第54回 北村憲司准教授

第54回 北村憲司准教授 「コロナウイルス騒動」
北村 憲司 准教授

(2020年6月)

 2020年春、新型コロナウイルスで世界中が大混乱である。緊急事態宣言の中、大学も異例づくめで多大な支障を生じ、4・5月は実験停止や講義のオンライン対応に右往左往しながら人のいない研究室や在宅で諸事を淡々とこなすうちに過ぎていった。キャンパスに人が戻り6月半ばには国内移動も解禁されたが、感染のニュースは連日続いている。サイトカインストームという素人には耳慣れない要因で急速に重篤になる人がいる一方で、ほぼ無症状の感染者もかなりいる様で、ワクチンか実際の感染か、結局は集団免疫しか解決策は無いのだろうが、様々な社会活動の復旧に向けて100年前のインフルエンザ(スペイン風邪)の様な大きな第二波・第三波が来ないか、戦々恐々の日々である。 

 「他にない日本独自の方式で、わずか1ヶ月半で今回の流行をほぼ収束させることができ、卓越した模範、、」とは思えないが、日本のゆるい対策で、なぜ感染者数・死者数が他国の様に激増せずに第一波を乗り越えられたのか、世界的には不思議でしかないらしい。日本人の習慣や国民性、自粛中の我慢、何より医療従事者の献身的な踏ん張りの賜物であろうが、運も味方したのか、医療関係者が「たまたまうまくいっただけ」「病院は破綻寸前だった」と言う様に二度目は運には頼れない。イタリアとスペインの患者の解析では、重症化リスクとABO血液型遺伝子等のSNPに連鎖も示唆されるらしく、一部で言われる様な重症化を抑える「ファクターX」が日本人に本当にあるのなら、ぜひ知りたいものだ。 

 それにしても、PCRという言葉がこれほど巷に溢れるとは思いもよらなかった。そもそもPCRを理解している人がどのくらいいるのか(採取した粘膜のと試薬を混ぜれば色が変わって簡単に判定できるイメージ?)、知識があっても実際の操作経験がある人はもっと限られるだろうし、陰性の意味を勘違いしている人も少なくなさそうである。増幅の失敗や非特異的な増幅は誰しも経験するところで、しかも今回の対象はRNAであり、私が見たプロトコルは細胞からの抽出や逆転写の過程を含む面倒な、人力で多検体に十分対応するには大変なものだった。信頼できる抗原検査・抗体検査が可能になっても、それのみに一本化することは無理だろうし、コロナ以外への対応も必要な中、限られた人員と設備、まだまだ手作業頼みの現状でPCR検査の数を劇的に増やせるのか、数だけを増やして意味があるのか、予算はどうするのか、難しい問題が多々あるだろう。しかしながら武漢では威信をかけて二週間で約1000万人の市民の検査を実施し、無症状感染者が300人とのニュースもあった。RNAゲノムのため突然変異速度が速く、データベースで入手可能なSARS-CoV-2ゲノム配列には、WHOが公開している検出用プライマー33種の配列中の26箇所に一塩基以上の変異が認められ、PCRでの検出を逃れるウイルスの可能性も懸念されている。その一方でプロトコルや試薬の改良、半自動化、PCRではない遺伝子増幅法をはじめ、CRISPR技術や、チオフラビンの反応性を利用した簡便な高感度検出法も発表された様だ。こういう時にこそ思いもよらない画期的な方法・発明が出てくるのではと、期待感もある。

 自明ながらウイルスの増殖には宿主が必須であり、今回のSARS-CoV-2の自然宿主はコウモリらしく、ヒト細胞へはアンジオテンシン変換酵素II受容体ACE2を介して感染する。突然に認識能が生じたのか、よくわからないが、意思があるかの様な巧妙さ(したたかさ?)には驚くばかりである。ウイルスに限らず、マラリアなどいまだ防除に苦戦する感染症もまだまだ残っているが、AIDSもいまや不治の病とは言えなくなり、エボラウイルスにもワクチンができつつあると聞く。徹底的なコドン改変によりどんなファージにも感染しない大腸菌はほぼ完成し、少なくとも培養細胞レベルではウイルス耐性の哺乳類細胞誕生のニュースも遠くはないだろう。とは言え、ウイルス耐性の人間などSFの話だ。過去のSARS・MARSの経験と知見が世界的にもCOVID-19で活きたのかはともかく、今後も新型インフルエンザなどのパンデミックは避けられない。よく知られた疾病ゆえ、検査や治療薬の開発・備蓄が粛々と進められているのだろうが、完全な予防は無理だろう。 

 「<正常性バイアス>という言葉がある。自分だけは大丈夫だろうと根拠なく思う性癖である。〜(中略)〜世の中何がおこっても、まるで人ごとと考える人が予想外に多いのが実際である。〜(中略)〜正常性バイアスは誰もが多かれ少なかれ持っているものだ。しかし、このような<疫病>の流行に際しては、この<正常性バイアス>が感染拡大の最大の原因になる。あなたがACE2タンパク質をもっている限り、あなたも間違いなく、感染した世界の250万人の人と同じ確率で感染する。そう思うことがまず大切である(京都新聞 4/27)」永田和宏先生(現JT生命誌館長)が書かれたものだが、6月末の感染者は、アメリカで1日に3万人、世界ののべ感染者数は1000万人に迫っている。どんなハイテクや薬よりも、結局は手洗い・マスク・ディスタンシングに努めることに尽きるのかもしれない。
 


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