(前編)週末商学部:企業再生は誰が何をするの?

はじめに

前回は、就活生が好んで使う経営学のフレームワークを取り上げ、実際の就職活動の場面で陥りがちなワナについてご説明しました。
【週末商学部:3C,4P,5Forcesはいつ使うのか?】

今回は切り口を変え、就職活動そのものに役に立つことはないと思われるが、知っておくと経済のことが少しわかるようになるかもしれない、というテーマをお伝えしたいと思います。

本稿のゴールは、「企業再生の全体像を捉えつつ、様々な登場人物がどのような合理性から行動をとっているのか理解すること」です。

業績悪化となれば企業はリストラクチャリングを避けては通れません。ドラマやニュースなどでは「一方的にリストラされた」「会社が一夜にしてなくなった」といったドラスティックなものや感情を描いたものが描かれやすいものの、そもそも企業の命綱を握っているのは誰なのか、あるいは経済の新陳代謝とはどのような状態かを知ることで、ひいては学生の皆さんの会社選びに資すると考えます。

ドラマの半沢直樹が企業再建をテーマとして扱っているところではありますが、ここは広大のウェブサイトの一部ですので、多少はまじめに社会科学の要素も交えつつ企業再生実務をご紹介したいと思います。
(主に法学、経済学、会計学のお話が出てきますが、社会科学系の学生でなくてもわかるよう努めて書いています。)

企業再生は、「止血」と「ターンアラウンド」の2段階

企業は通常、元手をどこかに投資して、利益を稼ぎ出し、そのお金をさらに投資する、というサイクルを回しています。
赤字(損失)は、一年や四半期などと区切った期間について、実態として元手以上の出費が行われたことを示しているため、この状態が続けば預金残高はいずれゼロとなり、支払いが滞ることになります。

支払いが滞ると預金口座を凍結されてしまい、例えばクレジットカードの「翌月払い」のような、信用取引を行うことができなくなります。そもそも手持ちの現金もない状態ですので、結果として仕入れの取引を行えず、事業はストップした状態となります。これを一般的に倒産といいます。

なお、倒産について法律上の定義は存在せず、現預金残高がゼロとなる前であっても、会社が「民事再生法申請」などの白旗を上げることでニュース等では倒産と扱われています。(白旗については後編参照)
そして、倒産=会社の消滅、ではありません。倒産のあとに会社を精査して、経済的価値があれば存続させますし、そうでなければ消滅(=”破産”、”清算”)が選ばれます。

よく「V字回復」と言われますが、企業再生においては、底を打つまでの右下がりの部分を「止血」、底を打ってから右肩上がりになる部分を「ターンアラウンド」と呼びます。
景気回復や営業赤字からの立ち直りについてもV字回復という言い方をなされることはありますが、この文脈でのV字は、会社の残り体力(ライフポイント)、すなわち現預金残高を指しているとご理解ください。

さて、後者の話から先に述べると、「ターンアラウンド」とは、日産のゴーン社長やJALの稲盛和夫氏などが取り上げられるように、中長期的な時間軸で会社を再浮上させることを指します。例えば稲盛氏はその経営哲学が有名で、稲盛氏だからこそJAL再生が可能だった、という言説は疑う余地のないところと思います。

しかしながら、ここの順序を整理して考えていただきたいのが、そもそも事前に”JALは将来再生する”と信じる人がいたからこそJALは信用取引を(止めることなく)維持できたのであり、そこには、JALの再生プランを描き、そして稲盛氏に就任を打診した人がいたはずです。

そこで、ここからは世の中でスポットライトのあまり当たっていないと思われる「ターンアラウンド」の手前のフェーズ、すなわち「止血」について展開したいと思います。
もちろん、「ターンアラウンド」も非常に重要な業務・役割ですが、これは私が述べるよりも当事者の話の方が学びとなるでしょうから、私は参考図書を紹介するにとどめておきます。

では、「止血」に関する話に移ります。これは2種類あり、本業について見直しを図るコストカットと、債務弁済について協議する債権者対応です。前者はオペレーショナル、すなわち損益計算書(P/L)の営業利益向上を目指すものであるのに対して、後者はファイナンス、すなわち貸借対照表(B/S)について、特に貸方側の負債や純資産を見直すことと分類されます。

半沢直樹の帝国航空で描かれている話は、基本的に後者を債権者目線で捉えたものということができます。

止血1:コストカットは無形の価値にも着目する必要がある

コストには、売上に対応して発生する変動費と対応しない固定費という2つの概念があり、レストランでいえば材料費が前者の変動費、人件費と家賃が後者の固定費に分類されます。
例えばコロナで客足が遠のいている場合、売上がたたないので材料費はかからないものの、人件費や家賃の支払いは引き続き発生しており、現預金残高は刻々と減ることになります。

