細胞工学研究室
(2020年4月)
「バイオのつぶやき」第52回です。本コラムを以前に担当した際(第23回)は、研究ではなく料理の話をしましたが、今回もまた料理の話をします。
前回のコラムでは「普段自分で料理することはほとんどない」と書きましたが、最近は自分で料理をする機会が増えました。主食はご飯派なので、米を頻繁に炊いています。調理の手間をなるべく省きたいので、米は無洗米を使っていますが、無洗米と通常の白米(以下、普通米)との違いについて知らないまま過ごしていため、この機会に調べてみることにしました。米を研ぐ理由は糠を除くためだと漠然と知ってはいましたが、糠についてもよく理解していなかったため、まず糠について調べてみました。
広辞苑(第七版)で調べてみると、「ぬか(糠)」とは以下のように説明されています。
①穀物、主に玄米を精白する際に生じる、果皮・種皮・外胚乳などの粉状の混合物。飼料・肥料などに用い、またビタミンB1の原料。
②ある語に冠して、「こまかい」「頼りない」「はかない」などの意を表す語。
玄米は稲の果実に相当し、果皮(果実の皮)と種皮(種の皮)が密着して、胚芽と胚乳を覆っています(図)。収穫された稲穂から取り外された籾の状態では、玄米は籾殻で覆われています。稲の花には花びらがなく、雄しべと雌しべは外穎(がいえい)と内穎(ないえい)と呼ばれる葉状の器官によって囲まれていますが、これらが籾殻となります。籾から籾殻を除いた残りの部分が玄米です。胚乳の最外層には、糊粉層(こふんそう)と呼ばれる、タンパク質・脂質が豊富な細胞の層がありますが(文献1)、玄米を精白(精米)することで果皮・種皮に加えて糊粉層や胚芽も除かれ、残った澱粉性胚乳の部分がいわゆる白米(精白米)に当たります。このときに除かれた部分が糠と呼ばれます。精白によって糠の大部分は除かれますが、わずかに白米の表面に残ります。この表面に残った糠(肌ヌカとも呼ばれる)を洗い流して除くために我々は米を研いでいるという訳です。
米の断面の模式図
無洗米では、精白工程で除ききれなかった糠を追加の工程で除去しておくことで、家庭での米研ぎを不要としています。文献2によると、無洗米の製法は以下の3種に大別されるようです。
①乾式方式:水を使わず、ブラシや米粒同士の摩擦を利用して肌ヌカを除く。
②加水精米方式:米に少量の水を加えて攪拌し、肌ヌカを除いた後に、脱水・乾燥を行う。
③特殊加工方式:タピオカ澱粉などの付着剤に肌ヌカを吸着させて除く。
無洗米は単に手間を省けるだけではなく、米を研ぐための水が必要ない分、普通米よりも水を節約できるため、非常用の備蓄としても優れています。なお、無洗米を炊く場合は、普通米よりも水を多く加える必要があります。同じ1合(180 ml)を炊飯するとしても、普通米は研ぎ洗いの過程で約3%ほどが肌ヌカとして除かれます(文献3)。一方、無洗米は予め肌ヌカが除かれている分、米の正味量が多いので、その分多く水を加えないと釣り合いがとれません。農林水産省の「緊急時に備えた家庭用食料品備蓄ガイド」(文献4)では、炊飯に必要な水の量の目安は、重量比で普通米だと1.4倍(+研ぎ水)、無洗米だと1.5倍となっています。
ただ、普通米もそうですが、精白後は胚乳の表面が直接空気に触れるため、玄米に比べ品質が劣化しやすくなります(文献2)。米に含まれる脂質が分解されて遊離の脂肪酸が生成し、さらにそれらが酸化されて生じるアルデヒドやケトン類がいわゆる古米臭の原因になると言われています(文献1)。備蓄用に長期保管するのではなく、多めに買っておき、消費した分を補充するローリングストック方式で、新鮮なものが常にある状態にしておくことがおすすめです。
2020年3月現在、東広島キャンパスの最寄りのスーパーでは2社4銘柄の無洗米が販売されています。それぞれのメーカーに製法を問い合わせたところ、いずれもタピオカ澱粉を使って肌ヌカを除く③の特殊加工方式によるものとのことでした。東広島市には精米機器で世界的なシェアを誇る株式会社サタケがありますが、どちらのメーカーもサタケ社の無洗米製造装置を使用しているとのことです。現在サタケ社にお勤めで、無洗米製造装置の開発にも携わった当専攻OBに話を伺ったところ、肌ヌカの除去に適した付着剤を探すために数百に及ぶ試作品の評価を行った結果、肌ヌカへの粘着特性に優れ、他にも様々な条件を満たしたタピオカ澱粉が選ばれたとのことです。独自の製法でタピオカ澱粉を直径1 mm程の小さい粒状に加工し、無洗米用の付着剤として利用しているそうです。
ところで、タピオカと言えば、2019年には空前のタピオカドリンクブームがありました。財務省貿易統計によると「タピオカ及びでん粉から製造したタピオカ代用物」の2018年の輸入量・輸入金額は3千トン・8.6億円であったのに対し、2019年は1万7千トン(前年比5.7倍)・62.4億円(前年比7.3倍)へと跳ね上がっています。需要の急増で、無洗米用のタピオカ澱粉もさぞかし調達が大変だったでしょうと前述のOBに尋ねたところ、意外にも「そうでもなかった」との回答を頂きました。粒状に加工されたドリンク用のタピオカは需要の急増に伴い価格も高騰したようですが、タピオカ澱粉自体の輸入量・輸入金額は2018年が12万1千トン・64.6億円に対し、2019年は13万8千トン(前年比1.14倍)・68.8億円(前年比1.06倍)と大きな変動はなかったようです。むしろタピオカ澱粉の主要な輸出国における自然災害や政情不安などで過去に原料不足に陥りかけたことがあるそうで、そのときは「タピオカの蟻地獄にハマって埋もれていく夢を何度も見た」とのことでした。
他にもいろいろと裏話を伺ったのですが、本コラムではちょっと公開できないような話もありました。興味のある方は、ぜひ当専攻(統合生命科学研究科・生物工学プログラム)に進学するとともに、当専攻の同窓会組織である広島醗酵会のイベント(参考:バイオのつぶやき第43回「広島醗酵会?なにそれ?」 )にも参加して、OBとのつながりをつくってください。待っています。
参考文献
1) 石谷孝佑,大坪研一 編(1995)米の科学,朝倉書店
2) 貝沼やす子(2012)お米とごはんの科学,建帛社
3) 鈴木敬子(2006)無洗米の現状と課題,将来性,日本調理科学会誌,39,320-324
4) 農林水産省(2014)緊急時に備えた家庭用食料品備蓄ガイド(平成26年2月発行)