広島大学関東ネットワーク 第2回『医療講座』実施報告

広島大学関東ネットワークと広仁会(医学部医学科同窓会)関東甲信越支部会は1月28日16時より、広島大学東京オフィス(東京・田町)の408号室で第2回目の医療講座を開催しました。

同窓生にとって病気や健康は誰もが気になる共通の話題。
医療講座は、病気とは何か、病気とどう向き合ったらいいのかというテーマを、広島大学医学部出身の医師にお話しいただく卓話の会です。

そして病院で聞く医師の説明ではなく、医学の専門知識と現場の経験を学び、より広く深い医学の知識と正しい問題意識を持てるようになる、そんな場になることを目指しています。

第2回目の講師は、要町病院腹水治療センターの松﨑圭祐先生(1981年卒)にご来駕いただき、『腹水は全量抜くと元気になれる!KM-CART(ケー・エム・カート)によるあきらめない癌治療』と題してお話をいただきました。

KM-CARTとは末期がんや、肝硬変などで腹水がたまった患者に対応する治療法。

30年以上前に厚生省(当時)が承認したCARTと呼ばれる治療法に、松﨑先生が独自の工夫を加えて(CARTはCell-free and Concentrated Ascites Reinfusion Therapy:腹水濾過濃縮再静注法で、アタマに付いたKMは先生の名、Keisuke Matsuzakiのイニシャルだとか)効果を劇的に高めたもので、歩く事もままならないような重症患者が1回の加療で歩いて退院、旅行にも仕事にも復帰できるようになるのだといいます。

余命を1年以上も延す夢のような医療で、末期癌でも死の直前まで人前に立っていた人気女優や元有名力士も先生の治療によって延命していました。

松﨑先生の話を報告者(千野)が要約して紹介します。

おなかの中に癌ができた場合、腹水がたまります。

腹水とは臓器の摩擦を減らすようにごく少量、臓器を包む腹膜の中に存在しますが、癌や肝硬変になってしまうと、血管からしみ出た水分を戻す力がなくなって、腹腔中にたまっていきます。

正常時には50cc程度の腹水が末期になると、20リットル以上にもなり、臓器や血管を圧迫。
心臓の負担がまして、手足はむくみ、食べ物も喉を通らなければ排泄もできないという状態に陥ります。

写真を何点か見せていただきましたが、おなかが臨月よりも遙かに大きくなるまで膨れあがっています。

こうなると薬物も血液中から腹水の中に漏れ出して効かなくなるので、これまでの医療の常識では根本療法をあきらめて緩和ケアに移ることになります。

CARTは、その腹水を外から注射針を差し込んで抜き、成分を濃縮して(つまり水分を抜いて)腹腔に戻してやる療法なのですが、いくつかの欠陥があります。

ひとつは腹水に含まれるタンパク質など必要な成分も抜いてしまうので、患者が衰弱してしまうこと、もうひとつは、腹水中のがん細胞が、濃縮の過程で壊れて、増殖しやすい状態になって腹腔に戻されるので、癌が拡散する可能性がでてしまうことです。

「腹水を多く抜くと患者が死ぬ」、そういう認識が広まったことで、ほとんどの医者はCARTを使わないか、抜いても2~3リットルで止める方針が常識となっていました。

20リットル以上も腹水が溜まっているのに、10分の1ほど抜いたところで効果は期待できそうにないということは、素人にも分かることですね。

そうしてCARTは忘れられた治療法になっていったのです。

そこで松﨑先生はCARTに改良を加えます。

必要なタンパク質はちゃんと体に戻し、がん細胞は壊さないようにより分けるよう、各種の機器とプロセスを根本的に見直して新しい術式を確立しました。

そうやってパンパンに膨らんだおなかを数時間でペチャンコになるほど腹水を抜いても危険性の低い治療が実現します。
この6年間で4000例を超える症例を扱ってきたといいます。

もちろん、腹水を抜くだけでは原因となっている癌や肝硬変が完治するわけではありません。

しかし、余命数週間と宣言され、寝たきりのまま入院してきた患者が数日ですたすた歩けるようになるほど元気を取り戻すことによって、再び癌の治療に向き合うこともできるし、あるいは自分で納得のいく死の準備ができるようになる。

家族は苦しむ姿を見ずに済むので、トラウマを抱えることも少ない。
さらには、腹水を抜いた際に取り出した癌細胞を臨床試験に使うことで、新薬の開発に繋げる大規模プロジェクトも始まっています。

日本どころか、世界にも事例がない最新の医療と、その効果には驚かされるばかりであると同時に、同窓生がこうしたフロンティアを切り開いている姿に感動と誇りを感じる1時間半でした。

次回は4月1日を予定しております。

東葛病院(千葉県流山市)院長の下正宗先生(医学部医学科1984年卒:専門は病理学、臨床検査医学)に、病理診断のこと、検査データの見方、健康診断の結果の見方などについてお話いただきます。
(詳細は別途ご案内予定)

(広島大学関東ネットワーク 代表 千野信浩)


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