支援を受けた学生のご紹介

Vol.28 「日本の科学教育に貢献できる研究者を目指して」

名前: 堀田 実杜

所属: 人間社会科学研究科 博士課程後期2年 (教育科学専攻 教師教育デザイン学プログラム 自然システム教育学領域)

基金を活用し、7th Central and Eastern European Conference on Thermal Analysis and Calorimetry (CEEC-TAC7) へ参加。

参加した学会について教えてください。

CEEC-TAC7は、熱分析や熱量測定の分野で活躍する、主に中東欧諸国の科学者が集まる学会です。この会議は、Central and Eastern European Committee for Thermal Analysis and Calorimetry (CEEC-TAC)が主催しており、熱分析および熱量測定分野における最新の研究を報告し、理論的・応用的な熱化学の科学的および技術的な問題について議論する場とされています。

7回目の今回は、チェコの都市ブルノで開催され、チェコの著名な熱分析・反応速度論に関する科学者であるJaroslav Sestak教授の生誕85年を記念して開催されました。また、学会では、研究報告の他に熱分析・速度論分野の講義や、反応速度論、標準と命名法、生命・環境科学、および教育の4つのテーマについてのワークショップも開催されました。

ご自身の研究内容について教えてください。

現在、私は無機炭酸塩の熱分解および無機酸化物の炭酸化の可逆反応による自然エネルギーの効率的利用と温室効果ガス削減についての研究を進めています。無機酸化物の炭酸化からなる可逆反応は、二酸化炭素吸収とエネルギー貯蓄の二つの機能を備えていることから、環境にやさしいエネルギー貯蓄技術への実用化に向けて注目を集めています。

例えば、貝殻や鉱物などとして自然界に多く存在する無機炭酸塩である炭酸カルシウム(CaCO3)は右図のような反応をします。図に示したようにCaCO3の熱分解反応は吸熱反応です。よって、太陽光パネル等で得たエネルギーによる加熱でこの反応を起こさせて酸化カルシウム(CaO)にすることにより、化学エネルギーとしてエネルギーを貯蓄できることになります。

CaCO3の熱分解反応

この際、排出されるCO2を貯蓄しておきます。エネルギーを取り出したい時は、熱分解で得たCaOとCO2により、発熱反応であるCaOの炭酸化反応を起こすことで、熱としてエネルギーを得ることができます。このサイクルが成り立つ限り、外部にCO2を排出することなくエネルギー貯蓄を行うことができ、大規模太陽光プラントへの導入等の検討が可能となります。

一方で、このような可逆反応を利用したエネルギー貯蓄の実用化に向けては、課題が残されています。その1つは、繰り返し反応を起こすことにより、二酸化炭素吸収率やエネルギー効率が低下していくことです。

また、実用化に適した反応条件の決定も、大きな課題です。これらの課題解決に向けて、CaCO3や炭酸亜鉛(ZnCO3)等の熱分解反応について、反応条件を変化させた時の反応挙動の変化の詳細を解明すること、および反応条件に依存した反応挙動の変化を数値化することにより、反応のシミュレーションを可能にすることを目指した研究を行っています。

なお、このような基礎化学分野の研究は、高等学校「化学」で扱う教材開発につなげていきたいと考えています。無機炭酸塩の熱分解および無機酸化物の炭酸化の可逆反応による自然エネルギーの効率的利用と温室効果ガス削減による環境保全は、人類が直面する課題に対する科学的な解決の方略の具体例として捉えられます。これは、人間の活動と自然環境の関係をシステム的に考えるうえでの絶好の教育素材であり、エネルギー・環境教育の教材としても有用であると考えています。

発表内容について

本学会では、CaCO3およびZnCO3の熱分解反応に対して、気体が及ぼす影響とその数値化についての研究成果を報告しました。

いずれの反応においても、CO2の影響により反応が抑制され、水蒸気の影響により反応が促進されることが知られています。そこで、反応雰囲気中のCO2濃度や水蒸気濃度を種々の値に制御し、種々の温度プログラムに沿って試料を加熱し、その過程の重量変化を記録する熱重量測定(TG)を行い、基礎データを得ました。

