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訪問日
2025年11月06日
センパイ
村田 吉廣(ムラタ ヨシヒロ)氏
1986年 文学部卒業
テレビマンユニオン エグゼクティブディレクター プロデューサー
-これまでどんな経験をしてきたのでしょうか
村田:入社してすぐ「アメリカ横断ウルトラクイズ」(日本テレビ系列 1977-1998年)やスタート直後の「日立 世界ふしぎ発見!」(TBS系列 1986-2024年)に関わりました。並行して文化芸術ものとか動物ものとかの海外取材特番も数多く。出版と連動した特番でアルビン・トフラーの「パワーシフト」や、グラハム・ハンコックの「神々の指紋」も手がけたのですが、「神々の指紋」ではニューヨークフェスティバルやコロンバス国際フィルム&ビデオフェスティバルで賞をいただいています。こうした中で、この世界で生きていけるなっていう確信が生まれ、自分の企画だけで仕事を回せるようになったのが30代の終わりくらい、ですね。
それで40代は、ビートたけしさんとかイチローさん、黒柳徹子さん、山口智子さん、天海祐希さん、織田裕二さんら、挙げたらきりがないのですが、そういう表現者として「偉大な」出演者との仕事を通して、文化的な大型スペシャルを作ることで食っていこう、それだけやりたい、となっていきました。
-この仕事ってどんなところで苦労があったんですか。
村田:綺麗事を言うようだけど、作るということがあまりに幸せで楽しすぎました。もちろん、苦労やトラブルは色々ありますよ。多くの人が力を合わせて作るものなので、気持ちのぶつかり合いとか、喧嘩とか、もちろんあります。危険も。
セーヌ川で1900年のパリ五輪の水泳競技をテーマにロケした時、泳いでくれる人がいなくて僕が泳いだのですが、虹彩炎っていって、目の絞りを担う角膜が炎症を起こして張り付いちゃって目が見えなくなっちゃって、何ヶ月か眼球注射を打ちながら回復を待ったこととか。海外ロケ中に車が横転してけがで一年ぐらい休んじゃう同僚もいましたし。
予算がないとか、ロケ先に機材が届かないとか、スタッフが遅れたりとか細かいことを挙げたらきりがないですけど、でも、作ることがあまり楽しかったら、忘れちゃうんです。その意味では、自分の思いや企画を形にできず楽しめない人にとっては、こんなに苦しい業界はない。特に近年はものすごく予算が減って、ギャラも30年そんなに変わっていないので、なおさらです。
-小さな苦労って、些事なわけですよね。
村田:サハラ砂漠で駱駝150頭の大キャラバンに遭遇したとか、ダライラマに密着して2週間過ごしたとか、ルーブルや大英博、メトロポリタン美術館を隅々丸ごと撮ったとか、出演者やロケスタッフと番組作りで濃密な旅をして同じ時を過ごした、そのリアルな世界の中で、自分がやりたいこととか会いたい人に誰とでも会えるという仕事を与えられた時、大概の苦労なんてみんな消え去りますよ。
モノを作ることの喜びに勝るものってないじゃないですか。アクシデントもアクシデントで楽しめるっていうか。だからこそ演出家は、夢と情熱を持つ人間、ポジティブな人間じゃなきゃダメだと思うんです。
しかし、リーマンショック以降、テレビは徐々に衰退し、特にコロナ以後は制作環境が大きく変わってしまいました。今テレビにやってくる若い世代は元々パスポートすら持ってないんです。
もはやSF的な社会というか、リアルじゃなくてもいいという感覚が生まれていて、個人的な欲望とかそういうものを満たすものまでも、ほとんど全てのものは仮想化しつつあります。AIで自動生成されることは、体験がなくてもできるわけですし、引用で済んでしまう。コタツから世界を覗いて十分な感じのメディアが発達してしまっているのですよね。だって今、テレビには本格的な海外取材番組なんてないです。海外の映像、個人のSNS映像の買い付けばっかり。加えて、リモートという手段が広まって、それで取材が済んでしまう。
リアルに対する異常な渇望があって、こだわった世代としては僕らが最後かもしれません。でも、最近の大ヒットした映画「国宝」とかがそうですが、作家が何年もかけて何百年か続いている伝統がある歌舞伎の世界に飛び込み経験したから生まれたものです。リアルな体験と激しい情熱がないと強力なコンテンツは生まれないんです。
ランボーやドラクロワがアフリカに、キップリングやビートルズがインドに行き、ヘミングウェイやキャパが西部戦線に参加したからこそ、優れた作品が生まれたように、テレビを含めて芸術というものは、社会とか世界に直に人間が対面してこそ生まれるものだと信じています。体験があってこそ世界を表現できる、表現者が大切にすべきことです。
リアルを突き詰めることができる人が表現に結びついた時に、何か素晴らしいものを創造できるはずで、それがなくなる危機感を強く持っています。
