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訪問日
2025年7月23日
センパイ
仁科 勝介 (ニシナ カツスケ)氏
2020年 経済学部卒業
写真家

写真家 仁科勝介
倉敷市生まれ。学生時代にバイクで日本の全1741市町村を巡り、そこで撮りだめた写真とエッセーを綴った『ふるさとの手帖』(KADOKAWA)を2020年に出版。これをきっかけに写真家として独立したのだが、再び、平成の大合併前の旧市町村を巡りなおす旅を始めて2025年に完結した。


-4月下旬に「平成の大合併前の旧市町村」と「政令指定都市の区」を全て巡るというミッションを終えられたところですね。
仁科:じつはミッション終了予定日から中3日でイギリスに語学留学に出発することになっていたので、すぐには旅の報告を終えられなかったのですが、先日ひととおり終えさせていただきました。
-なぜそんなスケジュールでイギリスへ?
仁科:直感で「この学校に行きたいな」と思っていました。提示されている中に行けそうな日程がありましたが、旅にかかる日数を計算すると本当にギリギリ。がんばれば間に合う、という状態が、3~4ヶ月続きました。
オリンピックの水泳競技中、画面上に世界記録ラインが出ていますよね。あれを3~4ヶ月ずっと追いかけていて、おいていかれたらもう無理になるから、その記録に食らいついていく感じで、中3日に間に合った感じです(笑)。
-旅の相棒は前回と同じバイクですか。
仁科:前回と同じ110ccのスーパーカブ、ホンダのCT110です。メーターが一周して走行距離は10万1600キロになりました。旅先でいろんなバイク屋さんに見てもらい、オーバーホールしながらでしたが、ものすごくがんばって走ってくれました。
その子は実家(倉敷市)に置いてありますが、もうさすがに今回の旅で引退かなと思っています。
-今回の旅はどれくらいの時間がかかりましたか。また、収入はどうしていたんでしょうか。
仁科:2年と1ヶ月で、だいたい想定の範疇に収まりました。
収入は記事を書いたり、写真を提供するなどで確保していました。旅に関係していることが多かったのですが、旅の前からお話をいただいていた雑誌の撮影や結婚式の撮影もありました。
そうした撮影の現場へは旅先から行くことになるのですが、バイクを安全に置くところを探すこと、その地点からどうやって現地にいくかの調整がとても難しかったです。
たとえば山奥からは現場に向かえませんから、前日にバイクを置けそうな駅前まで行けるルートを探す必要があって、それが旅の全体の行程に関わってきます。
このバイクが問題で、ネット上でもGoogleマップでも停める場所が見つからないことが多くありました。市役所に行ったことも、電話したこともありますし、「日本一周してるんですけれど、1週間ほどいないので、よかったら盗らないでください」と置き手紙をしてバイクを置いていったこともあります。鹿児島空港に停めて東京に飛行機で来たこともありますし、とにかく毎回セーブポイントを探すのがすごくハードでした。
どうしても困った時には、地域出身の方に相談して、知り合いの高齢夫婦の倉庫の中に入れさせてもらったこともあります。また、結婚式の撮影の時は、スーツやカメラの予備機を取りに実家に帰る必要があったり、実家から送ってもらったり、とにかく毎回パターンが違いました。
その際、単に旅を中断すればいいというわけではなく、どういうルートで、どの交通手段を使うのかということが重要です。
徳島から名古屋に行く場合、列車で瀬戸大橋を渡るんじゃなくて、いろんな年代の方が当たり前のようにバスで明石海峡を通って神戸の方にまず行くんです。それが地元の人たちが普段使っているルートで、リアルな生活のスタイルです。自分で行ったからこそ知ることができたことです。

-機材はどれくらい持っていたのですか。
仁科:最初はデジタル3台、フィルム1台ぐらいでしたが、フィルムカメラは大きくて腰が痛くなるし、最終的にはデジタル2台に減らしました。レンズは、使ってみて「やっぱり違うな」と思うようになることがあり、旅の最中に売ったり買ったりを繰り返していました。まだまだ試行錯誤ですね。
-データの編集は旅の途中でやるのですか。
仁科: 9割ぐらいまでは、その日に編集して、その日にブログを更新していました。旅が続いていくので、一度遅れるとどんどん遅れて回収できなくなってしまいます。
一つの街を移動込みで80分、1日6ヵ所回るので480分、つまり8時間が移動時間です。ブログの更新が、写真の編集含めて3~4時間。月に20本くらい記事を書いていたので、その仕事があれば朝2時間。あとは明日、明後日どこを訪れるかを考え始めたら、1時間なんて簡単に溶けてしまいます。
お風呂に入ってご飯を食べて寝ると、24時間完全に埋まってしまうので、トライアンドエラーしながら、いかに自分を規律してうまく収めるか、で頭がいっぱいでした。
-天候に左右されませんでしたか。
仁科:一番難しかったのは雪ですね。冬のシーズンにはできるだけ雪が降らないエリアを組んだのですが、愛知県豊田市のちょっと山の方で、12月初旬にけがをしてしまいます。一気に雪が降り始めて、20分ぐらいであたり一面が真っ白になり、まだいけると思ったのですが、抜け出せなくなりました。そこで転倒し、足にヒビが入ってしまいました。
市町村一周の時よりも、旧市町村一周だとより山間部が多くて、例えば和歌山県でも沿岸部ではなく、ものすごい山の中に行かなきゃいけない場所があります。今回の旅では1月から3月頃で雪のシーズンと重なってしまい、雪をいかにクリアするかを、天気予報とずーっとにらめっこして、紙一重で完全に切り抜けることができました(笑)。
今回は奈良、三重、和歌山、愛知、大阪、京都、岡山、広島、あと四国、全部雪と出会っています。事前にライブカメラで確認すると雪が積もってくるのが分かるんですが、イギリス出発まで中3日の状態ですから、何が何でもクリアしなきゃいけないわけで、厳しいわけです。

