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訪問日
2024年3月12日
センパイ
楠 雄治(クスノキ ユウジ)氏
1986年文学部卒業
楽天証券株式会社 代表取締役社長

- 楽天証券はどのような会社ですか。
楠:個人向け、オンライン中心の証券会社です。楽天のグループ会社で、楽天ポイントなど楽天のエコシステム(経済圏)と密接に結びついたサービスなどを提供しています。口座数は2023年12月に1千万件を超えており、国内証券会社単体で1位です。全国民の約1割が当社に口座を開設していることになります。
海外のマーケット関係者からも、この楽天エコシステム(経済圏)が評価をいただいています。楽天エコシステム(経済圏)を活用したサービスの効果もあり、若年層も含めた数多くのお客様に口座開設をしていただいており、特に楽天グループの各種サービスを利用しているお客様は、当社においてもポイントなどによるロイヤリティも高い。NISAやiDeCoなど、資産形成のために利用できる制度も増えていますので、トータルな面での将来性が期待されているところかと。
-2006年から社長の座にありますね。証券業界で最長なのではないですか。
楠:オーナー系ではもっと長い方がいらっしゃいますが、ネット証券の中では最長ですね。43歳で就任して今年の3月末で17年半になります。
-何が大変でしたか。
楠:私は2代目ですが、先代から社長を継いだ時は、金融庁からの行政処分の真っただ中でした。原因は大規模システム障害を起こしてしまっていたことです。会社の財務状況もかなり悪かったですね。2006年に社長を引き継いでから5年間は、金融庁対応、行政処分対応、システムの立て直しに忙殺されていました。
徐々に会社の規模が大きくなってきていた時期で、経営体制にも問題がありました。当局から指摘されてとても印象的だったのは、「もうベンチャーじゃないでしょう。社会インフラになっていることを自覚してください」という言葉です。
会社の体制、システム管理体制、社外システムもすべてやり直しました。システムの品質を上げるため、私も細かい部分に入り込んで改善に尽くしました。
最後の仕上げとして、データベースの基幹システムを障害に強いものに入れ替える工程がありましたが、作業の1週間前に東日本大震災が起こりました。
-本当にいろいろ起きるものですね。
楠:「世の中がこんなに大変な状況の中で、大規模な移行作業を実行してトラブルが起きたらどうしようか」という点も懸念ではありました。ですが、いろいろな準備を重ね、IT人材リソースも確保していましたので、「やろう」と決断して実行し、無事に移行を終えることができました。
あの時は、しびれましたね。
-ところで、広島大学で文学部西洋史学を目指したのはなぜですか。
楠:高校の勉強の中で歴史が一番好きだったからです。あまり深い理由はなくて、(就職が厳しいと言われていた文学部への進学に際して)卒業後のことなど特に考えていませんでした。
大学に入学した頃、映画「インディ・ジョーンズ」が公開されましたが、古代史が好きだったので、それにも刺激されて学生時代は古代史の勉強などをしていました。古代文字などの授業もありましたよ。
今は人物に注目して歴史を楽しんでいますね。2023年の大河ドラマで徳川家康がテーマとなっていましたが、その影響で『城塞』を読みました。「やっぱり徳川家康はしたたかだな」と思いましたね。このように人の裏側を見るのがおもしろいです。

