした上で、「100年後も世界で輝く大学になろう」というのが、私たちの目指す大学像です。 |
成島: | 国際的にも注目される「HIROSHIMA」らしい大学像ですね。具体的に、どのようなことへ取り組んでおられますか? |
越智: | まず戦争や貧困・環境・経済など、多面的なテーマを通じて平和への理解を深める「平和科目」を必修化しています。カリキュラムの中には、平和記念資料館のモニュメントを見学し、レポートを提出するものもあります。 その他に「ピース・レクチャー・マラソン」と称して、各国政府代表者や在京大使の方々に、平和をテーマにご講演いただく機会も設けています。これまでにリトアニア首相やトルコ、EU、スロベニア、ペルーなど、さまざまな国の大使をお招きしました。 |
地方創生のカギを握る地方大学
越智: | それからもう一つ、地域との深いつながりも本学の特色です。 大学と地域が連携して取り組む「Town & Gown構想」を広島大学は掲げており、国内外の多様な人材・研究機関が集まる国際学術研究都市を目指しています。 昨年、アメリカの半導体大手マイクロン・テクノロジーが、広島工場(東広島市)に大規模な投資を発表しましたが、広島大学は日米半導体連携のパートナーシップに参画し、マイクロン広島工場と連携して、半導体技術の多様化・高度化と人材養成に取り組んでいます。半導体開発の研究棟も大学内に新設し、東広島市を半導体開発の拠点とすべく、産学官が連携してプロジェクトを進めているところです。 その他にも2030年までに、大学内で使うエネルギーのカーボンニュートラルとスマートキャンパス5.0の実現を表明し、世界に先駆けて脱炭素化を目指しています。 |
成島: | 脱炭素化は、政府の目標2050年より、20年も早いですね。 |
越智: | ええ、これからは地域が率先して、ムーブメントを起こすべきでしょう。「Town & Gown構想」も一地域にとどまらず、愛媛大学や島根大学、立命館アジア太平洋大学にも参加してもらい、「全国Town & Gown構想推進協議会」を発足させました。これからは地方大学がリーダーシップを発揮して、地方創生に貢献する時代です。地方から日本全国へ、さらに世界へと発信力を高めていかねばなりません。そのためには、大学の強みとなる研究を育てていく必要があります。 |
すべては学生のために。際立つ個性を!
成島: | 広島大学の強みは、どのような研究分野ですか? |
越智: | 最近の例を挙げると、令和4年にWPI(世界トップレベル研究拠点プログラム)に採択された「キラルノット超物質拠点」があります。キラルノット超物質とはエネルギー・資源の枯渇、難治性の疾患など、多様な分野での応用が期待されている新物質研究です。先ほど紹介した半導体も、長年蓄積した知見を誇る分野です。生命科学の分野では、脳のワクワク感を可視化するといったユニークな研究にも取り組んでいます。 |
成島: | どれも社会が動く、その先を見据えた分野ですね。こうした強みを育てていくには、人材採用にも相当な配慮が必要ですね。一方、教育面では学生ファーストな考えが根底にあるのですか? |
越智: | 広島大学は、いち早く教員人事の全学一元化に着手しました。社会の中でイノベーションを起こすには、ある程度とがった人材が必要ですが、そうした人材が教員と学生の中からも出てきています。 新たなビジネスを立ち上げ起業する、アプリ開発で利益を得るといった学生もいます。スポーツでは、世界リレーの男子400mリレーの決勝で4位を獲得した学生もいます。殻を破って、それぞれの個性に磨きをかけています。 |
成島: | 大学の環境は大きく変化していますが、学生たちには良い変化もたくさん出ているのですね。個性を伸ばすためには、どのような取り組みを行っていますか? |
越智: | 多様な世界に目を向けてほしいという願いから、海外留学プログラムの充実を図っています。派遣先拠点を従来の2.5倍に増やし、世界各地にネットワークを巡らせています。さまざまな留学プログラムがありますが、中には大学側が費用を半額負担するプログラムもあり、敷居はかなり低くなっています。学内にいる外国人留学生も1800人以上となり、国際色が強まっています。 |
学力だけでなく、心の偏差値に目を向ける
成島: | 優秀な学生たちが活発な一方、日本全体は少子化に向かっており、入学試験の倍率低下に伴う学力の地盤沈下も懸念されています。越智学長はその辺りをどうお考えですか? |
越智: | 確かに言われていることも分かります。しかし、学力の地盤沈下を嘆くのではなく、どう引き上げていくかが大学教育の使命です。これからの大学はそこに知恵を絞らなければなりません。 広島大学は、「ここで何かに挑戦したい」という強い意志で選ばれる、そのような大学でありたいと思います。そのために、高校生への公開授業を積極的に展開するなど「高大接続」で、大学での学びの魅力を伝えることに尽力しています。 さらに「フェニックス奨学制度」や「光り輝く奨学制度」、医学部の「ふるさと枠」といった推薦入学制度なども用意し、受験生の学ぶ意欲に応えています。 |
成島: | 今後、世界は目まぐるしく進化していきます。大学はどう変化していくべきだと思いますか? |
越智: | これまで日本は、主に国内で競争していました。海外の国々が急激に進化する中、このままでは、国際的に置いていかれます。今後大学は、競争ではなく連携により、教育を効率化させていかねばなりません。 コロナ禍を機に本学では「名講義100選」と称し、オンデマンドで講義を視聴できる仕組みを作りました。例えばこうした仕組みを核に各大学が連携し、それぞれの名講義をアップしていってはどうでしょう。いつでもどこでも、自由に知を鍛えられる仕組みがあれば、大学の可能性は広がります。大学同士が競い合う時代から、共創する時代へと、意識を変えていくのです。 私は、教育は未来に対する最も効率の良い投資だと考えます。この投資に応えるのが、大学のような教育機関です。未来に向けて何ができるかを、大学は地域や産業界に提示する必要があります。 最後に成島さんからも、学生に向けてメッセージをお願いします。 |
成島: | 自分の人生を振り返ってみても、大学は好きに時間を配分できる、豊かでぜいたくな期間でした。学生の皆さんも、かけがえのない貴重な時間を過ごされているはずです。その貴重な時間を自分はどう使うのか、何を見るのか、どこへ向かうのかをしっかり考えて、世界と対峙してほしいです。世界を見て、人と出会って、成長を遂げてください。 |
越智: | 本日はありがとうございました。 |
これまでの対談記事はこちらから
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