「世界ふしぎ発見」という番組は、始まった時から、普通の女の子たちが旅をした時に出会う感動みたいなものを撮ろうというコンセプトだったので、自分が学生時代にバイクの後ろにガールフレンドを乗っけて、どっか行って写真撮ったりして、旅して回るのと同じ状況だなって、思ったことがあります。そしてそれを編集の時に、これまで触れてきた文学作品のリリックや音楽のビートと共に映像の中に織り込んでいく。自分で過去吸収してきた素敵なものが作品に反映されて、世界に再び戻っていく感覚によくなります。
在学中、仏文科の杉山毅教授は、サンテグジュペリを情熱的に愛するとても素敵な研究者でしたけど、入ってすぐ「君たちが学ぶ学問は、虚学だから。虚学っていうのは世の中のためには君たちが社会に出てもすぐには役に立たない」と言われたことがものすごく心に残っています。
でも僕は、さまざまな体験をすれば、役に立つことは絶対あるはずだと信じていました。そして、たくさん本を読んできたこととか、映画や美術に触れてきたこととか、そうした学びが、社会人になってメディアの世界に飛び込んでからは、こんなに役に立つのか!とよく思ったものです。
文系の学生は、今後AI時代の世界でものすごく可能性があると思っています。
-特にどんなものが役に立ったのでしょう。
村田:ランボーが何もない砂漠の街に入って行って、マルローがカンボジアの川を遡って、そこでその体験を描いていくっていう世界がまさに、自分が手掛けてきた「世界ふしぎ発見!」や特番の海外ロケだったりするわけですよ。
それから20世紀半ばに爆発したSF作品とか、今振り返るとすごいですよね。
現在の世界では、本当の意味でのサイエンスフィクションってなくなっています。SFは、現実社会になってしまったからです。
フランク・ハーバートの「砂の惑星」とか、アーシュラ・K・ル=グウィンとかウィリアム・ギブソンとかに青年期同時代的に衝撃を受けた世代ですが、彼らが描いた世界は、産業革命の次の人類史的な革命ってどこで起きるのか、現在のコンピューターの時代が来て、そのコンピューターの時代の後に起こることまでも、予言していたわけです。
現在隆盛している仮想世界や異世界もののゲームやラノベ作品、テレビや映画の映像作品などをもう誰もSFとは呼びません。それが社会生活にすでに氾濫し普遍化しているからです。
SFは、ある意味未来を予見する歴史学だったとも思えます。
-学んできたもの、経験してきたことがすべて広角に広がってアンテナになっている。
村田:メディア業界、映像制作は特にそうで、うまく物語れて予算内に収められさえすれば、表現者は無限に映像を撮れる。
虚学は実学に転換するんだということを、社会で実証できた幸せな例かもしれません。
ただ、リアルの体験がいつか必要にならなくなる恐ろしい未来もあるんじゃないかとSF作家や歴史家が考えていたことが、半世紀後の今やってきています。僕の子供たちなんかテレビをリアルでは絶対見ないし、タイムシフトすら面倒でSNSでの切り抜きで十分。そのうち、AIが自動生成して、自分たち個別に欲望を満たすような映像システムとかが、そのうち2、30年くらいで出てきてしまうような気がするんですね。
-もうすでに出てきつつ、ありますよね。
村田:最近見たニュースで驚いたのは、近年ノーベル賞を取ったAIの科学者、ジェフリー・ヒントンとか、経済学者など英米の研究者、政治家、文化人が数百人が共同で、AIが人間の知能を超える超知能と呼ばれるものの生成や研究をストップしましょうという運動が起きている。
超知能をAIが持った時に何が起きるかというと、自分で自分のコードを書き換えるAIが誕生した時に人間は不要になるんですよ。これはね、仕事を奪われるとかそんなレベルじゃなくて、例えば地球環境が残るためだということが目的になっちゃった場合は、超知能からすると、人間は敵になってしまうわけです。
AIが出てきて、みんな手軽になってなんか非常に面白くて、いいところもいっぱいあるんだけど、恐ろしい未来も見えてきたような気がしています。
だから、ハインラインとかハーバードとか、キューブリックとか、コンピューター時代のみならずコンピューターが滅んだ後の時代までを描こうとした表現者たちは凄かった。そういう人類の未来を大局で予見するSFという、今では消えた文学ジャンルがあった、そのおかげで僕らの時代ではエコロジーとか、ホールアース的な考え方、地球をひとつの生命体として見る考え方が生まれて。同時に、現実世界を荒々しく旅して肉体的に体験していくケルアックとかのビート文学や戦後の実存主義文学があって。そういうものがないまぜとなって僕らの世代の表現者を育てたんだなと。
-リアルな体験を映像化する際に、どんなことに気を配っていますか。
村田:旅をともにする人たち、特に画面に登場する人と過ごす時間をすごく大事にしています。現場で常に友達でいるというか。じつは放送には一切入らないのですが、現場では僕は常にものすごく喋ってるわけです。出演者は、旅に行って、例えば絵を見たり、旅先で遺跡を見たりします。その時に自分が話せる相手となって、その人たちの人生を豊かにする出会いと発見がある旅をする。そうすれば、みんな次もまた行きたいと思うだろうし、本当の言葉を引き出すことができますね。
