大学院先進理工系科学研究科 伊藤 みづきさん

取材日:2024年2月20日

先進理工系科学研究科の伊藤みづきさんにお話を伺いました。
伊藤さんは、令和3年12月に広島大学女性科学技術フェローシップ制度の理工系女性M2奨学生に採用され、令和4年度からは理工系女性リサーチフェローとして支援を受けています。
今回は、伊藤さんに、博士課程後期で実施している研究や生活の様子など、様々なお話を伺ってきました。(記載の情報は取材時点のものです。)

博士課程後期の研究内容について 

伊藤さんの研究内容について教えてください!

研究室のテーマが固体物性化学で、私は固相イオン交換についての研究を行っています。
メインで扱っているのは「クラウンエーテル」という化合物で、サイズに応じたイオンをキャッチするという特性があります。私の研究室ではこのクラウンエーテルが一列に並ぶトンネルのような構造(チャネル構造)を持つ幾つかの分子を組み合わせた分子性結晶を、目的イオンを含む水溶液に浸すと、結晶状態を維持したまま結晶内のイオンを水溶液中の別のイオンへと交換させるという固相イオン交換機構を見つけました。
しかしこの固相イオン交換機構では、結晶を水溶液に浸すことで結晶の表面が劣化してしまい、イオン交換後の結晶構造が特定できず、イオン交換の詳細なメカニズムは解明できていませんでした。結晶構造の特定は基本となるもので、それには単結晶X線構造解析という作業が必要なのですが、これがとても繊細で、結晶の質が落ちてしまうと解析することができないのです。そこで私の研究では、イオン交換に用いるイオンを金属イオンから分子性の有機カチオンに変えました。金属イオンのイオン交換物質は他にも多くありましたが、分子性の有機カチオンへと拡張することで輸送できる物質をより拡張できるとの考えからです。具体的には有機カチオンとしてメチルアンモニウムイオン、エチルアンモニウムイオン、n-プロピルアンモニウムイオンのイオン交換を達成し、これまで明らかになっていなかったイオン交換後の結晶構造の特定に至りました。
その結果、チャネル構造を形成していたクラウンエーテルの一部がリチウムイオンとともに水溶液中へと放出されていることが明らかになり、結晶状態を維持したまま比較的大きな分子であるクラウンエーテルもイオン交換に関与していることが判明しました。イオン交換後の結晶構造を明らかにしたことでイオン交換のメカニズム解明に近づき、現在では加えて構造と物性の変化を調査しています。

このテーマを選ばれた背景を教えてください。

研究室を選ぶ際に先生方の研究内容について話を聞く機会があったのですが、そこで今の指導教員の話に興味を持ったのがきっかけです。とても楽しそうにお話しされていたのが印象的でした。その時話されていたのが今取り組んでいる研究の先行研究である、カリウムイオンへのイオン交換についてで、直感的に興味を感じて研究室に入りました。ちょうど有機物を入れる研究が構想されていたタイミングだったので、私が手を挙げた感じです。

研究の面白さ、苦労について教えてください。

一番大変だったのはX線を使った構造解析で、それまでは構造解析はできないだろう、という先入観で測定を行っていなかったのですが、あれこれ試しているうちに測定できそうな兆しを感じて、色々と試行錯誤を繰り返してデータが取れた時はその分嬉しかったです。また、思ったよりも顕微鏡を使うことが多いというのは予想外でした。実験で使う結晶はサイズや質が重要で、湿度が高い日だときれいなものができないことがあったりします。肉眼で見てうまくできたと思った結晶でも顕微鏡で見ると使えなかったりするので、顕微鏡で選別するのは必須です。顕微鏡だけでなく、細かい作業や扱いに気を使う装置が多いのは意外な面でした。
面白さは、やはり実験をやってみないと何も分からないところです。高校までの授業でやる実験は既に答えが出てしまっていますが、研究でやる実験は答えがありません。思い通りの結果が出る時もあれば、思ってもいない結果が出る時もあり、それが面白いところです。後は学会などで発表した時に、自分の研究に興味を持ってもらえるのはやはり嬉しいです。

化学の魅力はどんなところですか?

高校の時は薬剤師が気になっていた時期があり、薬学部への進学も考えたことがあるのですが、もっと視野を広げたら化学なのかと。薬学も化学の一分野である様に、化学には広い裾野があり、大学でその化学を学びながら好きなテーマを探すもの良いかと思ってこの道に進みました。化学というのは「ないものは作れば良い」という発想があり、例えば生物分野を化学的に模倣するとか、化学物質を使って新しい物理現象を生み出すとか、様々な方面に広がりと融合を持たせられる学問であるところが魅力です。
 

伊藤さんが研究を行う様子

博士課程後期の生活について 

毎日のスケジュールについて教えてください。

のんびり派なのを自覚しているので、週のTODOを作ってその日やることを決めて動いています。コアタイムは10時から18時ですが、夜遅くまで残って作業や測定をしている日もあれば、早く帰る日もあります。

気分転換はどうされていますか?

私は目標設定型で、プライベートで楽しみな予定を設定して、その日までに○○をする、というスタイルでモチベーションを上げていきます。学部の同期が違う研究室の博士課程後期に在籍しているので、その人と相談したり遊びに行ったりもします。気分転換方法は、一つではなく、複数持つようにしています。

研究室の雰囲気はどんな感じですか?

