第45回 上野勝准教授

バイオのつぶやき第45回上野勝准教授
上野勝准教授
上野 勝 准教授

細胞物質化学研究室

 

(2019年8月掲載)

 第17回 バイオのつぶやきでは、生活習慣、例えば、食事、運動、ストレス、喫煙、飲酒、肥満などが、がんのリスクを高めることを紹介した。今回は、生活習慣がテロメアの長さに影響を与えることについて紹介する。テロメアとは、染色体末端に存在する繰り返しDNA配列のことで、このDNAの長さは老化やがんと密接に関係する。テロメアの基礎研究でノーベル賞を受賞したブラックバーン博士は、受賞後は生活習慣とテロメアの関係について精力的に研究を行なっている。ここではそれらの研究で分かったことなどを紹介する。

 まず2004年に、ブラックバーン博士らは、強い心理的なストレスとテロメアの長さの関係を調べた(Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 2004. 101. 17312-5)。実験には血液中の末梢血単核細胞を使い、そこから回収したDNAを鋳型にして、qPCRでテロメアDNAの量(長さと相関がある)を定量した。その結果、強い精神的ストレスを受けている人のテロメアが優位に短いことがわかった。この実験に使った末梢血単核細胞には、好中球(約6割)やリンパ球(約3割)などが含まれ、リンパ球にはTリンパ球(約7割)とBリンパ球(約2割)などが含まれる。Tリンパ球のテロメアは、好中球より長い。テロメアDNAを伸ばす酵素の活性はTリンパ球ではほんの少し検出されるが、好中球では検出されない(Br. J. Haematol. 2000. 109. 272-9)。しかし、好中球とリンパ球は同様の速度で加齢によってテロメアが短小化する。これらのことからTリンパ球のテロメア伸長活性は、加齢によるテロメア短小化を阻止するには十分ではないことがわかる。ストレスで好中球数が増加し、リンパ球は減少すると言われている。これらのことを考えると、これはあくまで私の想像であるが、ブラックバーン博士らの研究結果は、血液中の好中球やTリンパ球の内訳が変化したことによる可能性もあるのかもしれない。何れにしてもストレスによって血液細胞のテロメアの長さが短くなることを示すデータは信頼できると考えられる。同様の手法で様々な生活習慣が血液細胞のテロメアの長さに影響を与えることがわかってきた。例えば、加糖飲料、タバコや過剰のアルコール摂取がテロメア短小化を引き起こす。運動がテロメア短小化を遅らせる。デスクワークが多い人のテロメアは短いなど。これらは、上に示したがんのリスクを高める生活習慣と合致する。このことは、テロメアが短くなると細胞が老化するだけでなく、染色体が不安定になることと矛盾しない。老化やがんを防ぐには、生活習慣が重要である。

 この文章に関する質問、コメントは、上野にお願いします。scmueno@hiroshima-u.ac.jp(@は半角に変換してください)


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