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研究者への軌跡

Powers of tenから始まった私の宇宙線研究

氏名:片桐 秀明

専攻:物理科学専攻

職階:助教(平成23年3月転出)

専門分野:ガンマ線観測による宇宙線物理学

略歴:理学研究科助手。理学博士。 1976年生まれ。東京大学理学部卒業、東京大学理学系研究科博士課程修了。京都大学21世紀COE研究員を経て現在に至る。専門は、宇宙γ(ガンマ)線観測。研究テーマは、宇宙を飛び交う高エネルギーの粒子(宇宙線)の起源。大学院生の時からγ線を測定できる特殊な望遠鏡による観測を開始した。宇宙線起源の有力候補である超新星残骸から超高エネルギーγ線を検出し、宇宙線が加速されている証拠を発見した。現在は、2007年に打ち上げ予定のγ線衛星による宇宙線起源の研究をもくろんでいる。

 

私が物理を志すきっかけは1つの短編映画でした。パワーズ・オブ・テン(10のべき乗:10を繰り返し掛け合わせた数)という、様々な空間のスケールで見た世界を刻々と描いていく映画です。現在物質の最小構成要素と考えられているクォークから、宇宙の大規模構造に至るまでをたった9分間で体感することができます。科学博物館でこの映画を見つけた幼少時代の私は、食い入るように何度も繰り返して見ていました。大袈裟に言えば、世界はどのようにできているのか、という物理的な好奇心を無意識ながら持ったのだと思います。
しかし、それをきっかけに物理の道へ一直線に向かったわけではありません。大学の教養課程の頃はサッカーやテニス等のサークル活動に明け暮れ、物理に対する憧れは薄らいでいました。サークル活動もひと段落した後、専門課程で何をやるかの選択を迫られるときがやってきました。そのとき私の心の底で眠っていた、物理学への憧れが呼び起こされたのですが、時既に遅し。成績の悪かった私は、専門課程で物理学科へ進学することはできませんでした。やむを得ず、物理科目の一部を学ぶことのできる地球惑星物理学科に進学しました。
 

一度失敗をすると、その思いは強くなるものです。物理学を諦めきれなかった私は、大学院で物理学専攻に入学しました。やるならば、宇宙か素粒子(世界を作るする最小構成要素)がいいと思っていました。パワーズ・オブ・テンの中で言うならば、最大スケール、最小スケールに対応するわけで、世界はどのようにできているか、という命題に最も近い分野だと思ったからです。

ガンマ線観測望遠鏡CANGAROO(カンガルー)。

 

大学院から現在に至るまで研究しているテーマは宇宙線です。宇宙線とは、非常に高エネルギーの原子核(正の電荷を持って電子と共に物質の要素である原子を構成している)が地上に降り注いでいる現象のことです。この宇宙線が、どこでどのように作られているか、という問題は宇宙線が発見されて100年近く経ちますが未だによく分かっていません。なぜ「宇宙」は宇宙線を作らなければいけないのか、これを明らかにすることが宇宙線研究の究極の目標です。言い換えれば、宇宙線によって宇宙を探査できるということです。
宇宙線を研究するにはγ(ガンマ)線の観測が最適です。γ線は非常にエネルギーの高い電磁波であるため、普通、宇宙線のような高エネルギーの現象からしか放射されないからです。しかし、γ線を観測するためには特殊な望遠鏡が必要です。γ線は極端にエネルギーが高いため、通常の可視光や電波の望遠鏡が用いている方法では観測できないためです。そこで、私はCANGAROO(カンガルー)というγ線観測専用の望遠鏡を用いた実験に参加しました。

CANGAROO(カンガルー)望遠鏡のカメラの近くにて。

 

CANGAROOは4台望遠鏡で構成されていますが、私が大学院に入った当初はまだ完成していませんでした。私は装置開発等を進めつつ(写真2)、宇宙線の加速源の候補を探しました。その結果、帆座の近くにある超新星残骸(星が死ぬときに起こす大爆発の痕跡)に目星をつけました。私は、既に稼動している一台の望遠鏡を用いてこの超新星残骸を観測しました。

CANGAROO望遠鏡による観測作業。観測小屋で望遠鏡の状態を監視している。
右が私(日経サイエンス2001年7月号より許可を得て転載)。

 

しかし、γ線観測では観測後すぐに天体のγ線イメージが撮れるわけではありません。なぜなら、γ線はノイズ信号に比べるとごくわずかしか地球に到来しないからです。その上、超高エネルギーγ線を放射する超新星残骸は我々のグループがようやく1つ発見したばかりでした。私が着目した天体も他の多くの例と同じようにやっぱり検出できないのだろうか、そんな不安を抱えつつ地道にノイズ除去の作業や解析手法の開発を行っていきました。二年間観測データを蓄え解析を行った結果、ついにγ線の信号が見えました。自分が世界で初めての発見をした結果が論文として雑誌に掲載されたときの気分は爽快でした。

この発見は、超新星残骸が宇宙線を加速している一つの重要な証拠となりました。しかし、十分な宇宙線加速なしでも高エネルギーγ線を説明できるという理論も存在し、決定的な証拠ではありません。宇宙線加速を決定付けるには、高エネルギーのγ線だけでなく、低いエネルギーのγ線のデータも取得して宇宙線の加速メカニズムを決定する必要があります。それにぴったりの検出器が2007年の10月に打ち上げ予定のGLASTというγ線観測衛星です。私は今まさにGLAST打ち上げ後に観測データをいつでも解析できるように準備を進めているところです。GLASTが宇宙線の起源の解明に重要な情報を提供してくれるのを今から楽しみにしています。これから広島大学に入ってくる皆さん、今大学生の皆さんと一緒に研究できればこの上も無い喜びです。


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