第7回田中伸和教授

バイオのつぶやき第7回田中伸和教授「ビンの中の植物たち」
田中伸和教授
田中 伸和 教授

2016年1月18日

 私は長年植物 を研究材料として使ってきました。植物を研究材料にしたのはごく単純な理由で、動物を材料に研究をするなら、動物を殺さないといけないのが嫌だったからで す。といっても別に心優しいからというわけではありません。研究材料のえり好みはするものではないかもしれませんが、たまに私と同じ理由で植物を研究材料 に選んだという人もいるので、私だけが特殊ということでもなさそうです。

  そんなわけで、すごく興味があって始めた植物の研究ではなかったのですが、やってみればとても面白いものです。私の大きな研究テーマは、植物に外来異種遺 伝子を導入する(トランスジェニック)ことで植物の機能を改良したり強化したりすることです。現在、植物細胞の表層に存在するアラビノガラクタンタンパク 質(AGP)という糖タンパク質の一種(プロテオグリカンといいます)が植物の分化や生育、形態形成に重要であることから、このAGPの糖鎖量を増減する ことが植物の改良に繋がらないかと考え、糖鎖量を人為的に操作したいと考えています。そのために、AGP糖鎖量を操作できる複数の遺伝子を同時に導入する 方法の開発に取り組んでいます。また、最近ではゲノム編集という新しい手法で植物の遺伝子を壊したり(ノックアウト)、特定の遺伝子が存在する場所に新た にDNA配列を挿入したり(ノックイン)することも始めています。だんだん自分で実験する時間が無くなってきていますが、少なくとも毎月の培養植物の植え 替えと毎週の培養細胞の植え替えだけはずっと続けてきています。培養植物の多くは外来の遺伝子が送り込まれた、いわゆる遺伝子組換え植物で、ビンの中で 育った箱入りならぬ「ビン入り娘」たちです。

ビンの中の植物たち

ビンの中の植物たち

遺伝子組換えタバコ植物

遺伝子組換えタバコ植物

 

  多くの植物種では、葉や茎などの器官を切り取って表面を殺菌し、植物ホルモン(オーキシンとサイトカイニン)を添加した培地で培養すると、器官に分化して いた状態から抜け出し(脱分化)、不定形の細胞の塊(カルス)が出現してきます。また、この細胞塊の状態で増殖させることができます。さらに、添加する植 物ホルモンのバランスを変えてやるとカルスが劇的な変身を遂げます。例えばオーキシンを増やしてサイトカイニンを減らすと根が出てくるし、オーキシンを減 らしてサイトカイニンを増やすと芽が再生してきます。なんとまあ面白いことか・・・・。これらの一連の手順は組織培養と呼ばれます。この芽を切り取って培 養ビンの中で無菌的に栽培すると、盆栽ではありませんがミニチュアの植物が育つので、可愛いオーナメントにも見えます。遺伝子組換え植物(作物)を作ると きやゲノム編集で植物ゲノムを改変するときも、多くの場合遺伝子導入された細胞から植物体を再生させる過程を経るため、同様な組織培養の手順を用いること になります。私にとっては、遺伝子を入れた植物体が再生してくるときは、まるで子どもが生まれてくるようなドキドキ感があり、その後はビンの中でどのよう に育つのだろうと、期待と不安でいっぱいになります。この気持は長年やってきても変わることはありません。「ビン入り娘」はとてもナイーブです。植替え操 作の時にミスってカビや細菌などの雑菌が入ってしまうとビンの中で増えてしまい(コンタミ)、たちまち植物がやられてしまいます。また、培地には砂糖が含 まれるため、自らの光合成をさぼるのか葉は縮れた形になります。さらに、導入する遺伝子によってはこの娘たちはひどくひねくれたものになることがあります し、たまにビンの中で花をつけることもあります。やがて「ビン入り娘」たちはビンから出して鉢に植え替え栽培しますが、なんだか娘を嫁に出すような気分 (ちょっと大げさか?)になります。ビンの中は湿度が高いので、植物娘たちをビンから出してしばらく置いておくとすぐに萎れてしまいます。そこで、植物娘 を植え替えた鉢をビニール袋などに入れ、何日かかけて少しずつ袋の口を開けて外の環境に慣れさせることが必要です(馴化)。この手順ではカビが生えたり 腐ったりするなど結構失敗があるのでかなり気を付けなければなりません。しかし、ちゃんと外の環境に慣れて生長し、一人前のおっかさんになると種(タネ) という子どもたちを沢山生んで里帰りしてくれます。これらの中から、いい子たちを選び出してその後の実験に使っていくことになります。

  工学系で植物研究では、遺伝子導入によって産業的に役立つ有用形質、例えばバイオマスの増加や有用物質高生産性を持たせた植物を創出するというようなこと が目標の一つになります。私もAGP糖鎖改変で生育促進や細胞壁の改変などを目標として遺伝子組換え植物の作出に取り組んでいますが、そんな研究の中で生 まれた可愛い「ビン入り娘」たちとの対面は、毎日の研究の中での楽しみの一つです。ビンの中ですくすく育っている植物たちはいずれ立派な植物になって種を 付けることを夢見ているのでしょうか…。


up