『男性育休の困難』を読んで

齋藤早苗さんの「男性育休の困難」という本を読んだ。
たまたま図書館で目に止まって、トピックとして興味があったのはもちろん、私が大学の頃専攻していて、私自身が心から興味のある社会心理学の分野のトピックだったからだ。

本の最後の類似本紹介ページでは、大学の頃の研究室の教授が書いた本も紹介されていたので、「先生!」と感動した。
大学では、将来の仕事に若干でも役立つ可能性のある経済学や法学よりも、本当に興味のあることを学んでいたなぁと思い出した。

先行研究を分析したり、普遍化したり、影響要因を排除したり、何となく疑問に思うことや一貫性を持って説明がつかないことについて、仮説を立て、論理立て、分析して結論を出すこと、大学でしかどっぷりはできないことだなぁと振り返って楽しかった。やっぱり心理学が好きだし興味があるなと思った。

男性が育休を取得するかどうかについて私には関係無いと思っている人がほとんどだと思うが、結論から言うと、男性育休の困難を無くすのは、当事者である男性自身やその妻ではなく、私たち、その他社員なのだ。

私たちが作り出す職場こそが、たとえ男性育休を取得する人(したい人)が少数だとしても、男性育休取得者を逸脱者ではなく、職場の総意であり、多数派とする力となる。
その話についてこれから述べる。

男性が育休を取得できない理由

・今の制度は育休取得の交渉権を得ただけ
・昔は育休取得をした人はあからさまに職場で批判されていたから、同僚や後輩から逆に賛同を得て支えられた
・今はハラスメントがあるので、潜在的批判になり、批判されていることが周知されなくなり、周りの賛同を得られにくくなっている

なぜ育休取得は批判されるのか

・仕事に優先的に時間を当てるのが当然で、家事育児は仕事を理由に回避できるものと序列付けしていた

育児優先の時間の使い方の定義

・夕方から夜の時間を育児や家族の時間に充てるかどうか

時短勤務者の職場評価、困難

・時短勤務は、仕事も中途半端、家庭も中途半端になる
時短を取るからには早く家に帰るので、自分が家のこともやるという表明になる
仕事は仕事でちょっとしか時間を使えないと言う表明になる、実際は1時間短いだけなのに
たった1時間なのに評価が低くなる
たった1時間延ばすだけでフルタイムになって、同じ土俵に乗れる
フルタイムに変更し、職場には正当な評価を、夫には平等な分担を要求する場合もある

・仕事優先の時間意識を持つ職場の場合、妻は公務員で再就職しづらい等の理由で、夫である自分が仕事を辞めるという決断をする人もいる

仕事優先の時間意識とは

・私生活の時間はコントロールできるが、仕事量は自分でコントロールできない
私生活の時間が増えると趣味などをするが、やりたいことの規定力は弱い

・職場で前提にされる仕事優先の時間意識は、どちらか一つを選択しなければならないと思わせる仕掛けを内在していて、正社員はこの仕掛けに乗らざるを得ない

男性育休取得の指標

・性的役割分業意識(多くの人が共有する規範資源)/仕事優先の時間意識(無自覚のまま規範としての力を持つ潜在的意識)の掛け合わせで考えが決まる

子供を持つ男性の経路

1.仕事優先の時間意識の下、長時間労働を継続する

2.育児によって仕事も育児もの時間意識を獲得した後、子供の成長とともに再び長時間労働を需要するという一時逸脱
特別な選択は個人の選択だとみなされ、職場の意識そのものを変えない

3.仕事を辞める(仕事も育児もの時間意識でいられないから)
一般的に妻は自分が稼ぎ手であっても、夫に稼ぎ手であり続けることを望んでいる

子供を持つ女性の経路

1.仕事優先の時間意識の下、長時間労働を継続する

2.マミートラック(時短勤務)で働き続ける
たった1時間短いだけなのに仕事での正当な評価は得られなくなる、業務の質評価の土俵にも乗らなくなる

3.仕事を辞める(仕事優先の時間意識を内面化しているため)
職場と多くの交渉をしなければならないことに葛藤を感じ退出する
→仕事をしたいから退職するというアンビバレントが生じる

日本で男性が育休を取得できない理由

性別役割分業意識よりも深層にある仕事優先の時間意識が、
1.常に仕事優先の働き方を要請するとともに
2.どちらか一つを選択しなければならないと思わせる仕掛けによって、仕事か育児かという二者択一の選択を迫るから。その仕掛けがあるために、
3.性別役割分業の実態に沿って男性は仕事、女性は家事育児を選択するように迫られる

⇒育休を取る男性、女性当事者の問題ではなく、長時間労働を需要し続ける正社員の作用によって生み出される考え方。

本書で提案された解決策

1.男性も育休を取得することが一番経済的価値を生み出すよう給与体系を改善する

2.仕事優先の時間意識を変え、プライベートでの時間の規定力を上げるため、社員に長期休暇を与える
(不在の間に他の人にサポートしてもらう形でないと一斉休暇はあまり意味がない)

私たち一般の社員はどうあるべきか

仕事があっても休む、仕事よりも私生活を優先する。
仕事がなくなるタイミングを待つのではなく、私生活のタイミングで仕事を調整する。
交渉可能領域の拡大に留まらないように、多数のコンフリクトを発生させ、彼らを少数の逸脱者としないこと。

育児をする労働者に変革を負わせるのではなく、全ての労働者に適用される休暇法によって当事者を増やし、私生活の時間の規定力を増す試みを多発させることで労働の質的転換を目指すことが望ましい。
仕事と育児の両立は、当事者に帰責されるものではなく当事者ではない正社員が維持し、再生産する困難である。
よって私たちみんなにとっての困難なのである。

この本を読んでから、私の考え方や態度、立ち振る舞いが全てこの職場の仕事の時間意識を決めるんだなと自覚するようになった。
もちろん私1人が変わっても全体は変わらないのだが、逆に言えば私が変わらなければ全体も変わらない。

著者の齋藤早苗さん自身も、会社員として育休2回を経験してから大学院に進学し、論文を書いた。その学ぶ意欲、知的探究心、ガッツ、全て尊敬する。

(寺坂絵里 メーカー勤務 2017年総合科学部卒)

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