学部4年生が9人、博士課程前期1年が8人、2年が6人、博士課程後期が7人と、人数は多い方です。スタートアップ企業で起業している人が社会人ドクターで在籍していたり、留学生もいるなどメンバーは多彩ですが、コミュニケーションは良くてイベント事も色々やっています。指導教員ごとに2つのグループに分かれていて、毎週の実験報告は各グループで行い、中間・期末や文献紹介などのセミナーは合同で行っています。

博士課程後期への進学について

博士課程後期への進学を決めたきっかけを教えてください。

学部2年生くらいの頃は、卒業したら就職するつもりでいたのですが、3年生から本格的に学生実験の授業が始まってその魅力に気付き、博士課程前期への進学を決めました。その後、博士課程前期2年の夏から秋ぐらいの頃に、先ほど話したX線の構造解析データが取れるようになって、研究の成果がどんどん出てきて。当時は就職活動をしていたのですが、せっかく軌道に乗り始めた研究を誰かに引き継いで修了するのも悔しい気持ちがあったのと、指導教員から背中を押してもらったこともあって博士課程後期進学を決めました。

進学について、不安はありましたか?

経済面を筆頭に、修了後のことなど不安は色々ありました。それから友人たちはそうでもなかったのですが、母親が少し反対、というか心配していました。ただ、ちょうど博士課程後期進学を決めたタイミングで女性科学技術フェローシップ制度が立ち上がり、申請は大変でしたが、採択されました。そのことによって、「経済面での支援もあるし、少ない人数の中で採択されたんだったら、進学もいいんじゃない。」と、少し安心してもらうことができました。今も「学会で賞を取ったよ!」などと報告していて、「大丈夫そうだな。」と思ってくれているんじゃないかと思います。

将来のキャリアパスについて

将来はどのようなキャリアパスを考えていますか?

現在のところはメーカーでの研究開発職を第一候補に、民間研究所も含めて就職活動を行っています。近い将来、テクノロジーが発達していく中で、社会を豊かにする何かを実際に作り出す研究に携わりたいからです。それによって自分の名前を後世に残せる様な実績を作ることが目標です。自分の研究で賞を獲って、それによって研究室に名前を刻むことができたことが嬉しかったので。

女性科学技術フェローシップ制度について

女性科学技術フェローシップ制度に採択されるまでの準備について教えてください。

恐らくこの制度に応募しようと思った人の多くは、それまでにMicron Awardsや学振などに応募されていたと思いますが、私の場合は博士課程後期への進学を決めたのが遅く、これが初めての応募だったので、短期間での準備となりました。まずは研究室で学振に採択された先輩の書類を参考にしながら、また当時フェローシップに応募するのが研究室のグループで私1人だったので、マンツーマンに近い形で担当教員にみっちり指導していただきました。とにかく締切までの時間が短くて、オンラインも活用しながら面接練習もやっていただいて採択されることができました。

理工系に進学する女性を増やすために思うことはありますか?

学会に参加した時などにも女性の少なさは感じていて、現状は良くも悪くも性別で目立ってしまうという場面があると思います。その壁をなくすことはとても大事ですし、結果、博士課程への進学に限らず、もっと前の文理選択の段階から「女性が少ないから理系へは進まない」ということがなくなって、選択肢が広がるのは良いことだと思います。ただ、熱量を持って研究に取り組みたいと思う人は男女関係なく存在するわけですので、例えば公募の際などに「あの人が選ばれたならしょうがない」と思われるくらいに女性も頑張らないといけないと思います。その意味で進学希望者を後押しするだけでなく、その後のキャリアパスについてもロールモデルが必要だと思います。アカデミックに残るにしても、企業に就職するにしても、広島大学の出身者がこんな感じで活躍しているという、モデルになる存在が必要だと思います。

博士課程後期を目指す学生へのメッセージ 

もし学部生の自分にアドバイスができるとしたら、どんなことを伝えますか?

こういう人は多いと思いますが、英語はもっと勉強しておくべきでした。読み書きはツールでなんとかなるのですが、外国の方と直接コミュニケーションを取る時に、日本人の典型的なパターンだと思うのですが、文法が間違ってないか、発音があっているかなどを気にして言いたいことが言えない、という部分があると思います。英語をアプトプットする機会をもっと作っておけば良かったです。

最後に、博士課程後期を目指す学生たちにメッセージをお願いします!

博士課程後期に進学する人は飛び抜けて優秀というイメージがあって内心憧れの気持ちもありましたが、自分自身はそういう人とは違うなと思っていました。しかし学部時代の優秀と、研究室に入ってからの優秀とは、ちょっと違うと思います。例えば教科書からのインプットは苦手でも、新しいことを学んでいくのはおもしろいとか、新しい実験を考えるのは好きだという人もいます。これまでの学部の成績で「進学も気になるけどちょっと無理そうだな」と思うのはもったいないと思います。自分がどうなりたいかを大事にしてください。

取材者感想

「環状化合物環内のイオン交換の基礎からその応用と実用化に向けた取り組みなど、素人ながらとても興味深い内容でした。また、仮説と異なる現象を見つけることが楽しいなど、研究を純粋に楽しんでいる姿に憧れます。今後も、様々な場面でのご活躍を応援しております。」(先進理工系科学研究科 応用化学プログラム 博士課程前期1年・松原正真さん)

「ご自身の詳しい研究内容から、博士課程後期に進学をするまでの心の迷いまで、様々なことを正直にお話頂きました。特に1つ1つの説明がゆっくりと丁寧で、非専門家の私にも非常に分かりやすく、とても親切な研究者、という印象を受けました。伊藤さんのお話は、博士課程後期への進学を悩んでいる人の気持ちに寄り添う、素敵な記事になったと思います。」(先進理工系科学研究科 量子物質科学プログラム 博士課程前期1年・横山貴之さん)

左から松原さん、伊藤さん、横山さん


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