そこで、倒産を回避するには出費の伴うコストを下げる必要があり、その手段として人員削減や工場閉鎖を行うこととなります。このことは、かつての液晶パネル業界のように、競争原理のなかでのリストラであれば、それもやむなしというのが市場の見方でした。

どういうことかというと、当初は儲かると信じて投資をしたが、需要が伸びず過剰設備を抱える状態となり、供給過多ゆえ価格を上げることができない、という構造的な問題に陥っている場合は、言ってしまえば工場を稼働させたこと自体がそもそも「経営の判断ミス」であり、その代償として市場から淘汰されるのが資本主義のルールといえます。

つまり、世の中の需要がなくなったところ(例えば自動車が登場する以前の、馬車の運転手)にお金と労働力を投下し続けるのは無意味であり、別の領域に方向転換することを市場が突きつけている、ということに他なりませんでした。

しかしながら、今のコロナ禍においては、会社を存続させるためのコストカットが毒となって作用してしまう可能性も指摘されています。

例えば航空会社の場合、フライトが激減したことで客室乗務員さんは供給過剰の状態になってしまいました。だからといって航空会社が次々に解雇してしまうと、解雇された人が例えば客室乗務員をやめて別の職業に転換してしまうことなどが想定され、その場合は将来業績が回復したとしても航空業界には戻ってこない可能性があります。

客室乗務員ならなりたい人がたくさんいることで問題はないかもしれませんが、例えばこれを自動車業界のサプライチェーンに置き換えると、失うことの痛手がより顕著となります。

広島にもマツダの城下町がある通り、特定の部品・技術に特化して自動車メーカーとともに成長してきた中堅中小企業が日本には多数あります。自動車メーカーが工場を閉鎖したり稼働を落としたりすることはそのような企業の売上低下につながり、もしもその結果として倒産に至った場合、その技術が世の中から失われてしまう(あるいは、取り戻すのに過剰なコストがかかる)可能性があるのです。

このようなジレンマを抱えたなかで、企業が再浮上するために人員削減や工場閉鎖などの身を削る施策を行ったとしても再建が難しい場合、債権者対応を行うこととなります。

止血2:債権者対応は、「期限の利益喪失条項」の回避が前提

なぜ債権者対応が必要なのでしょうか。弁済期日まで粘るだけ粘って、それからお手上げしてもよいように思われます。
しかしながら、銀行との借入契約の間には通常、「期限の利益喪失条項」というものが含まれており、銀行側が(経済合理性を追求する結果として)待ってくれないのです。

「期限の利益喪失条項」の”期限の利益”とは、債務者すなわち企業が、支払期日までは銀行からの請求に応じる必要がないことを指しており、その喪失条項というと、銀行から期日を前倒しして請求された場合に弁済する義務があることを意味します。

銀行がこの条項を発動する条件は、端的に言えば、企業が倒産するかもしれないと知られた時です。銀行も営利組織であるため、貸したお金が返ってこないと自分たちの経営に悪影響が出てしまいます。本来は契約した貸付期間の間に顧客である企業から利息を受け取ることが収益となるところ、途中で貸し倒れ(=回収できなくなる)するくらいなら契約期間を待たずに全額弁済してもらった方が経済合理性に適うというわけです。

大企業であれば取引金融機関はたくさんいます。とりわけ、メイン行(=最も借入金額の多い銀行)はその企業と最も接しているはずで、その企業の成長の節目に多額の融資をするなどして企業の成長を後ろ支えしてきましたし、2番手以降の下位行もその事実があるため少々のことでは動じない、というのが銀行業界の不文律です。半沢直樹が開発投資銀行を口説き落としにかかったのもこれが理由です。

ところが、その企業のことを一番わかっているメイン行が「期限の利益喪失条項」を振りかざすとなると、それは企業に対する追加の融資(≒支援)を諦めた、見限ったということを意味します。すると、第二行以下の銀行も押し寄せるように「うちにも払え」と言ってくるようになり、話し合いはカオスそのもの、事態の収集をつけることはできなくなってしまいます。

このような事態を避けるために企業ができることは、銀行たちが騒ぎ出さぬよう説得を続け、同時に救世主を探すことです。

ここからが止血フェーズの正念場となるのですが、すでに長編と化しているため、一旦ここで記事を区切らせていただきます。実は最後の「期限の利益喪失条項」のところも、実際は大混乱を防ぐためにゲームをリセットする制度があるのですが、後編で説明いたします。

今回は企業再生実務の全体像を皮切りに、止血、特に債権者対応についてさわりの部分を解説しました。次回は債権者対応の要として金融支援やそれを取り巻く各種制度、企業再建の功罪について触れたいと思います。

ご精読ありがとうございました。

後編はこちら ⇒
(後編)週末商学部:企業再生は誰が何をするの?

(イノウエ コンサルティングファーム勤務 戦略コンサルタント 総合科学部2014年卒)

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