-足にひびが入った時は、旅はどうしたのですか。
仁科:当初の数日間はそのまま旅を続けていて、福岡で結婚式にも参列しました。「これは捻挫かなんかで、じきに治るんじゃないかな」と願っていたら、意外と治らなくて。嫌な予感がしているタイミングでインフルエンザにかかり、医者にかかったら、ひびが入っていることが分かり、そのままギプスになりました。
実家にいたタイミングだったので、1ヶ月間くらい療養にとられてしまいました。
-1ヶ月を取り戻さないといけなくなったんですね。
仁科:最初は諦めていたんですが、年明けに語学学校の日程が、予定より3週間遅くなったのです。
怪我は全治1ヶ月で、語学学校の開講は3週間遅れ。その日程で計算し直すと、これまでの1ヶ月80から100ぐらい街を巡っていたペースを、1ヶ月150に増やし3~4ヶ月続ければ間に合うことが分かりました。いくつか決まっていた仕事をこなしつつ、とにかく休まずに、雪とかも避けながら行けば間に合うかもしれない、その「かもしれない」があるんだったら、とやってみた結果、ギリギリなんとかかんとか中3日で旅を終えることができたんです。

-宿泊場所がみつからない時はなかったですか。
仁科:宿泊は、序盤はネットカフェや安いゲストハウスが多かったのですが、後半になるにつれてだんだんしんどくなってきて、安いビジネスホテルや民宿、ペンションにも泊まりました。
旧市町村だと、小さな街が多いですからネットカフェもなく、宿を取らざるを得なくなり、宿泊費は前回とは比べ物にならないぐらいかかっています。
青森を回ったときは、ねぶたの時期に重なりました。青森にもネットカフェはあるのですが、「ネットカフェに泊まればいける」と思っている人たちがいっぱいいるんです。初日はなんとか泊まりましたが、僕が泊まれば誰かが溢れるのでかわいそうだなと思って、その時は「1回ぐらい野宿やっとこうかな」と、河川敷で芝生の上に寝っ転がって夜を明かしました。
夜は花火をしている人の声で目が覚めたり、朝は体がこんなにベタベタになるんだな、などと知りましたね。
-雨の時は休むんですか。
仁科:休む時もありますが、例えば1週間後に仕事がある場合は、前日にここまで行きたいというルートがあるので、休めないんです。そういう時は土砂降りでも進めるだけ進むという感じです。完全な線状降水帯に出会った時もあって、かろうじて建物の中にいましたが、10メーター先のカブすら見えませんでした。
-旅の最後はどちらで迎えたのですか。
仁科:奄美大島です。沖縄本島が残っていたので、沖縄本島から飛行機で奄美大島に飛んで終わりました。
最終的に政令指定都市の区も含めて2,276カ所になりました。
-旅が終わった時、どう思いましたか。
仁科:「なんとか終わったなー」って感じですね。しかし、3日後のフライトが迫っていたので、「こっからまずどうするよ」ってことが先に立ちまして。

-今後はどうされるのですか。
仁科:チャンスがあれば、海外で写真を勉強したいと思っています。
日本も含めてニューヨーク、ロンドン、イタリア、ドイツ、スイスなど学校はいろいろありますが、行きたいと思っているのはフランスの学校です。生徒さんもレベルが高く、自信をなくすぐらいです。
市町村、旧市町村も含めて、幅広く回らせてもらったのですが、写真を軸に活動したいと思う中で、技術も含めてまだ力が必要だなと感じています。
東京をもう一度軸にしてしまうと、自分の行動が、おそらく東京から地方、地方から東京となっていく。でも自分が東京を軸にしてしまうのは、どこか示しがつかないような気がしています。東京以外でもちゃんと食べていくための力をつけておきたいというのが、外で勉強したいと思い始めたきっかけです。
-その場所の空気を吸った人間は、その場所の色が出ますよね。具体的にはどんな力をつけたいと思われているのですか。
仁科:相手が撮ってもらいたいものがあって、それに自分がどこまで対応できるか、さらに、より満足してもらえるものを撮れるか、ということです。写真の技術も必要ですが、旅をしていて、「もっとうまかったら、もっと貢献できるかもしれないのに」という思いが沸々と込み上げてくることがありました。ずっと独学でこれまでやってきましたが、今ぐらいじゃないと学ぶことが難しくなっていくかな、というのもあります。
勉強したいことは、表面上は技術ですが、大事なものは、相手との関係性や、小手先ではない何かがとても大きいと思っています。
早く落ち着きたいとは思っているのですが(笑)。


写真提供 仁科勝介氏
・2018年学生時代の仁科さんが東京オフィスで話してくださった際の記事もあります。
ぜひご覧ください。
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