第11回星野保客員教授

バイオのつぶやき第11回星野保客員教授「遠いところで、知らない誰かが助けてくれる」
星野保客員教授

2016年5月13日

 4月14日から,熊本・大分両県で規模の大きな地震が相次いでいます.亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに,被災者の方には心よりお見舞い申し上げます.

 

 私の研究は,微生物の生き方を調べて,人に役立つ性質を探すことだ.こう書くと皆,私が根っからフィールドもできる研究者と誤解するが,それは大間違い.25年前,学位を取った私は,ラボしか知らない駆けだしの生化学者で,就職して菌類の低温適応をテーマにして初めて野外で微生物を採集した.私の好きな菌は,採集地によって微妙に性質が異なり,ユーラシアの両端の日本とノルウェーの菌株は,ずい分違っている.誰も菌株を集めたことのないシベリアの菌株を調べれば,この理由が判ると思ったのだが…行ったこともない外国にどうすりゃ良いのか途方にくれていた.

 

 その頃,ブラジルが誇る観光地サントスで第7回国際微生物生態学会が開催され,職場の先輩が参加した.帰国してから土産話を聞くと,いや大変だったよと,こんな話をしてくれた.当時のブラジルは英語があまり通じず,自分はポルトガル語がしゃべれないので,航空券の予約再確認(昔はこんなことがあったのです)にも往生し,そして宿泊したホテルのフロントの若い兄ちゃんにずい分と助けてもらったとのこと.学会が終わった翌日,サントス市街からサンパウロ空港への道すがら観光地を巡るエクスカーションに先輩は参加するはずだった…が道路を隔てた向かい側のホテルの参加者がバスに乗った後,いつまで待っても自分のホテルにバスが来ない.不安になって,フロントの人に聞いてもらうと,彼が乗るべきバスは,恐ろしいことに,既にサントスを離れたとのことだった.フロントの兄ちゃんは,途方にくれる先輩を連れて学会会場に行くと,サンパウロ空港行きのバスを見つけて,運転手やら学会事務局と激しく交渉して空席と乗車券を確保し,エクスカーションとの差額を返金させ,先輩の荷物をバスに積むと,「いいかい,誰が何を言おうが,絶対この席を離れたらいけないよ.このバスは必ず空港に着くから」と言い,笑顔を見せると自分のホテルに戻っていった.

 

 この話を私は,身振り手振りを交え,臨場感あふれたネタとして,実体験した先輩以上に何度も語り,そして気づいた.あの兄ちゃんは,先輩がまた自分のホテルに泊まることを思って動いた訳では多分ない.彼の性格だろう.この話が面白いのは海外の苦労話以上に,地球の裏側でも困っていれば助けてくれる人がいることだ.

 

 そう思うと,私のシベリアでの菌探しも,現地の相方が必要だろう.そして相方は,仕事のできることに越したことはないが,人間として信用できる相手が一番重要だと思う.悪い話題にこと欠かないロシアにそんな人はいるのだろうか?ブラジルネタの2年後,札幌の国際学会で私は,その後10年にわたり共にシベリアを調査するロシア人の友人と巡り会う.研究者も人間なのだ.目先の損得だけでなく,信頼できる仲間とは長く研究ができる.後半の話の詳細は,拙書「菌世界紀行-誰も知らないきのこを探して-」にてご確認頂きたい.


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