第53回 久米一規准教授

第53回 久米一規准教授 「「サイズ」の話」
久米 一規 准教授
久米 一規 准教授

健康長寿学研究室

(2020年5月)

 今回の「バイオのつぶやき」では、2012年から取り組んでいる「サイズ研究」と関連して、「サイズ」の話をさせてもらいたいと思います。

 地球上に存在する生物を「サイズ」という視点でみてみると、バクテリアからクジラにいたるまで大小さまざまなサイズの生物が存在します。個々の生物はその体のサイズで生きていくために最適な設計となっています。例えば、ネズミはちょこまか動くのに対し、ゾウは自身の大きな足を一歩ずつ運ぶことでゆっくりと動きます。サイズによる生物の設計の違いは、生物の機敏さの違いを生むことに加え、それぞれの生物の生き方(生き様)に直結しているようにも思えます。実際に、寿命の長さや行動圏などがサイズによって異なり、サイズと一定の関係をもつことが報告されています。このように「サイズ」を視点にして生命現象をみてみると色々な気づきがあります。では、生物がもつ「最適なサイズ」が進化の過程で、いかにして獲得され、維持されてきたのでしょうか? これらの謎を理解するためには、生物「個体」にのみ目を向けるのではなく、「個体」内部にも注目する必要があります。その理由は、「最適なサイズ」というものが、生物の「個体」だけに限らず、その内部に配置された「器官」や「組織」、そしてそれらを構成する「細胞」群、細胞を構成する「内部構造体」から「生体高分子」にいたるまで存在しているからです。「個体」から「生体高分子」までの各階層における「最適なサイズ」は、いったい何が決定し、どのようにして最適な大きさを維持しているのでしょうか?この謎を理解することは、生命の新たな一面を理解するのではないか、新たな生命の構築原理を知ることにもつながるのではないか、と私は考えています(私個人的には、「サイズ」という視点から生命の仕組みを理解したいです!)。

 さて、私の「サイズ研究」との出会いは、2012年に英国癌研究所(現在はフランシス・クリック研究所)のポール・ナース博士(細胞周期研究で著名)の研究室に海外留学させてもらった時にさかのぼります。何の「サイズ研究」に取り組んでいたのかというと、「“核”のサイズ研究」です。「核」は細胞内でゲノムDNA(遺伝情報)を収納し保護している重要な細胞小器官(オルガネラ)で、細胞の中で膜により仕切られて存在します。おおよそ10-20ミクロンの細胞の中で核はいったいどれくらいの大きさで存在しているでしょうか? 2007年に分裂酵母を用いた研究(ナース博士の研究)から、核のサイズ(体積)は細胞のサイズ(体積)の約8%であることがわかってきました。さらに細胞が増殖する際に細胞サイズが変化しますが、核サイズは細胞のサイズ変化にかかわらず、細胞サイズの約8%で一定に維持されることが明らかにされました。核サイズは細胞種や生物種によって数%程度は異なるものの、細胞のサイズ変化に合わせて核サイズが一定の大きさで維持されるという規則性がほとんどの生物種で広く観察されています。このことから、核サイズをコントロールする仕組みは、ほとんどの生物に共通したものであると推し量ることができます。また、核のサイズが一定(細胞の8%)に維持されているということは、細胞を構成する核以外のオルガネラ(ミトコンドリア、小胞体、ゴルジ体など)や細胞内構造体(中心体、紡錘体など)のサイズについても、核同様にそのサイズをコントロールする仕組みが存在する可能性が考えられます。近年、オルガネラや細胞内構造体の可視化が簡易になったことで、オルガネラや細胞内構造体の解析がさかんに展開されています。今後、細胞を構成する個々のオルガネラや細胞内構造体のサイズをコントロールする仕組みの全貌が明らかになることで、「サイズ」の視点から「生命(細胞)の設計図」を紐解く手掛かりになるのではないかと淡い期待を寄せています。私自身も現在展開している「核サイズ研究」から、生命の仕組みや新しい生命現象の理解につながる発見をするぞ!と意気込み、空回りしない程度に日々研究を進めています。
 


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