-たとえは乱暴な言い方ですけど、ツアコンみたいなもんですね。
村田:ツアコンですよ、まさに。過去優れた作家たちとかがやってきたことって、みんなツアコンじゃないですか。ヘミングウェイの「陽はまた昇る」を読んだことで、みんなスペインに闘牛を見に行った。ストーンズのブライアン・ジョーンズがモロッコの民族音楽に心酔していたから、多くの若者がマラケシュに行って踊ってやろうと思ったわけです。クリエイターというものは新しい世界を見せる人だから、素晴らしい体験を、まず自分で仲間たちを募ってしに行こう!っていうことがテレビメディアにとっては、ものすごく大事なことですね。
-そこでは虚学が役に立つわけですよね。
村田:もちろん!そして裏側では継続していつも勉強や努力をしつつです。今も学生時代と変わらず事前に関連する本や資料をすさまじく読みますよ。その上で、現場では、いい加減に自然な感じで話をする。
それは先輩や同僚たちも同じで、みんなものすごく勉強した上で、撮影に入ります。最終的に表現できるものは、数%しかないかもしれないけど、逆にそれがあるからインプロビゼーション的に取捨選択ができて、濃密に素敵な唯一の映像ができるのです。
現場に立ち会った人が素晴らしい体験をして興奮したり、感動したりするものでなければ、不特定多数の誰かに届くはずもありません。
特に僕はロケでは、一緒にいる皆が忘れられない時間にしようっていう欲望が、ずっとすごく強かった。一生忘れられない旅にできれば、出来上がったものは結果として、いいものになって当たり前だと、そういう結果を目指している。だから、この世界で生き延びられてきたのだと思います。
表現の世界に憧れる若い人たちに強く言いたいのは、コンテンツを作る人間は絶対に滅びない、ということです。表現すること、表現を求め楽しむことが、どんな時代でも人間の特質で価値だからです。
-虚学を役に立つと意識するためには、どうしたらいいのでしょう
村田:先日番組収録時に、現在の日本の大学のあり方について、青柳正規東京大学名誉教授(元文化庁長官)や、ヤマザキマリさんらと話し合う機会がありました。、実学重視の数十年を経て急激なAIブームが到来した今、大学の役割はどうなるのか?
このところの教養ブームといわれる風潮の中で、歴史とか哲学とか、いわゆるリベラルアーツというものが、浮上してきています。文系が学ぶ人間の役割とか価値を考える、リベラルアーツ、ラテン語で言うと“artes liberales”(自由市民のための学問)が再評価されつつあるということです。
青柳先生は、過去の歴史の中に人間が歩んできた考え方とか、対処の仕方とか、その中に必ずヒントがある。自分がいまどういう位置にいて、どういうことになっているのか、これからどう生きていくのかということを考えるときに、過去の歴史や文化を振り返ることがものすごく大事だ、っていうことをおっしゃって。
AI技術がこれだけ進化した時代になると、逆に、歴史とか文学、リアルな異文化体験っていうのは、これから最も役に立つ学問になる。ヤマザキマリさんも力説されていました。
この20年ぐらい文系学科は特に実学を徹底して志向してきたんだけど、それよりも、その答えが簡単に出ない問いに対して考えられる能力とか、ディベートできたりとか、あるいは昔の過去の知恵から自分が引用できる能力とか、そういうものが本当に大事になってきているんじゃないでしょうか。歴史、哲学、美術とか音楽とか、文化芸術、そういう、いわゆる人間にしか味わえない喜びや叡智こそが本当にこれから重要になってくる時代になるんだと。
でも、その青柳先生ですら、30年もナポリ近郊で、ローマ皇帝アウグストゥスの別荘を東大隊を率いて発掘しているのですが、打ち切られる可能性があるというんです。発見の可能性は非常に高いのに。文化や教育にお金をかけられなくなってしまっている日本の文化学術の現状がある。
数年前に上野の科学博物館がクラウドファンディングやった時に、みんな唖然としましたよね。いまどの大学でも文化施設でもそういうことが起きています。すごく価値のある仕事をしているのに、クラウドファンディングに頼らないと研究や教育ができないなんていうのは国家として恥ずべき事だと思います。
今学校で学んでいる人たちは、何か実学を専門で突き詰めていくのは勿論大切なことなんだけど、実は一般教養こそ大学で得られる本当に素晴らしい学びなのだということに気がついて欲しい。
僕も一般教養課程で他学部のすばらしい先生たちの考えや思いを聞くことが、とても楽しく、後の人生のための素晴らしい経験になりました。
ちょっと関係なさそうに思える、ちょっと遠いものの知識が、自分がリーダーになったり、責任を持ったりした時に、時代の変化の中で決断が要求されるときに、どれほど自分を助けてくれることかと思いますよね。
【前編】はこちらから↓
クリエイターとして世界を発見し続ける(前編) バイクで全国を旅していた文学青年がテレビの世界にたどりつくまで

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