【語学を学んで変えた人生】家ごもり教養課程 体験的語学学習編 その2

語学編第二弾は、人生の転機に語学と向かい合ったガチの体験談が集まりました。とことん突き詰めれば、なにかと道が拓けることがわかります。

中国語、英語、ポルトガル語

目標:
中国語:ゼロ→HSK6級(2か月)
TOEIC750→900点越え(半年)
ポルトガル語(生活と仕事のため)

勉強方法:
【中国語】
留学(北京語言学院)
午前中は4時間授業、午後は家庭教師や中国語を使ってコミュニケーション可能な友人との生活。日本人の友人の中にあえて2-3人韓国人を入れて中国語で会話するとか。そして夜も飲みに行って中国語を使用する。

【英語】
DMMオンライン授業を毎日1時間。TOEICの問題集を2冊、間違えたところを中心に4-5回。

【ポルトガル語】
個人レッスンを週5日 7時から9時。社有車のドライバーとの予習・復習。フットサル、ゴルフ、飲みの場でブラジル人と積極的に交流。

総勉強時間:
【中国語】
200時間の授業+200時間の独学、200時間のプライベートの会話

【英語】
400時間(?)

【ポルトガル語】400時間弱

苦労した点:
一番大切なのに一番苦労しているのは英語。よく音域が違うと言われていますが、英語のヒアリングは一生かかってもマスターできないのではと思っています。TOEIC900越えてもCNNは理解できず、スコットランドとテキサスの訛りもお手上げです。

なぜ勉強しようと思ったか:
【中国語】
この言語で一勝負してやろうと思ったため。人口多いし、勉強し始めた当時(1996年)はあまり中国語を話すことができる日本人が少なかった。

【英語】
そして、英語が全てだと気づく。

【ポルトガル語】
生活と仕事のため、リオデジャネイロに駐在した初日に英語の商談は認めないと最重要顧客に言われ、青ざめたところから心機一転本気で勉強する。

何に活かせるか、活かせているか:
・恐らく自分がコミュニケーションできない人間はほとんどいないと思われる。つまり、どこにでも普通に旅行に行けるし現地の方とも楽しくおしゃべりができる。
・街で聞こえてくる外国人の会話が聞き取れるときがある。
・ブラジル人サッカー選手と仲良くなれる。 元鹿島のアルシンドとはリオデジャネイロでポルトガル語で交流した。

コメント:
語学はやはり現地で生活するのが一番早い。ある人に日本で勉強するのに比べて8倍早く習得できると言われたが、肌感覚として強ち大げさな数字ではないと思っています。
そして、若ければ若いほどインプットしやすく忘れにくい。

よって、机にしがみついてダラダラ勉強するのは効率悪く、借金してでも留学することをお勧めします。
最近はネットで海外の方と授業ができるサービスも出てきているのでそれも使う。
ネットで友達見つけてダラダラとZOOM飲みするとか、同じ趣味を持つ外国人とコミュニティを作ることができれば最高です。

悪夢でも良いので勉強している語学で夢を見るレベルまで追い込むことができればエクセレント。寝ている時も予習復習ができます。

(北島安規 法学部1999年卒)

韓国語(標準語・釜山方言)

目標:
旅行で困らない程度の語学力 (現在ハングル検定準2級・韓国語能力試験6級)

勉強方法:
独学(NHKハングル講座・ハングル検定や韓国語能力試験の過去問集・韓国語学習関連YouTube動画・『楽しい韓国語の方言ワールド 話してみよう! 釜山語(プサンマル)』 金世一・白尚憙、HANA(インプレス)、2013年)

マークシート形式の試験勉強を会話力につなげるために、勉強時間の半分以上を音読に費やす。
韓流ドラマを見まくり、聞き取れたセリフはその場で声に出し、ドラマの日本語字幕をセリフを言われるよりも早く韓訳し、K-POPを聞きまくり歌いまくる。
大好きなK-POPアーティストとの妄想デート中は韓国語で話す。
標準語(ソウルマル)がわかるようになってから方言ワールドへ。