-卒業後は、就職してSEになられたのですね。
楠:最初はマスコミを目指していました。NHK広島放送局で大学3年~5年生まで報道カメラマンのアシスタントのアルバイトをしていて、仕事が面白かったのでいくつか受けてみましたが全部だめでした。
当時は「SEが100万人不足する」と言われていました。自分は元々数学に強かったのですが、いろいろな会社で受けた適性テストの結果がとてもよく、メーカーなどから内定をもらえました。その中でおもしろそうだなと思った日本ディジタルイクイップメント(現 日本HP)に入社し、SEとして働き始めました。
-仕事は楽しかったですか。
楠:プログラムを書いていたのは最初の3年ぐらいで、金融のAI担当でした。第2世代のAIですね。コンピューターが遅くてちゃんとワークしなかったですけど(笑)。
その後は、プロジェクトマネジメントやセールスのサポートといった、コンサルティング的な仕事に軸足が移りました。大手企業の資産運用システムの入れ替えプロジェクトを営業で獲得して、プロジェクトマネージャーとして入れ替えを実施する、といった流れですが、面白かったですね。
-その時の経験が、社長就任直後のトラブルを解決する時のベースになっているようですね。
楠:それはありますね。僕はSEでしたので、システムの障害が起きた際には、どこでどういう問題が起きているのか、だいたい見当がつきました。どのプログラムがうまく書けていなくて、システムがおかしくなっているかをベンダーに伝え、原因を究明、真因を明確にします。「源流主義」の考え方で、原因を徹底的に究明、課題を解決しながら問題を一つずつ解決していくことを4~5年繰り返していました。
-その後、シカゴ大学でMBAを取得されています。
楠:キャリアチェンジしようと思いました。システムの仕事をしている限りは、お客様のビジネスをサポートするシステムを運用するだけです。それではつまらない、自分でビジネスをやろうと、MBAを取るためにアメリカに渡りました。
当時はクリントン政権下で、ベンチャー企業が動き始めていました。ネットブーム先駆けのタイミングで、渡米した1年目にネットスケープが上場したような時期でした。見る間にアメリカのビジネスの景色が、がらりと変わりましたね。
私費で留学していたので、MBAを取得して帰国後はなんとかお金を稼ぐ必要があり、給料のいいコンサルタント会社に入りました。そこで2年ぐらい働いた時点で「虚業だな」と感じ、実業の世界を模索し始めます。
元々ベンチャーをやりたいと思っていたところに、新しいネット証券会社(DLJディレクトSFG証券)ができると知り、話を聞きに行きました。
そこにいたのが國重惇史さん(くにしげあつし:破天荒さでラストバンカーと異名を取った元住友銀行取締役、楽天証券の前身であるDLJディレクトSFG証券創業社長)。機関投資家のシステムについてなど1時間ぐらい話をしたところ、「明日からきてよ」と言われました。「明日は無理なんで1か月後にしてください」とお伝えしたのが1999年2~3月頃、会社が始まる前の話です。
会社は1999年3月に創業、2003年11月に楽天が買収して、私が社長に就任したのは2006年10月です。
-社長の仕事は、どんなことをするのでしょうか。
楠:取締役会など公式な経営会議への出席や、対外的なお付き合い。それから会社としての戦略を常日頃から考えて、どういう位置づけでどういう戦略で何をやっていくのかを幹部と議論して、年間計画を作成し、システムを作って実現し、マーケティングをかけていく。全体像をながめながら指示を出しながら実践する。
そういう仕事ですね。

-会社のかじ取りと対外的な顔、ということですね。仕事は楽しいですか。
楠:もう飽きました(笑)。
17年間も同じようなことをやっていますからね。毎日十数本のミーティングが入って、コロナ前は月に2回ぐらい海外に行っていました。必要な用事だけ済ませて帰ってきますので、アジアだと1泊2日とか2泊3日とかですね。観光はほとんどせず、空港とホテルとオフィスを行き来するだけ、そういう生活をずっとやってきました。
-自分でビジネスをやりたい、ベンチャー企業を立ち上げたい、という学生も少なからずいます。学生時代を含めてどういうことをしていたら夢が叶えられるでしょうか。
楠:ビジネスは世の中のニーズに応えないと成立しません。広く世の中を見ること、それから着眼点も大事ですが、着眼点があったとしてもそれを現実的にワークさせるところに落とし込む発想が、とても重要です。
それから、そこに踏み切れる度胸、やってみようというマインドを持てるかどうかで、スタートできるかどうかが決まると思います。
-楠さんの場合、私費で留学してMBAを取得されたのが、その度胸ですね。
楠:そうですね。じつは当時、円高でとても助かりました。留学したのは1994-1996年ですが、超がつく円高、留学の総費用は800万円で済んだんです。
当時1年間の学費が2万ドル強、今、同じビジネススクールに行くと、7万ドル、現在のレートで1,000万円かかることになります。当時はなんでも安く買うことができて、生活費も抑制できました。
-今までのキャリアや人間関係をリセットすることの怖さはなかったですか。
楠:あまりなかったですね。ビジネススクールに通う以外は、ずっと就職活動をしていましたが、「なんとかなる」という感じで、「食えなくなる」と心配することはなかったです。
若かったから踏ん切りがついたのだと思います。還暦近い年齢になると、「どうしよう」とか、「疲れちゃうしな」と考えるようになってしまいます。
年齢的には30代前半ぐらいまでは十分いけるんじゃないでしょうか。ただし、私は今でも、この会社をクビになったら、何か別のことをやろうと思っていますけどね。
あとは、着眼点が大事だと思います。
今のベンチャーや若い人たちは、社会的に役に立ちたいとか、人の助けになりたい、という、我々世代から見ると「そんなことで商売になるの?」というところに着眼し、成功している人たちが結構いて、そこに共感する人たちが集まってくる、ということが起きています。
そこは、僕の世代とは全然違っていて、僕らはもっとドロドロしたところで、お金を儲ける方法を考えていました。
-その点では、確かに今どきの起業は、きれいごとを並べているものが多いように感じてしまいます。
楠:半年、一年ぐらいでうまくいかなくなるものも多いでしょう。重要なのは、そこで根性を発揮できるか、です。本当にビジネスにするために、頭を下げて営業して回って道筋をつけるとか、稼げる方向に軸足を切れるようなアイデアや行動力があるかとか、そういうところだと思います。
着眼点が違うだけで、今も昔もお金を儲けるというのは同じことなので、先のステージに上がるには必ず苦労があります。若いうちなら体力もあるので、苦労してでもやれるはずです。頭のキレも若いうちの方があるでしょうね。