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広島大学関東ネットワーク第10回『フェニックス医療講座』実施報告

広仁会(医学部医学科同窓会)関東甲信越支部会と広島大学関東ネットワークは、フェニックス医療講座を定期開催しています。

病気や健康は誰もが気になる話題です。
この医療講座は、病気とは何か、病気とどう向き合ったらいいのかというテーマでの卓話を、広島大学医学部出身の医師にお願いする会です。
専門分野の最新の知識と現場のご経験をお話しいただくことで、より広く深い医療の知識と正しい問題意識を持てるようになる、そんな場になることを目指しています。

5月26日16時より、広島大学東京オフィス(東京・田町)の408号室で、我孫子東邦病院理事長の菊地博達先生(68年医学部卒)においでいただき、「麻酔無しで手術を受けられますか?―麻酔は危険?―」の演題で講座を開催しました。

菊地博達先生(68年医学部卒)

治療の際に患者が痛みに耐えられなかったら、医者は打つ手がなくなってしまいます。
手術ばかりでなく、医療の現場ではさまざまな麻酔が行われています。
麻酔専門医である菊地先生は、72年に広島大学医学部麻酔科に入局以来、40年以上も麻酔に関わってきた超ベテランです。

医療現場における麻酔専門医の立場は特殊です。
麻酔をかけたからといって、病気が治るわけではありません。
治療をする医師と患者の間に立って、生命を維持しつつ治療を実行させるのが役割です。
患者として触れる機会がほとんどない麻酔専門医の仕事のリアルを菊地先生は淡々と説明します。

全身麻酔をかけると、生体の防御反応が停止します。
呼吸を止めてしまうことも可能です。
防御反応の代表的なものが痛みで、人間は痛みから何らかの危機を察知するようにできています。
また、外部から侵入した異物に対する拒否反応(免疫機序と呼びます)によって、体を守っています。

麻酔がかかった状態では、なにもしなければ人間は死にます。
つまり命を危険にさらしていることになります。
それでも、現在の麻酔の事故は航空機事故での死亡確率よりも低いほど、上手にコントロールされています。

高い技術が求められる麻酔の専門医認定制度は、他の診療科の専門医制度に先立って整えられ、いまも麻酔科だけは、厚生労働省が指定する特殊標榜科として、その標榜には医師の技量認定と許可が必要とされています。

麻酔は基本的には薬を使っておこないます。
その薬の多くは劇薬もしくは毒薬に指定されているほど薬理作用が強く、致死性が高いものです(劇的に効くから劇薬と呼ばれ、毒薬は劇薬の10倍の危険性があるというのが両者の定義の違い)。
これを注射や吸入によって投与するのです。
経験のある方も多いでしょうが、麻酔をかけられると、スッと意識が落ちるのは、薬が「劇的」に効くからです。

麻酔がかかったら、麻酔科医は患者の心拍や血圧、血中酸素濃度などをモニターしながら、手術の進行状況に合わせて状態をコントロールして治療と生命維持を両立させていきます。
普段は知ることがない、麻酔専門医のこうした一連のプロセスを菊地先生は事細かに紹介してくれました。

余談ながら、酒で泥酔した状態も麻酔がかかったようなものかというと、まるで違うらしい。
どんなに酔っていても痛みは感じているものですが、痛かった記憶がなくなっているだけだといいます。

菊地先生は現役の医師であると同時に、歴史家として麻酔の歴史の研究を続けています。

世界最初の全身麻酔は日本人によって実施されたこと、ご存じでしょうか。
有吉佐和子の小説「華岡青洲の妻」で日本人に広くその名が浸透することになった、華岡青洲その人です。

1804年に乳がん摘出手術に使われたのが世界初の症例なのですが、当時の日本は鎖国だったので世界的には長く知られることがなかったのです。
そのときに使った薬は漢方薬を組み合わせた麻沸散。
いまもその配合は記録が残っていますが、動物には効かないが、人間にはよく効くといわれています。

華岡青洲は、その後病院兼医学校を設立し、その技術を惜しげもなく多くの医師に教え、全国に弟子が2000人いました(いまも和歌山県紀の川市に建物が移設保存されています)。
その意味でも、日本は麻酔の先進地だったといえます。

麻酔に関係した日本人としてはもう一人、知られざる偉人がいます。
技術者の青柳卓雄氏(1936~)です。

青柳氏は皮膚の上から血中酸素飽和度を計測するパルスオキシメーター(手術などの際に指先にクリップを挟むのが、その機器)を開発したのですが、この機器の登場で、麻酔がかかった状態の患者の状態を正確にモニターできるようになり、事故が激減しました。
いまや世界中の医療現場で使われています。

菊地先生は、この夏にイギリスの学会で華岡青洲と青柳卓雄に関する研究成果を発表する予定になっています。
日本人の手によって麻酔の世界が切り開かれたなんて、少し誇らしい気持ちになります。

菊地先生が翻訳を手がけた麻酔の歴史書がありますので、最後に紹介しておきます。
『麻酔の偉人たち -麻酔科学史に刻まれた人々-』 総合医学社 2016年
http://www.sogo-igaku.co.jp/eshopdo/refer/gvid1p641.html

(広島大学関東ネットワーク 代表 千野信浩)

<お問い合わせ先>
広島大学東京オフィス
Tel 03-5440-9065  Fax 03-5440-9117
E-mail  liaison-office@office.hiroshima-u.ac.jp(@は半角に変換してください)


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