総勉強時間:
だらだら勉強10年程度

苦労した点:
最初は記号にしか見えなかったハングル文字。
表音文字だといいつつ、表記通りではない発音(変化)。

なぜ勉強しようと思ったか:
大好きなK-POPアーティストが母国語でのびのびと歌う曲の歌詞を理解したくて。自分の稼ぎで何度も訪れることができる外国は韓国ということもあって。

何に活かせるか、活かせているか:
メニューに日本語がなくても、ホテルの部屋が暑すぎても、地下鉄路線を聞かれても、空港の保安検査で引っかかっても、なんとかできる程度にはなった。高速バスと路線バスを乗り継ぐ事でしかアクセスできないような場所にも、自力で行けるようになったことで、旅行の目的地が増え、現地で最新映画も楽しめるようになった。
日本国内でも、道に迷う韓国人旅行者を助けたり、居酒屋でたまたま隣に座った韓国人と盛り上がることも。

(匿名希望 1999年文学部卒)

英語(1)

勉強期間:
43年?! いや10年かな!

目標:
英語で発信しよう➝人生を楽しむ

勉強方法:
独学

なぜ勉強しようと思ったか:
Facebookデビューとほぼ同じ頃(2011年),アメリカ人の友人から,「日本語が読めない。英語で書けないのか?!」とメッセージをもらい,「英語で書くしかない」と思いやり始めた。

苦労した点:
最初は「伝えれば良い」と思っていたので,下手な英語を書きなぐっていました。英語の堪能な人から「その表現,おかしいよ」とFB上で書かれることもしばしば。そのときは,結構,参りました。とはいえ,語学は恥を忍んで実践するしかありません。我慢,我慢で続けてきました。

どうやって時間を作ったか:
通勤時間が往復で3時間。以前は,新聞を読んでいました。Facebookデビューしてから,行きの1時間弱を書く時間にしました。

最初は,書き直しせず。記録だと思っていたからです。しかし,ある時から,良い表現が見つかれば,良い表現に書き直すことにしました。間違った表現をしないために,書く文章はシンプルを心掛けています。

書くテーマが決まれば,毎日,ネタは出てきます。そうすると,日本語ではよく使うのに意外と知らない単語に出会います。そういう場合,辞書ですぐに調べず,代用できるものを探します。例えば,塾(cram school)であれば,「放課後に行く学校」みたいに・・。電車で辞書を持ち歩けないので,スマホの翻訳辞書は重宝します。ただし,一単語しか出てこないので,違うなと思った場合は,幾つかの翻訳辞書に当たり,無難な表現にします。こんなことをしていると,すぐに1時間が経ちます。

そして,夜,寝る前に,外国映画をちょっと鑑賞するようにしています。通勤で書いているので,日常会話程度であれば,すっと入ってきます。分からない表現があれば,手元に置いてある Oxford Learner's Pocket Dictionary で調べます。この辞書は,普通の英和辞書よりも,便利です。

何に活かせるか,活かせているか:
大学で社会科の教員養成をしています。実は,社会科にとって,映画は,重要な教材となります。例えば,「平等」をただ字面で教えても,生徒には響きません。ただし,今の学校制度ではなかなか授業では取り上げることができません。時間が無いからです。

前述した外国映画の鑑賞は,実は,現在,高3の娘の要望で2年前から始まりました。最初は,スターウォーズやアヴェンジャーズなどの娯楽作品でした。語学の勉強も兼ねてということだったのですが,社会の勉強も含み込ませ,徐々に社会派の作品も観るようになりました。娯楽➝社会派➝娯楽➝社会派・・・。

例えば,「招かれざる客」1967年,「グローリー 明日への行進」2009年,「ザ・ヘルプ」2011年,「42 世界を変えた男」2013年,「グリーンブック」2018年などを視聴すると,「平等」の勉強になります。娘に感想を聞いていませんが,何かが伝わったと思います。私自身は,原作がどうなっているのかも気になり,キャスリン・スケット「ザ・ヘルプ 心がつなぐストーリー」集英社,2012年を読みました。「グローリー」も興味があったのですが,原作がなく,辻内鏡人,中條献「キング牧師」岩波ジュニア新書,1993年を読みました。

