第3回 医歯薬保健学研究科 D3 小畠玲子さん

あごの骨の再建を目指して ーチタン多孔体で骨を取り戻すー

取材日:2018年11月29日

医歯薬保健学研究科博士課程に所属している小畠玲子さんにお話を伺いました。小畠さんは、大学院生として研究に励むかたわら、3分間コンペティションに出場したり、インターンシップに参加したり、歯科医師として広島大学病院で診察を行ったりと、大学院生として、また歯科医師として非常に精力的に活動されています。今回は小畠さんに、ご自身の研究内容と現在の活動に関してお聞きしました。

博士課程後期での主な活動内容

2016年 広島大学医歯薬保健学研究科博士課程医歯薬学専攻歯学専門プログラムに進学
2018年 「未来博士3分間コンペティション2018」において優秀賞(日本語部門)、中外テクノス賞を受賞
2019年 ウィーン医科大学にインターンシップ

チタンの多孔体を骨の再建に利用する

 私が現在取り組んでいる研究は、チタンの多孔体(スポンジのようなたくさん穴が開いている構造のこと)を用いたあごの骨を補う素材の開発です。従来の治療で用いられているチタンプレートとは異なり、チタンの多孔体は素材内部に骨を再生することができます。それに加え、様々な骨の欠損状態に自在に形状を変えたパーツの作成ができるので、あご自体の形体回復の精度も上げることが可能となります。また、あごの骨を再建した後にインプラントや入れ歯といった補綴(ほてつ)治療を適用することも可能になります。将来的には、患者さん一人ひとりの欠損に合うように作ることが実現できると考えています。

チタンの多孔体のもとになるスポンジ

作成したチタンの多孔体

 現在行われているあごの骨の再建医療について少し説明すると、腫瘍や炎症、外傷などがあごの骨に生じた際に治療として骨の切除が行われ、結果としてあごの骨の一部やその上の歯を失うということが考えられます。あごの骨と歯を広範囲にわたって失った患者さんに対しては、例えば自家骨といって、自分の骨を採取し移植する施術を行います。この手法は自身の体から骨を採取してくることになるので、骨の採取量に制限がありますし、この施術による合併症のリスクも存在します。その他には、人工材料を用いて失われた部分を補うという方法もあります。具体的にいうと、骨を失った部分をチタンのプレートで補うという方法などです。先ほどお話ししたような多孔体ではありませんので、骨がチタンプレート内やその周辺に新たに作られるということはほとんどありません。この方法だと、やはり形態回復は不十分となってしまいますし、材料内部に骨ができることはないので、再建した部分に入れ歯やインプラントといった補綴治療を行うことも難しいというのが現状となっています。

 チタンは、アレルギーが生じにくい材料だといわれています。生体に用いる材料がアレルギーを引き起こすようなものではいけません。金属アレルギーを起こしにくいという特性から、チタンは歯科医療をはじめとした多くの医療現場でよく用いられています。
 チタンの多孔体に関しては様々な製作方法があります。例えば、ビーズ状のものを焼結結合したり、繊維状のものを折りたたんだりして作成したという研究報告の存在は確認しましたが、それらの方法だと細かい形の変化に対応することは難しく、更にある程度の大きさのものを作ることが難しいということも分かりました。ですので、それらの作成方法でチタンの多孔体を作ることは、私が想定するような広範囲の骨の欠損の再建という用途に応用するのは難しいといえます。

 今私が採用している任意の形の樹脂(スポンジ)をそのままの形で金属に置換し多孔体を作成するという方法は、チタンの強度は保持したまま、気孔という細かい穴の大きさなどを調節でき、また任意の大きさのものも作成可能であるという利点があります。この方法で作成できる多孔体は、強度があり、かつ気孔の調節が容易なので、広範囲の骨形成に適した構造にすることが可能であると考え、骨の再建に利用できるのではないかと考えました。

研究の進捗状況と今後の課題

 現在は、ラビットを用いた動物実験に取り組んでいるところです。ラビットの大腿骨(太ももの骨)に欠損を作り、そこに研究しているチタンの多孔体を埋め込み、どの程度の気孔径や気孔率が骨を作るのに最も適した構造なのか検討しています。これらのことについては、すでに結果が出ていて、今後はもっと大きな欠損の場合に、それに対応してより大きな骨も再生されるのか、チタンの多孔体の表面に処理を施すと、もっと早く確実に骨ができるのではないか、チタンの多孔体をもとに骨が作られた後にインプラントの施術を行うことができるのか、などの観点から様々な工夫や検討を行っています。
 骨が作られる速さというのは、実験などで用いられている動物と人間では異なり、ラビットの大腿骨が作られる速さは人間よりも速いです。骨の作られる速さは体の大きさやターンオーバー(骨が作られるサイクル)によって変わってきます。現在はラビットの大腿骨で実験を行っていますが、大腿骨は足の骨なので、やはりあごの骨とは性質が異なってきます。次の段階としては、ラビットのような中型動物からイヌなどの大型動物のあごの骨での検討ももしかしたら必要なのではないかと考えているところです。