得られたデータを一般的な反応速度式に基づいて速度論解析すると、CO2または水蒸気の濃度に依存して系統的に速度論的挙動が変化する結果が得られました。さらに、一般的な速度式に対して、気体の影響を考慮するための収容関数を導入し、実験で得られた基礎データを用いることで、反応雰囲気中のCO2または水蒸気、さらに反応によって生じる自生CO2の影響を数値化することに成功しました。この成果から、気体の影響による反応の変化をシミュレーションすることが可能となりました。

また、反応全体を、表面で反応が進行する表面反応と、それに続いて試料粒子内部での反応段階で、粒子反応界面が粒子内部に向かって進行する界面収縮反応の2つの段階に分けて解析することを試みた結果、どちらの試料についても良好な結果が得られました。また、各段階に対する水蒸気やCO2の影響を数値化する解析により、それぞれの段階に対する気体の影響を詳細に明らかにすることができました。

以上により、種々の気体条件下での無機炭酸塩の熱分解反応について、気体の影響による挙動の変化や、物理幾何学的な反応の特徴を明らかにできました。この成果は、無機炭酸塩の熱分解–無機酸化物の炭酸化の可逆反応を化学蓄熱材として実用化していくうえで、反応条件の検討のために重要な知見の1つとなると考えています。

今後の研究の見通しについて

無機炭酸塩の熱分解‐無機酸化物の炭酸化の可逆反応を利用した蓄熱技術の実用化に向けては、本学会で発表した無機炭酸塩の熱分解の反応挙動解明に加え、逆反応である無機酸化物の炭酸化の反応挙動の解明も必要です。
さらに、反応を繰り返すことで効率が低下する問題を解決するためには、反応を繰り返すことによる反応挙動の変化の詳細を明らかにするとともに、そのシミュレーションを可能にすることが求められます。
また、固体可逆反応を利用した蓄熱技術を教材化するにあたって、高等学校等で利用可能な簡易な装置および操作により、反応の可逆性やそれに伴う熱の出入りを観測できるような実験教材の開発が必要となります。

本研究で扱ったCaCO3やZnCO3の熱分解反応は、どちらも300℃超の温度で進行するもので、学校現場での簡易測定には向きません。そこで、教材に適した化学反応を探査するとともに、実験方法や実験装置の考案を基礎化学研究と相補的に進行していきたいと考えています。

発表を終えての感想をお聞かせください。

自身の英語能力に不安が残る中での発表ではありましたが、多くの方に聞いていただくことができ、少し自信が持てるようになりました。質疑応答では、聞き取ることが難しいこともあったが、聞き返すなどして、適切に説明できたと感じています。

また、質疑を通して、実験条件などについて新たな示唆を得ることもできました。国外の同世代の学生と交流できたことも、刺激となりました。

今回はポスター発表であり、時間の制約が無い中での発表だったため、落ち着いて発表・応対できたが、次回は口頭発表での参加を検討しているため、さらに自身の専門性および言語能力の向上が必要であることを実感させられました。

将来の進路や展望を教えてください。

初めて国外での学会に参加してみて、これから将来にわたって国内外を問わず活躍できる研究者になりたいと強く思うようになりました。

今回は基礎化学分野での研究成果を発表したが、所属研究室の特徴である、基礎化学と教育学の2つの専門性を持つことを目指していきたいです。そのうえで、研究成果を学会等で発表するとともに、子どもたちをはじめとした一般にも発信していける研究者になり、日本の科学教育に貢献していきたいと考えています。

寄付者へのメッセージ

初めて国際学会に参加してから、研究者になることへのモチベーションが大きく上がったように感じています。
私はこの学会に参加するまでは、漠然と「研究者」という職業になってみたいと感じている程度でした。この学会に参加して、最先端の研究に触れたことはもちろん、指導教員をはじめとした世界中の研究者が、各々の研究領域を確立しながら、強固に結びついてきたことを身近に感じることができました。そして、私自身も、その一員として活躍できるようになりたいと強く感じるようになりました。

国際学会での発表という経験もとてもためになるものでしたが、将来なりたい姿がより明瞭に見えるようになったことが、本学会に参加した一番の成果であると感じています。

このような貴重な機会を与えてくださり、誠にありがとうございました。

 

(2024年8月取材/基金室)


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