運がいい人が一番すごいと思う

訪問日

2024年1月12日

センパイ

渡邊 耕一(ワタナベ コウイチ)氏
2001年文学部卒業

株式会社Cygames 代表取締役社長

訪問記

佐世保高専から編入学で広島大学文学部に入学

-佐世保高専から広島大学文学部への入学という変わったご経歴ですが、何かきっかけがあったのでしょうか。

渡邊:もともとは科学者になりたいと思っていたのですが、高専の5年生の時に哲学の授業がありまして、その授業で「こういうものの考え方があるのか」と驚きました。

一番インパクトを受けたのはプラトンのイデアリズムです。それまで僕はどちらかというと相対論者で、「人の正義や正しさって、それぞれが持っているものだろう」と考えていましたが、「みんなが掲げる理想があってもいい」という内容に「確かにそうかもしれないな」と納得しました。

そういうものごとをずっと考えている人が2千年以上も前からいたくらいだから、「自分がこれから先のことを考えていくための何かにはなりそうだ」と感じました。他にも理由はあったのですが、それが哲学を勉強してみようと思ったきっかけの一つです。

-広島大学を選ばれた理由はなんでしょうか。

渡邊:哲学の先生(後藤淳先生)の母校が広島大学だったからです。人生において大きな影響を受けた方であることは間違いないですね。

広大に入ってからは、ギリシア語、ラテン語、ドイツ語はよく勉強していました。哲学の書籍の注釈は英語なので当然英語も加わるのですが、それらの言語を学習しながら哲学書をひたすら読んでいました。僕は大学3年次で高専から編入学したのですが、じつは異分野の文学部だったこともあって高専で取った単位をほぼ認めてもらえませんでした。それで、3年次に100単位を取ることにしました。

-えっ(一同驚愕)

渡邊:全コマ埋めました。21時ごろまで大学にいて、池ノ上の学生寮に帰ってからは次の日の予習をして、という生活でしたね。

3年生の時に100単位を取って、あとは卒論と2~3単位を取れば終わりでしたので、4年生の時はほとんど学校に行かずに就職活動をしていました。4年生の後期は週1回、卒論のゼミだけ行って、あとは前後に2つぐらい授業を受けて終わりでした。

-大学って1年半で出られるものなのですね (笑)。

チームで何かを作りたくて

-先ほど「科学者になりたいと思っていた」と仰いましたが、その延長線上にゲームを作ることがあったのでしょうか。

渡邊:延長線上ということではなかったですね。それよりもまずはしっかりと働いて、きちんとお金を稼いで、一人前の人間になりたいと考えていました。

電気工学から西洋哲学に進んだぐらいですから、興味のあるものなら何でも良いとは思っていたのですけど、佐世保高専の時にロボットを作っていて、チームでものを作ることが楽しかったので、同じようにチームで何かを作れる仕事が良いなと考えていました。それで子どもの頃にゲームをやっていた経験があるので、「ゲームってチームで作る仕事だな」と思いその道に進みました。

入社したのはポリゴンマジックという会社でした。1年目からすごく働いて、5年目に執行役員になりました。

やれるまでやればいいじゃないか

-世の中にはどこにでも「できない人」がいると思います。そんな人は何が足りないと思いますか。

渡邊:そうですね…似たようなことを聞かれたこともありますが、「できるかどうか」じゃなくて「やるかどうか」じゃないかと思います。興味があることならきっとやれると思います。「興味があるなら、やれるまでやればいいじゃないか」と。

-つまり、興味を持てたかどうか、ということですか。

渡邊:はい。僕は中学までまともに勉強したことがなかったので、高専に入って勉強してみようと思って、かなり勉強しました。高専のときは電気工学をやっていたのですが、その学習は早く終わらせて、興味のあった仏教の研究なんかもしていました。今でも仏教のことは結構詳しい方だと思いますよ。

-今のお仕事はどのようなことをされていますか。

渡邊:主に社長業とアートディレクションと、UI(※)やUX(※)のデザイン周りをみることですね。ゲーム自体に関わる仕事の割合は全体の30%ぐらいだと思います。

※UI:ユーザーインターフェイスの略。ユーザー(利用者)と、製品・サービスをつなぐ接点(インターフェイス)のこと。 
※UX:ユーザーエクスペリエンスの略。ユーザーが商品やサービスを通じて得られる体験。

