【口伝 2020年の広島大学】 大学はコロナ禍とどう闘ってきたか(後編)

2020年の一大騒動を広島大学はどう立ち向かったのか。教員たちを中心に大学が闘ってきた足跡を前編で紹介した。では、もう一方の当事者である学生はコロナ禍にどう向き合っていたのか。大学側も暗中模索・試行錯誤で正解が見つからない中、人生経験も乏しく、受け身の弱い立場である学生の苦労は並大抵のものではなかったようだ。特に2020年入学生は、いきなり学生生活が消え去り、日常を取り戻すまで2年近くの時間がかかっている。それは勉学や各種活動だけでなく、人間関係や心の成長にまで影響をしているようだ。すでに風化しつつある時代の記憶を当時の現役学生たちの証言でまとめていく。

大学生の生活にコロナ禍はどんな爪痕を残したのか。はっきりと現れた調査がある。全国大学生活協同組合連合会が毎年実施している学生生活実態調査がそれで、最新の第60回(2025年2月28日発表)で確認しておこう(全国の国公立および私立大学の学部学生対象 回答数11,590人)。

衝撃的なのは学生生活の満足度である。

学生生活は充実していると回答した割合が、2020年の大学1年生、つまり入学直後から緊急事態宣言で登校もままならなかった学年が、2019年入学の1年生時点と比較すると89.4%から56.5%へ30ポイント以上下落しているのである(グラフ1)。これが翌年の2021年入学生になると80.6%と大きく回復し、同じ年の2年生、2020年入学組よりも満足度が高くなっている。

グラフ1
全国大学生活協同組合連会 学生生活実態調査 
第60回(2025年2月28日発表)

同調査の中で、もうひとつの注目すべき数字がサークルの所属であり、1年生のサークル所属率が82.8から48.7へ激減しているが、2021年入学生以降は70%以上で徐々に増えてゆき、2024年入学生で従来の水準に戻っている。

もっともコロナ禍の割を喰い、学生生活の充実を感じられなかったのが2020年入学生であることがはっきりとしている。

では、その実態はどうだったのか。当時の現役学生たちに話を聞いた。

混乱

何よりも大学キャンパスがロックアウト、入学式も授業もサークル活動もできなくなった。第1タームの授業は全面オンラインになったのだが、なにしろ教える方も教わる方も初めての経験、当然、混乱を来すことになる。

・入学式はYouTubeのライブ配信で行われました。厳粛な雰囲気は感じられず、気持ちの切り替えがないまま、4月に入って「なんか履修登録しなきゃいけないらしいよ」となって西条に引っ越して住んでいました。(N 2020年入学 生物生産)

・当時初めて、TeamsとかZoomの存在を知ったんですね。なので、頭が真っ白になりながら、なかなか使い方がわからないな、と思いつつ取り組むことになりました。それでも2タームには割と緊張せずにできて、やり方も慣れてきました。(Y 2019年入学 理)

・オンライン授業で、パンツ一丁で料理してるところが映ったとか、マイクオンにして担当の先生の悪口を言った先輩がいた、という話は聞いたことがあります(笑)。(S 2021年入学 理)

・対面のテストで初めて先生の顔がわかるとか、ありました。こういう顔の先生だったんだとか。声だけはわかっていたんですけど。(A 2019年入学 情報)

・オンラインの仕組みに慣れていない先生が多かったようで、「オンラインでテストの仕方がわからないので、期末はレポートにします」と言ってました。(H 2020年入学 工)

生活

当初は、コロナの騒動がいつ終わるのか、誰も分からなかった。ただし、いまから振り返ると、数ヶ月で日常に戻るだろうと深刻に考えていなかった人も多かった。実家で待機するもの、引っ越しを済ませたものの部屋に引きこもったもの、対応は人それぞれであった。

・5月いっぱいは実家で過ごしていました。その間の記憶は飛んでしまっている感じです。6月初め頃にはキャンパスに戻りましたが、依然として半分はリモート授業でした。同じ学科の友人の中には、夏休み前まで実家に戻っていた人もいました。(H 2020年入学 総科)

・できる範囲で生きようとしていました。自炊や散歩をしてみたり、テレビやゲーム、漫画も読みましたが、「これをやりました」と言えることはないです。大学生というよりはニートに近い状態(笑)。SNSを使わない学生はみんなそういう状態だったと思います。学科の友達とのつながりは、Zoomで一緒になった人と授業の宿題のコミュニケーションを取るくらいで、仲が深まるということもあまりありませんでした。(N 2020年入学 生物生産)

学習

前編では、教員たちの熱い取り組みを紹介したが、その効果はいかばかりだったか。ネットの向こう側にいる学生たちにとっては、教室にいるような緊張感をもって臨むことは難しかったとの声が多い。一方で、時間の自由を得たというプラスの面の指摘も少なからずある。