 今後の課題としてまず言えることは、炎症に対する対応です。チタンの多孔体を体に入れた後、もしかしたら炎症が起こるかもしれません。その時にどのように対応していくかというのが課題です。生じた炎症がどのようにチタンの多孔体の中を広がっていくのかというのは、まだ解明されていません。炎症が起きた際にどう対処するか、炎症がどんな風に起こっていくのか、その予想が立てられないと、やはり診療の場で用いることは難しいと考えます。特に口腔内というのは炎症のリスクが高いといえます。どうしても口の中は細菌が多いので、感染、炎症のリスクというのは高くなってしまいます。
 チタンの多孔体の場合、チタン素材の内部に骨ができてくるということになるので、当然血液供給もあります。血液の供給があるということは、ある程度の免疫機構が働くので、例えば薬剤を投与するなどの対応策をとることも可能かもしれません。いずれにしても、現段階では予測でしかありませんので、これからよくよく検討していかなければならないことです。

博士課程に進学したきっかけ

 歯科学部は大学を卒業して歯科医師の免許を取った後、1年間の研修を行います。私は歯科医師免許を取得後、広島大学の大学病院で研修を行っていました。歯科は歯周病の科であったり、歯の矯正であったりと様々な科に分かれています。私は、補綴というインプラントや入れ歯を扱う科で研修を行っていた時に、ガンによってあごの骨を切除してしまった患者さんに出会いました。その方は、何とか物が噛めるように、物を食べることができるようにならないか、ということで大学病院に来院された方でした。
 あごの骨がなくなるということは、その上に存在する歯も同時に無くしてしまうということを意味します。例えば歯だけを失った場合、入れ歯やインプラントといった施術法で失った歯を補い、咀嚼能力の改善を図ることが可能です。しかし、その方は歯を支えるあごの骨自体がありませんでしたから、入れ歯やインプラントといった治療法を施すことが難しく、治療にも限界がありました。

 その時に、今までにない材料や治療法を提供する必要があると考えるようになりました。その患者さんには間に合わないかもしれないけど、将来的には多くの困っている患者さんたちの助けになることが出来るのではないかと思い、博士課程に進学することを決めました。現在も研究活動と診察を並行して行っていて、昼間は大学病院で診察を行い、そのあとに研究を進めている日もあります。実際に診療をしていないと気付かないことはたくさんあります。私にとって、診療に出て患者さんの様子をみるということは、研究の大きなモチベーションとなっていますので、これからも診察と研究とどちらも大切にしていきたいと考えています。

3分間コンペに参加して

 大学内に掲示してあった3分間コンペティションのポスターを見かけ、単純に面白そうだなあ、と思ったのがきっかけで参加することになりました。研究の話というのは、学会のような、その専門の人々やその分野の話を聞きたい人々がいる場で話すことがほとんどです。歯科や歯医者などと関係のない人々に、私はこんなことに挑戦しているんだよ、という機会は大学院生の私には中々ない機会なので参加することを決めました。

 実際に参加してみて、やはり緊張したというのが正直な感想です。普段の学会で普通に使っている専門用語ではなく、誰にでもわかるようにかみ砕いて言うにはどうすればよいか、わかりやすく研究を伝えるにはどうすればよいか、ということを考える良いきっかけになったと思います。

未来博士3分間コンペティション2018の様子

インターンシップについて

 3分間コンペティション優秀賞がきっかけで、インターンシップの優先権をいただき、今年の1月~3月まで、ウィーン医科大学にインターンシップに行かせていただくことになりました。

 実は、研究グループで、このチタン多孔体を骨再建に応用する研究を行う中で、植物栽培の培地として利用できないかと考えていました。チタン多孔体培地を用いると、土壌栽培と比較し広いスペースも不要です。さらに、チタンは「軽い・錆びない・強い」材料です。そのため、何度も繰り返し利用することができ、またチタン多孔体内部を根が伸展していく様子は見た目にもおもしろいのではないかと思っています。

 この商品化のためには商品開発および検証が必要です。そこで、チタンと植物の断面を同時に、生きたままの状態で観察できる非脱灰研磨標本の作成という特殊な技術を習得し、さらに海外における新規商品開発・検証・市場への取り組みを学ぶことで、医療の枠をこえて産学連携によるイノベーションを目指すことができるのではと考え、ウィーン医科大学にて学んでこようと思っています。いままで留学経験はなく、このインターンシップを利用して世界を知ることは、今後につながるのではないかと期待しています。

取材者感想

あごの骨の再建医療については、ほとんどその現状等を知らなかったので先生のお話を伺い、大変勉強になりました。先生の取り組まれている研究は、骨を失って困っている患者の方々を救うことが出来る、とても将来性を感じさせる内容でした。また、医師としての診察と研究活動、インターンシップや3分間コンペティションへの出場など、とても行動力がありすごい方だと驚きました。ぜひ、さらなる研究に励み、将来的には技術の確立を目指していただきたいと思います。

取材担当:総合科学研究科博士課程後期2年 谷綺音


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