-当然、経営のお仕事が一番責任を持って対応されているところだと思います。大変なことはありますか。

渡邊:そうですね。経営面で一番大変なのは、国の政策に対応することでしょうかね。働き方改革への対応とかもありましたけど、そういう法規制への対応には時間がかかります。働き方改革については法規制が始まる半年前には対応を終えていましたし、世間的にはブラック企業と思われているかもしれませんが、実際はホワイト企業ですよ。

原体験はファミコン

-2023年、上野の森美術館で開催されていた『Cygames展 Artworks』を拝見しましたが、その時に御社のどのゲームも世界観がとてつもなく広いことを感じました。それは渡邊さんのスタイルの一つなのでしょうか。

渡邊:あるかもしれません。僕はゲームの原体験が小学生の時に遊んでいたファミコンで、当時「ファミ通」(※)がすごく人気でした。まだ発売されていないソフトの紹介記事を読んで、「あのメーカーが新作だすぜ」「まじかよ」「めっちゃ遊びたいよな」という話を友達と何か月も雑談して、そしてリリースされたらプレイするわけです。
※ファミ通:1986年に創刊されたゲーム総合誌。創刊当時の名称は「ファミコン通信」

そういう経験があるから、「そのゲームの情報を初めて見た瞬間からゲームは始まっている」と思っています。プレイする前から「この世界には何があるのだろう、どんな敵が待っているのだろう、どんな仲間たちがいるのだろう、どんな冒険が待っているのだろう」と思えなかったらゲームではないと。もちろん人それぞれですが、実際にプレイして面白いのはプロがゲームを作っているので最低限のことで、「プレイする前からゲームの話をしてワクワクすること」だって自分にとってはゲームなのです。僕はそうやってゲームを楽しんできたので、同じような楽しさをユーザーに届けたいと考えています。

1枚の絵でワクワクできるか

-そうすると、ゲームを発売する前のPRや広告などで世界観を作るということですか。

渡邊:いえ、最初にユーザーが目にする1枚の絵でいいと思っています。それでいかにワクワクできるかということです。

「こうすればよい」というものはないですし、毎回やることも変えています。僕は、絵にはその作品の世界観を伝え、人をワクワクさせる力があると信じています。最初の1枚の絵でそれができなかったら、その商品は面白くないと思うのです。

-「最高のコンテンツを作る会社」というのが会社のビジョンですが、最高のものを作るために必要なこととは何でしょうか。

渡邊:そうですね…開発設備は最高ですし、働く環境もゲーム会社の中では一番きれいだと思います。もちろん働く人も重要ですし。良い作品を出そうと今まで頑張ってきましたし、ありがたいことにヒット作が多いので、それがブランディングに繋がることで良い人が集まってくれている、ということもあると思います。働く人も含めて社内が整うことは大事だと思います。

運がいい人が一番すごい

-ヒット率を高めるにはどうしたらよいのでしょう。

渡邊:変なものを出さないで一生懸命ちゃんと作る、ということはあると思います。細かいところまで作りこんでいっても可能性がほんの少し上がる気がするだけですし、それでヒットするかと言われると分からないのですが、それでもやるということです。

そして最後は運だと思います。

昔、「週刊少年ジャンプ」に連載されていた「とっても!ラッキーマン」という漫画がありましたけど、「ラッキーマン」はただラッキーなだけで勝つんです。でもそれってすごいことじゃないですか。だから僕は運が良い人が一番すごいと思います。

努力するのは当たり前ですけど、努力したその先に「ラッキーだった」って言える人っていいなと思います。

-ラッキーな人って、見抜けますか。

渡邊:それはわからないですね…(笑)。でも努力をしていればラッキーは回ってきますよね。

メジャーリーガーの大谷翔平選手が8球団からドラフト1位で指名されることを目標として、さらにそれを満たすための行動目標をチャートにした「マンダラチャート」は有名ですが、その中の一つが「運」です。それをさらに行動目標に落とし込み、「挨拶をする」「掃除をする」などが入ってくるわけですが、僕はその通りだと思っています。そうすれば周りの人が「この人のために力を貸そうか」という気になってくれると思うのです。すごく正しい考えだと思います。

僕もきちんと努力をしている人にチャンスを与えたいなと思いますが、そういうことが振り返ったら「運」になるんじゃないでしょうか。

小学校の図書館の本は全部読んだ

-過去のインタビューで「アイデアは湧き出てくるくらいにならないと」とおっしゃられています。みんな普通にテレビを観たりゲームをやったりしているわけですが、そこからアイデアが湧き出るまでには、なにかハードルがある気がします。