・オンラインの授業につなげながら、テレビを見ていたり、寝ちゃう人、ご飯を食べる、いろいろ聞きました。寝起きでとりあえずパソコンを開いて、絶対カメラオンにはできないけど出席するとか。女子だったら朝メイクしなくてもいいのは、メリットといえばメリットなんですけどね。(S 2021年入学 理)

・対面の方が質はいいし、スピードが速かったような気がします。対面だったら、わからないことはすぐ質問できるので、身につけられるスピードとか質が上がることを後で感じました。(H 2020年入学 工)

・(プログラミングの実習では)オンラインで画面共有して見てもらうことができますが、対面だったら先生やTAに声をかければチラッと見てもらうことができるので、フレキシブルさが下がるところはデメリットだと思います。コミュニケーションが減るので、人と仲良くなりづらかったりとか、先生に気軽に質問行ったりとかも難しくなったようでした。(A 2019年入学 情報)

・オンラインだと、授業中に調べものもできるし教科書を見ることもできるので、「別に勉強しなくていいか」という気持ちのまま、期末テストを迎えることもありました。(S 2021年入学 理)

・指導教員から本来得られるだろう、形式化されていない知識が得られないので、特にゼミが対面からオンラインのみになったのが大きな打撃と感じました。(H 2017年入学 工)

・試験では、解答を紙に書いて、それをスキャンしてPDFにしてデータ送信で提出するのですが、試験が終わった後、20分以内に提出をせねばなりませんでした。めちゃめちゃ緊張しましたね。また、教材を見てもいいという試験では、あまり見たことのないような難しい問題がありました。2年生の1タームで、単位を落とした人がものすごく多くいた授業がありました。その影響で、3年生1タームの授業が、ほとんどの3年生が落ちた科目を再受講することになるので、もともと3年生のための科目が2タームに移ったことがありました。(Y 2019年入学 理)

・授業以外の予定も含めて、全部オンラインでやると、移動する時間を考えなくていいので、1日にできることが増えるのはよかったです。また、オンラインの方が、例えば一回戻して再生できるので、聞き逃すことがなくなりましたね。(A 2019年入学 情報)

・ライブ配信や対面授業だと、その時間は拘束され予定が固まってしまうので、当時は「ちょっと重いな」と感じました。オンデマンドは深夜に見てもいいわけで、調整がききます。緊張感がゆるゆるになっていたのかもしれません。(N 2020年入学 生物生産)

人間関係づくり

むしろ、大きな影響があったのは人間関係づくりの方だった。当時、声高に求められていた行動変容が、そのまま出会いの機会を奪ってしまったのである。これが、冒頭で紹介した調査結果で、学生生活の満足度を下げた大きな要因だと考えていいだろう。

・ロックアウトのころは大学4年生で、すでに関係性ができていたバイト先や友人・ゼミのメンバーがいて、むしろ特異な環境の変化を楽しめていた側だと思います。これが大学1〜2年生だったらしんどかったでしょう。誰かに引っ張ってもらって、おぜん立てしてもらって友人を作る機会がなくなったからで、従来は、大学に入ると受動的でも新歓があり、サークルがあり、授業があり、バイトがあり、気づいたら人間関係を得られたはずです。(H 2017年入学 工)

・対面で授業があった時は、終わってから流れで友達とご飯行く、みたいなのが結構あるんですけど、オンライン授業だと、友達と会うとしても、わざわざ日程調整せねばならず、気持ちが下がります。コロナの中で新しく友人ができることはないと思われ、私の場合は顔と名前が一致するのは、コロナ前の一年生の時に話した数人ぐらいかもしれません。(A 2019年入学 情報)

・コロナ禍前は、入学したら、オリエンテーションキャンプで1年生と2年生でいろいろ準備をしたり定期的に交流もして、そういう中で先輩ともやり取りすることがあったんですけど、コロナ禍で中止になって、本当に後輩と関わる機会は一つもなかったです。友達とやり取りする場合でも、対面の方が話しやすかったです。オンラインだと、自分から話しかけにくいというか、質問されたら、ちゃんと話さないといけないって形になるから、返しはするのですけど、気軽な感じにはなりません。ワイワイ話が盛り上がっている中、自分から何か話題を持ってきたり、話しかけたりっていうのはできなかったですね。(Y 2019年入学 理)

・わたしの後輩にあたる2021年入学の1年生は、新歓のイベントがあったので「羨ましいな」と感じました。経験がない私たち世代は、自分が後輩としての経験ができなかったので、もてなす側のやり方がわかりませんでした。当時は、学科の先輩とも、他学科の先輩とも関わりが全くなくて、SNSでしか知らない状態でした。(H 2020年入学 総科)

