第48回 磯谷敦子客員教授

バイオのつぶやき第48回「遺伝子によって違う?橙系芋焼酎の香り」磯谷敦子客員教授
磯谷敦子客員教授
磯谷 敦子 客員教授

独立行政法人 酒類総合研究所

(2019年11月)

 みなさん人参は好きですか?人参が嫌いな人はにおいがダメなことが多いようです。人参に豊富に存在するβ-カロテンが加熱などにより分解すると、β-イオノンというスミレの花様のにおいの化合物を生じます。芋焼酎の中にもβ-イオノンが含まれるものがあります。β-カロテン含量の多い橙色のサツマイモを原料にした焼酎にはβ-イオノンが特異的に検出され、橙系サツマイモ焼酎の特徴香の一つと考えられています1)。

 β-イオノンは閾値(人がにおいが感じられる最低限の濃度)が非常に低い化合物といわれています。しかし、実は私はそのにおいがわかりません。現在、酒類総合研究所では焼酎に含まれる香気成分の閾値調査を実施しており、私も被験者の一人として参加していますが、β-イオノンに対する閾値が通常に比べて非常に高い、いわゆる嗅盲であることが、その調査で分かりました。(嗅盲とは、特定の化合物に対する感受性が極端に低いことをいいます。)これは若干ショックではありますが、実はβ-イオノンに対する嗅盲は結構な割合(50%という報告も)で存在するようです2)。最近の研究で、β-イオノンに対する感受性の違いはOR5A1という嗅覚受容体をコードする遺伝子のSNPにより引き起こされることが明らかにされました3)。OR5A1タンパク質の183番目のアスパラギン酸がアスパラギンに置換されると、β-イオノンに対する感受性が低下するそうです。つまり、β-イオノンに対する感受性は遺伝子によって決まっているのです。

 この遺伝子型の違いは食べ物の好みにも影響を及ぼすようです3)。β-イオノンをミルクチョコレートに添加して印象や好みを調査したところ、β-イオノンに感受性の遺伝子型の人は、β-イオノンを添加したチョコレートを「花様、芳香」と評価するものの、添加しない方を好んだそうです。においが強すぎて食品にマッチしないと感じたのかもしれません。一方、非感受性の遺伝子型の人にはこのような選択性はみられませんでした。人参嫌いの人は、ひょっとするとβ-イオノンの香りを強く感じる感受性の遺伝子型なのかもしれません。

 橙系サツマイモ焼酎に対する評価に、この遺伝子型の違いは影響があるのでしょうか?審査会で「人参ジュースの香りが強かった」といったコメントを聞くと、感受性タイプなのかな?と思います。審査員の評価とβ-イオノンに対する閾値との関係を調べてみると面白いかもしれません。β-イオノンほど顕著ではないですが、そのほかの化合物でも人によって感度の違いはみられます。自分の感じるにおいと人が感じるにおいは必ずしも同じでないことは、においの研究を行う上で心に留めておかないといけないと、改めて思いました。

1) 神渡ら, 醸協, 101, 437-445 (2006)
2) Plotto, A. et al, J. Food Sci., 71, S401-S406 (2006)
3) Jaeger, S. R. et al, Curr. Biol., 23, 1601-1605 (2013)

 


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