渡邊:ハードルがある訳ではないと思いますよ。

やっているかどうかということで言うと、たとえば僕は小学校の時に図書館の本を全部読みましたが、それが「読む」ということだと思っています。それでもアイデアが出るかどうか分からない、というぐらいが僕は普通の感覚だと思います。

図書館の本の話で言うと、1冊単位というよりシリーズ単位で読んでいました。ファーブルを読んで、次はシートンを読んで。そのうち「この棚をここからここまで読もう」と思って本棚ごとに読むようになりました。それでどの棚も終わったので、最後は百科事典を読みました。

-本にしてもテレビにしても、渡邊さんのスタンダードは「とことんやる」ということでしょうか。

渡邊:「とことん」ということではなくて、普通に読んだり観たりすればいいんですよ(笑)。たとえば、以前ある人と会うことになって、その人が「水曜どうでしょう」という番組が好きだと知っていたので、1週間で全部観てから会いに行きました。

でもそんなに大した話ではなくて、それこそ寝ながら観たっていいんですよ。途中で寝てしまうかもしれないですけど、「なんかあそこが面白かった気がする」という場面はあるじゃないですか。それでも観ていることになりますし、その人と話ができるじゃないですか。全く観ていないという状況とは全然違いますよね。

アイデアが出ないと悩んでいるなら、アイデアが出るまで読んだり観たりすればいいだけだと思いますね。

作品に目立ってほしい

-これだけ世間の注目を集める会社にあって、渡邊さんはほぼメディアに出られていませんが、スタイルや考え方がおありですか。

渡邊:根本的な話ですけど、控えめな性格と言いますか。あとは起業した頃の話ですが、ソーシャルゲームで知られていた会社の社長さんがセミナーを沢山開催されているのを見て、そういう露出の仕方とは差別化を図りたいとも思いまして。

-これぐらい大きな企業だと、かなりのインパクトを持ってご自身が外向けに発信するということもできますよね。

渡邊:自分はあんまり目立ちたくないですし、それよりは作品が目立ってほしいですね。作品を通して僕のことは客観的にご判断いただければいいのかなと思います。

お客さんのため、スタッフのため

-この記事を読む若い人に向けた話になります。自分が好きなことを仕事にするとか、自分がやりたいことを実現するとか、そういう夢を若い人はみんな持っていると思いますが、どういう気持ちで世の中と向き合えばいいと思われますか。

渡邊:「やりたいことをやれ」とか「自由に生きろ」という言葉はよく聞きますが、「自分のために」ということを言い過ぎているような気はします。もちろん自分の中で「自分らしさはこういう所だ」とか、自分の中に強い想いや考えを持っている方はそれでも良いですけれど、もし何もないなら「人のために生きる人」がいてもいいと思います。「自分」がないから「自分はだめだ」ということではないはずです。

僕は「自分がやりたいことだから」というよりは、お客さんに楽しんでほしいからゲームを作っていますし、その次はスタッフのために働いていると思っていますし。

-次は何をやりたいですか。

渡邊:なんでもいいなと思います。でもゲームを作り始めて、沢山のスタッフが集まってくれたりユーザーの皆さんが期待してくれたりしているので、「それに応えたいな」と思っています。やりたいというより、やろうと決めたからやっています。本の話だって、本が好きだから読んだというより、本を読もうと決めたから読みました。

-大学生はどんな学生生活を送ると良いと思いますか。今も昔もですが、「自分は何をやって良いのか分からない」と思う人も多いと思いますし、「自分探し」という言葉もありますが。

渡邊:好きなように生活したら良いと思いますよ(笑)。自分探しをしているなら、探しに行けばいいんですよ。たとえ見つからなくても、「見つからない」ということに気づいて帰ってくればいいんです。昔、「ハチミツとクローバー」という自転車で自分探しの旅に出る漫画がありましたが、僕も「自分探しに行ってくる」と言って自転車で京都まで行きました。ブームに乗っただけですけどね(笑)。自分が見つからないなら、探しにいけばいいと思って。とにかく何かやればいいんですよ。

スマートな自分でなくてもいいと思いますよ。カッコよくてヒロイックで、「誰もがついてくるような人になれよ」という風潮があるような気がしますけど、そんな人は少ないですし。僕は他の人からそう見られがちですけど、そんなことは全然ないです。

それよりも「運がいい人」になるのが一番だと思いますし、そのために決めたことや当たり前のことをしっかりやることが大事だと思います。
 

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