正しく間違っているコミュニケーション力の理解

就活でも、必ず出てきますよね。コミュニケーション力が重要だって話。2018年まで日本経団連が実施していた「新卒採用に関するアンケート調査」でも、選考にあたって特に重視した点としてはコミュニケーション力が82.4%と圧倒的にトップになっています(参考までに、2位主体性、3位チャレンジ精神、4位協調性、5位誠実性)。

じゃぁ、そもそもコミュニケーション力ってなんなんでしょうか。あなた、答えられますか。

語学力? んなアホな。外国語ができたらいいのなら、通訳は極めて高いコミュニケーション力を持っていることになるけど、通訳は言葉の橋渡しをして終わり。仕事の上での能力としては、どんな言語であっても「何を語る」かが重要なわけで、語学力はその手段でしかありません。

話す力? 世の中には一方的にガンガン話をして、時に笑いを取る人がいます。その究極、お笑い芸人や落語家は一方通行の芸です。テレビのアナウンサーだって、正しくわかりやすく話す能力であって、それをコミュニケーションの能力として評価されることはありません。

プレゼン能力? 自分の人となり、アピールの目的をより効果的に伝える能力なのですが、やはり一方通行の意思表示でしかなく、一方的に納得させてものごとが前に進むなら誰も苦労しません。

聞く力? 少なくない識者がこう指摘しているのだけど、それは聞き出す力や相手の言葉を理解する力のことで、確かに相手の主張や気持ち、ひょっとしたら当人も意識していない心理を知ることはできそうです。しかし、これも同じように双方向であるコミュニケーションの片側でしかないことに気づきます。

教育やコミュニケーションについて多くの著書がある齋藤孝・明治大学教授は、そのものズバリ、「コミュニケーション力」(岩波新書 2004年)と題した著書で「意味や感情をやりとりする行為」と定義し、その技術を解説しています。この定義は双方向性を具体的に述べていてわかりやすいのですが、残念ながらその技術と仕事の上でのコミュニケーション能力の関係性については触れていません。

そのぼんやりした理解のまま、それぞれが勝手な解釈をベースに、あるのないの、必要不可欠だからどうのなどと議論しているのは滑稽ですらあります。当然、残念ながら、企業の担当者も同じです。だから、新入社員に求める能力のアンケート調査でも、自分が考えるコミュニケーションのあり方で答えているにすぎず、採用時点でのコミュニケーション力に対する評価の基準はバラバラのはずです。

このように、いろんな解釈が存在し、実際にコミュニケーション力って結局なにって、その定義は曖昧模糊としていることには、気づかれることすら少ないのが現実です。今を遡る50年以上前、1970年代にコミュニケーション関係の文献を調査した結果では、コミュニケーションの定義が126もあったという研究報告もあります(Speech Communication:Concepts and Behavior 1972 Frank E.X. Dance)。コミュニケーション手段が格段に増えた今は、解釈は比較にならないほど増えているはずです。

就活生の立場なら、「そのコミュニケーション力とかいうものを、具体的に示してもらえませんか」と突っ込み入れてもいいくらいなのですが、そもそも意識すらしていないのだから、無駄です。その意味で、採用担当者は正しく間違っています。
ならば、自分たちで考えてみましょう。

社会的動物である人間は、自分以外の誰かと常にコミュニケーションをとって生きています。1日の行動から想像しても、家族、友人や近隣の住民、商品やサービスの提供者、学校や職場とさまざまで、それぞれコミュニケーションの目的があります。家族なら互いの共感や助け合い、友人などとは良好な関係づくり、買い物では金銭と商品の正確な情報交換などなどで、必要なコミュニケーションのありようは違います。

つまり、仕事をする場面でのコミュニケーション力とは何か、を考える上で必要不可欠なこと、それはコミュニケーションの目的ではないでしょうか。

具体的に考えてみます。

組織内では良好な人間関係、意思や情報の共有などのためにコミュニケーションの能力が求められます。それは協調性とか、リーダーシップなどと言語化されます。組織人として働くうえで、すべての人に不可欠の能力といえるでしょう。
しかし、企業が最終的に求めるものは利益。公共的仕事であれば目標の達成。コミュニケーションの相手は組織の外にいます。つまり、採用側が重要視するコミュニケーションの相手は組織の外の人であり、目的は成果です。

モノやサービスを売る場合、最終的には価格を決定せねばなりません。高く売りたい、安く買いたい、利害は常に対立します。そこで通訳したりプレゼンしたり聞き出したりという能力が問われるのですが、それは価格決定という目的のための手段です。

都市開発などの大規模で長期にわたるプロジェクトの場合は、さまざまなステークホルダー間の調整が必要になります。価格はもちろんのこと、プロジェクトへの賛否、権益の取り合い、価値観の違いなどなど、多面的に利害の調整をせねば先に進めません。
公的機関の場合は、政策目標を達成するうえで損する人、得する人が出てきます。公平な利害調整が行われたとの納得性がなければ、理解は得られません。

いずれにしても、本質的部分は利害調整であり、そのために有用な能力としてコミュニケーションがあるのだという関係性がうっすら見えてきます。話す力、聞く力、説得する力。一般的に語られるコミュニケーション力とは、その断片的な技術であり、それらを総合的に運用できて初めて成果を出せるのです。

コミュニケーションの原義はラテン語のcomunicoです。その意味は「分かち合う、共有する、参加する、伝える、結合する」が挙げられています(羅和辞典 研究社)。いまの社会で使われているコミュニケーションという単語からは希薄になっている「分かち合い、共有する」という意味が、コミュニケーションを語る上で重要なポイントです。

ある有名企業の社長が「コミュニケーションとは異なる意見を受け入れること」と言っていました。これまで多くの人に意見を求めてきたのですが、これが一番本質を突いた言い方だと考えています。

このように正解が見えにくいコミュニケーション力ですが、「利害をいかに調整するか」という視点を心がけて日々を過ごすことで、その能力を高めることができるはずです。

※本稿をまとめるにあたって『〈聞く力〉を鍛える』 (伊藤進 講談社現代新書  2008年) を参考にしました。

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