・入学直後にガイダンスで呼び出されるのですが、その場で横や前後に座っている人に話しかけて知り合いを作るってことで、3人ぐらい、たまたまそこにいた人と仲良くなったというのが全てです。一方で、大学外でのバイトでのつながりは結構あるんですけど、大学内でサークルとかゼミとかというのはあまりなかったですね。バイトの先輩も同じ学部で同じ学科の先輩がそんなにいない。バイトの仕方とか大学での過ごし方は教えてくれたんですけど、その単位のこの科目はこうした方がいいよっていうアドバイスはまったく得られませんでした。 (H 2020年入学 工)

サークル

人間関係づくりの機会を失ったことの延長線上では、サークル活動の低調も起きている。特に2020年入学生は、翌年入学の後輩と同じく新入生扱いされたというケースが多かったようだ。

・野球観戦サークルに入って、コロナ前は球場に行ってみんなで野球を楽しんでいたのですが、コロナ禍では自分の部屋でそれぞれ中継をみながらオンラインで話をするように変わりました。そんな緩い活動なので、なかなか下の人たちに活動の引き継ぎもできなくなって、そのままサークル自体がほぼなくなってしまったんじゃないでしょうか。(Y 2019年入学 理)

・入学して1年目はコロナ禍じゃなかったので、卓球サークルに入っていたのですが、2年になってすぐコロナ、そこから一年半経って活動再開となりました。同期も先輩とかも本当にすごく久しぶりなので、「はじめまして」に近いぐらいの感覚でした。2020年入学の1年生は、活動再開してから入ろうと考えた学生が大多数で、コロナの間はほとんど入っていなかったんじゃないでしょうか。(Y 2019年入学 理)

・1年の夏休みぐらいから、オンラインでのサークル勧誘や新歓が始まりました。コロナ後は、1年生が集まる場所で、ビラ配りなどサークルの勧誘を普通にやっていましたが、自分が入学した時はそれがありませんでした。結局、サークルに入ったのが2年生の春で、例年よりも新入生が倍いたって感じです。どのサークルも1、2年生大歓迎みたいな感じで募集しましたね。(H 2020年入学 工)

・1、2年の時はビラ配り自体も禁止だったので、SNSで自分からキャッチアップするしかないっていう状態でした。検索したらいっぱい出てくるので、その中から良さそうなサークルにちょこちょこ顔出すようにしました。(H 2020年入学 工)

・2年になってもビラ配りも禁止されていて、特定の時間、場所での勧誘しかできないという縛りもありました。それすら1年生の時はなかったので、自分から探しにいかないと、情報が入手できませんでした。2年の夏ごろから対面でのサークル活動が条件付きで認められて、そこで「サークルに参加してみようかな」と思うようになりました。人とのつながりができ、授業の情報なども共有できるようになって、やっと学生生活が始まった感じがしました。すでに1年生も入学していましたが、2年生の私自身も新入生のつもりでサークルの勧誘に参加していました。(N 2020年入学 生物生産)

・広島大学に合格した人から「春から広大」みたいな発信があった記憶があります。(Y 2019年入学 理)
※SNSでの勧誘には説明が必要だろう。X(旧ツイッター)などで情報発信・収集をするのであるが、ありとあらゆる膨大な情報が飛び交うなかで求める情報を見つける手掛かりになったのが、ハッシュタグである。新入生が使う「#春から広大」はそのひとつで、だれが決めたわけでもないが、コロナ世代の学生たちは、暗黙知として「#春から〇〇」が有効だと知っているのである。もちろん、これは広大だけでなく東大も九大も同じように「#春から」を使っていることが、確認できる。

・演劇のサークルに入っていたのですが、みんなマスクをつけているので、いまいち誰と喋っているのかがよくわからなくて、顔を覚えられませんでした。身長でギリギリ「この人だったかな」という感じで。2年生の時の公演では、稽古中は全員マスクをつけていて、本番で初めてマスクをとりました。いつも一緒に活動している仲間なのに「こんな顔だったのか」「鼻と口を初めて見たな」と思いながら演技をしていました。  
でも、コロナがあったからこそ、通常の生活に対してよりありがたみを持つことができました。4年生の時、なんでも活動できるし、サークルのみんなで公演もうてるし「こんなに楽しいことがあるんだ」と思えたのは、1年生から3年生の経験があったおかげかなと思います。(N 2020年入学 生物生産)
 
 
次回は、30余年前、バブルと呼ばれた超好景気の余韻が残る時代の、生活実態を垣間見ていく。

本稿シリーズは広島大学OBOGの回顧をまとめたものであり、広島大学の公式記録・見解ではないことをお断りしておきます。

<お問い合わせ先>
広島大学東京オフィス
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