一方,原作から,映画に向かったものもあります。Charles Dickens,"Oxford Bookworms Library 4  Tale of Two Cities 3/E",2009を読み,「The Tale of two cites(二都物語)」1935年を視聴しました。フランス革命前後の英仏の様子を伝え,「正義」「自由」を考える上で,勉強になりました。「イギリス文学だから,社会科には関係ない」と,これまで相手にしていませんでした。が,チャールズ・ディケンズ「二都物語」新潮文庫,2014年の後書きから,ディケンズが社会問題に関心を持っていたことがわかりました。それからは彼の作品を読んだり,観たりすることが楽しみとなりました。「オリバー」1968年は最初に視聴し,後日「オリバー・ツイスト」新潮文庫,2017年を読みました。1800年代前半のイギリスの様子が目に浮かぶようでした。

「英語で発信しよう」が,結局,「人生を楽しむ」になっています。コロナ禍で,多くの人がステイホームをしています。皆が,豊かな人生を歩んでいける一助になればと思います。

(岡明秀忠 1988年教育学部卒、1993年大学院教育学研究科博士課程後期単位取得満期退学)

英語(2)

目標:
円滑に仕事ができるレベル(社内会議、顧客打ち合わせ、1対1の電話、電話会議、Web会議、等)

勉強方法:
米国への長期出張

総勉強時間:
1年半

苦労した点:
広大を出て日本企業の研究所で3年働いた後、米国半導体メーカの日本法人に転職しました。英語がとても苦手で、でも本社の研究所で働いてみたくて、研究所への長期出張を希望し、強引に押し通しました。会社に行けば誰も日本語を話せる人がいませんでしたし、2歳と0歳の子供たちを連れて行ったので、お医者さんとのコミュニケーションも専門用語が多くとても苦労しました。

なぜ勉強しようと思ったか:
勉強しないと仕事も生活もできなかったから。

何に活かせるか、活かせているか:
1994年にTOEIC725点で、それ以来試験は受けませんでした。日常の仕事のみです。経験上、英語ができれば世界中どこに行っても半導体のビジネスで困ることはありませんでした。母国語は生活そのものですが、外国語は「それに載せて何を語るか」というツールだと思います。ツールに載せて語るべき「何か」を持っていることが大切だと思います。若い時に米国人の社会に飛び込んだことは、何ものにも代えがたい貴重な経験でした。

(江本知正 1978年理学研究科修了)

ベトナム語、タイ語

目標:
ベトナム政府での長期滞在の私生活を楽しむため。タイの工場現場で簡単な日常会話ができることや運転手とのやり取りができるようにするため。

勉強方法:
今は無くなっているようですが、1997年頃にベトナムに興味が出てきて、日本ベトナム友好協会神奈川支部に入会。そこでベトナム語会話を習い始めたのがきっかけ。偶然のチャンスに恵まれ、2000年からJICAの長期技術専門家として、ホーチミンの計画投資局で中小企業振興支援で派遣される。そこで暇な時間に、ベトナムの若い女性に個人レッスンを1年間続けた。それ以外語学テープを購入し、ブラッシュアップ。

タイ語は、ベルリッツで3か月個人レッスンを受け、後は現地で実践。

総勉強時間:
上述の通り。今でもNHKベトナム語ニュースやタイ語ニュースを聴いたり、旅の指差しベトナム語会話を見たり、アセアンセンター主催で、ベトナムの要人を招いた時に参加することで、勉強を続けている。

苦労した点:
ベトナム語もタイ語も、発音が中国語より難しく、相手に理解されないことが多いこと。タイ語は書くのに大変苦労する。

なぜ勉強しようと思ったか:
現地での滞在が長ければ、現地語をしゃべれないとコミュニケーションがうまくいかず、また日常の現地での生活費が高くつくため。

何に活かせるか、活かせているか:
現地での仕事面、生活面、旅行、趣味など。

(小谷泰三 1962年工学部工業経営学科卒)

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