第10回中島田豊教授

バイオのつぶやき第10回中島田豊教授「発酵=味噌、ヨーグルト、お酒?」
中島田 豊 教授

2016年3月18日

発酵と聞くと、なにをイメージしますか。味噌、ヨーグルト、それともお酒?どれも”発酵”食品としておなじみですね。しかし、学問的に考えると少しおもしろいことになります。
  生物学的な”発酵”とは、酵母や乳酸菌などの微生物が、酸素のない状態(嫌気状態)で細胞分裂して増えるためのエネルギーを得るために、糖やタンパク質などの有機物を酸化して、アルコール、有機酸、そして二酸化炭素などを生成することを言います。
  例えば、酵母は主に糖を発酵して、アルコールと二酸化炭素をつくりながら増えます。これが、飲めるくらいおいしければお酒です。ブドウが原料であればワイ ン、お米が原料であれば日本酒というわけです。また乳酸菌は、牛乳のなかの糖(乳糖と言います)を発酵して有機酸の一種である乳酸をつくり増殖します。で きた乳酸により牛乳の中のカゼインというタンパク質が凝固して固まり、ヨーグルトになります。酵母や乳酸菌にとってアルコールや乳酸は、嫌気状態で増殖す るときにつくる、いわば”廃棄物”であり、人間はこれをおいしく頂いていることになります。
  微生物が同じような有機物を発酵しても、おいしくなければ、または毒になるようなものをつくる場合があります。これは”腐敗”です。腐るというのは、微生 物がアルコールの代わりに酢酸、プロピオン酸や酪酸などの”くさい”有機酸をつくって増殖している状態です。このときにある種の微生物は毒素もつくってし まい、食べると大変なことになります。しかし、学問的にみると、”腐敗物”はお酒やヨーグルトと違いはありません。微生物が生存のために有機物を消費して 作り出したものがおいしければ”発酵”食品、まずければ”腐敗”です。身もフタもありませんが。
  一方、学問的意味からすると、味噌が”発酵”による産物であるとするのは違和感があります。味噌の作り方は、まず、カビの一種である麹(こうじ)菌を酸素 のある状態でお米の表面に生やします。この状態のものを米麹と言い、麹菌がつくり出したタンパク質やでんぷんなどの分解酵素が含まれています。この米麹に 大量の塩を混ぜて麹菌を殺してしまいますが、分解酵素は残っています。米麹と大豆を煮て潰したものと混ぜて、酸素のない状態でしばらく寝かせておくと、大 豆のタンパク質やでんぷんが先程の分解酵素のはたらきで、うま味のもとのアミノ酸や甘味のもとのブドウ糖に分解してゆくことで味噌となります。麹菌は、酸 素がないと生きられませんし、味噌を寝かせている最中はすでに死んでいます。実際の味噌製造では酵母や乳酸菌などを”あえて”添加して、発酵による風味 アップを狙うこともありますが、主となる反応は”発酵”ではなく”酵素反応”ということになります。
  もちろん発酵を、”微生物を利用した食品製造法”と広義に解釈すればなんら問題はないわけですが、”発酵”を専門分野として研究している筆者からみると、しばしば違和感を感じることがあります。


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